心優しき第三のヒーロー! 『緊急救命戦士ライフワン』! 前編
「ふぁあああ……」
何をやっているのだろうか、と思いながらマサヨシは昼の賄いを食べつつあくびをしていた。
結局、あの後は五人を連れてダンジョン内をスニーキングミッションし、なんとか戦闘することなく出口まで誘導できた。
それ自体は問題なかったが、当然の様にダンジョンの入り口は再封鎖されており、内側から殺紅烈刀で錠と鎖を切断することになった。
それはつまり、表で厳戒態勢を敷いていた騎士団とぶつかることを意味しており、命からがら逃げだした冒険者たちをさらに疲労させることになっていた。
話術にも自信がなく、行為は完全に犯罪ということで、マサヨシはスーツを透明化させて離脱し、後の面倒をすべて押し付けることにしたのである。
大慌てで自室に帰った彼はそのまま爆睡し、何とか酒場の起床時間に目が覚めて、そのまま仕事をすることになったのである。
もちろん体調はとても悪かった。仕事そのものは、ダンジョンが閉鎖されている関係上そんなに忙しくないのだが、正直に言ってギルドから聞こえてくる声にびくびくしてしまう。
「それじゃあ、本当に無関係なんだな?!」
「当たり前だろ! あんな凄い爆弾を持っている奴がいたら、そもそもあんな風にジャイアントスパイダーに捕まってねえよ!」
騎士団にも、ギルドの職員にも五人は包囲されていた。
五人とその周辺の人物も集められており、奇跡の帰還を喜びながらも怯えていた。
そりゃあそうだ、衛兵をしていた騎士を気絶させたことも錠を外したことも、よほどの腕を持つ盗賊なら不可能ではないだろう。
だが、ジャイアントスパイダーと呼ばれる巨大モンスターを倒したことや、鉄扉の内側から頑丈な鎖や錠を切断したことはどう考えてもおかしいのだ。
「馬鹿なことを……あの男がお前達を助けるために動いたことは明白だ。であれば、お前達と親しい人間か、或いはお前達から依頼を受けたものに違いない!」
ごもっともな言葉である。
確かに『シイクレット』を名乗る男は、モンスターの素材になりそうなものを一切持ち帰らず、ただ五人を救助してそのまま入り口へ送り届けた後消えたのだ。
これで、まったく完全に無関係です、とは誰も言えないだろう。
普通に考えれば、家族がギルドに所属しない不正規の盗賊などに依頼したと捉えるのが自然だろう。
「困りますね、本当に! 貴方たちは私たちと騎士団の信頼関係を失わせたんですよ?!」
ギルドの職員も憤慨していた。
気持ちはわかるが、そんな考えで封鎖されているダンジョンへ人を送り込まれても困る。
封鎖されているダンジョンというのは、本当に危険だから封鎖しているのだ。下手をすれば街が中層のモンスターに襲われる可能性だってあったのだ。
今回は上手くいったからよかったが、今後似たようなことをやろうとする輩が現れたらどうするというのか。
「いや、そんな……」
「知らねえって! 本当に、全然!」
「そうです、私達だってそんな人知りません!」
「はい、どこも依頼を受けてくれなくて、困っていたぐらいなんですよ?!」
とはいえ、誰かに助けを求めることもできなかった五人の冒険者も、救助依頼を誰も聞いてくれなかった親族も、誰もが違うと否定していた。
それはそれで説得力がある。
少なくとも彼は高性能な爆弾を使用していた。もちろん、この世界には爆弾もないわけではない。ただ、いくら体の中にねじ込んだとはいえ、大型モンスターを一発で駆除できるほどの爆弾などそうはない。
それはつまり、かなりの高額の爆弾を使用しているのだ。素材の価格だけでも、どれだけの金貨が失われるのか考えたくもない。
つまり、この場の面々が身売りしても追い付かないほどの報酬が支払われていなければ、どう考えても大赤字なのだ。
それはどう考えてもおかしい。そんな相手と冒険者の親族如きが接触できたこともおかしい。
「ふざけるな! じゃあなんであの男がお前達を助けたんだ!」
とはいえ、結果的にシイクレットは彼ら五人を助けただけなのだから、他に考えようもない。そしてそれは、半分正解だった。
あの五人の親族の誰かが、冒険者ギルドで行方不明者の捜索を願った。それを立ち聞きしていたマサヨシが、手前勝手に犯行を行っただけなのだ。
依頼はあった、受領はされなかった。しかしそれを勝手に請け負って、無給で達成しただけなのだ。
「まあまあ、確かにそれだけの腕を持つ相手に対して、貴方達に支払い能力がないこともわかっています。ですが……他に考えようがないことも事実です。それもわかりますね?」
ギルドの職員にそう言われると、流石に誰もが黙るしかなかった。
実際、ギルドの前で質問を受けている彼らも、結局は『気のいい誰かが手を差し伸べてくれたんだ』と思うしかなかった訳で。
「まずはっきりさせましょう、今回の一件で騎士の方二名が一時気絶させられました。おそらくなにがしかの罰を受けることもあるでしょう。加えて、貴方達をダンジョンの外へ脱出させるために、彼は鎖と錠を破壊しました。これも高額です。なので、貴方達にはこれを弁償していただきます。もちろん、ギルドからの追放処分とは別で、です」
ギルド職員の言葉は辛いものがあった。
しかし、落としどころとしてはそんなものだろうとも思える。
何分、彼ら五人を助けるために発生した損害である。その補償を彼らに請求するのは、この世界では普通の事だった。
それに、マサヨシとしてもそこまで間違った言葉には聞こえなかった。
「どのみち、今後冒険者を続けることもないでしょう。騎士二人の名誉はともかく、鎖や錠に関しては高額ではありますが、貴方達の装備を売り払えれば半分以上は支払えます。あとは地道に返済することですね」
「ギルド側の処分に関して異論はない、それに関しては適正だ。だが、本当に知らないのか?」
言うまでもないが、南京錠そのものは複雑な構造をしていないので、ピッキングの腕が確かなら開けることはできるだろう。
だが、斬るとなると話は別だ。それも、やすりで削って切ったのではなく、紙を切るようにすっぱりと切断したことはどう考えてもおかしい。
冒険者たちは彼の武器がさほど大きくない片刃の武器と言っていたし、騎士達もチラリと見えた武器は確かにそんなものだった。
それで、どうして鎖や南京錠を内側から斬れるのだろう。そんな相手がもしもこの街に潜伏しているとしたら、おちおち眠ることもできない。
「ここまで凄腕の盗賊など、私は聞いたこともない! 手掛かり、心当たりは本当にないのか?!」
そうは言われても、と誰もが黙るばかりだった。
騎士団の主張もわかるが、本当に一切心当たりなどない。
「~~いったいどうなっているんだ!」
騎士団もギルドも、メンツが丸つぶれである。
ある意味テンプレなその憤慨は、直視すると滑稽どころではない。
根が小市民のマサヨシは、慌てて食べ終えるとそのまま皿洗いに戻った。
「やれやれ、荒れてるのはわかるが、なんでこんなところで騒ぐかねえ?」
店長の言葉はもっともだった。なんでギルドの窓口のすぐ前でそんなことを言うのだろうか。別室とかないのだろうか。
はっきり言って、やましいところがあるマサヨシ以外も、皆が嫌そうな顔をしている。
ただでさえ少ない客が、どんどん逃げてしまっていた。
その一方で、封鎖されているダンジョンから救助されてきたという冒険者を見るために、多くの野次馬が押しかけつつあった。
「まあいい、取り調べが済んだらその内野次馬共も酒ぐらい飲むだろう」
店長の言葉を他所に、マサヨシは皿を洗っていた。
まだジャイアントスパイダーの体の中に突っ込んだ感触の残るその腕で。
※
「異常に斬れる剣、騎士二人を即座に失神させる薬品、大型モンスターを吹き飛ばす爆薬。これらが、先日のホイッスルと無関係とは思わないだろう」
改めて、騎士団の本部では会議が開かれていた。
特務警察ホイッスル、機動隠密シイクレット。この二人に共通するのは、軽量であることと道具が異常に優れていることである。
特に今回は、大型モンスターを速やかに排除したことも含めて、緊急事態だった。
「暴れる冒険者と人を食うモンスターでは、危険度も違いますからなあ」
会議を行う彼らの机の上には、切断された鎖と錠が置かれている。
それこそ、内部のバネに至るまですっぱりと綺麗に切断されている、恐ろしいほどの切断面が晒されていた。
仮に彼の持つ剣が人間に向けられたならば、剣を切断し盾を切り裂き鎧を素通りして人命を奪うだろう。それが容易に想像できることだった。
「おそらく、この両名は無関係ではない。何かの組織に所属する関係者だ。各分野に優れた、プロフェッショナルの集まりと考えるべきだろう」
一人の騎士の推測は、ガワだけ見る分には正解に近かった。
「その組織は、この街を中心に各武装を試験しているのだろう。そう考えるのが自然だ」
その推測が正しいのであれば、両名の行動にも説明がつく。シイクレットに冒険者やその周辺が依頼していないことも、それなりに説明ができるのだ。
「今回の件も、違法ではあるが善行でもある。救助に関しても、試験の一環ということなのかもしれん」
とはいえ、シイクレットの装備の危険性はホイッスルの比ではない。
一瞬で姿を隠すことも含めて、ただならぬ装備と言っていいい。
「治安維持、暴徒鎮圧に特化した相手を殺さずにとらえるためのホイッスルに対して、シイクレットは潜入と破壊工作に優れていると予測できる。錠を切断した剣に関しても、それが正しい使い方であって殺傷は本来の用途ではないのだろう」
あらゆる建物に侵入し、機密情報を奪い、人質を奪還し貴人を誘拐し、重要施設を爆破し、必要とあれば殺すこともある。
それは、恐るべき力だった。今回の騒動は、正にそういうことだったのである。
「問題は、どちらも戦闘を前提としていないということだ」
単純に、軽装だったシイクレットが大量の爆弾を所持するようになった、というだけで一気にピンチである。
その場合、この騎士団は忍び込まれるまでもなく壊滅するだろう。
「仮に、彼らの組織が戦闘用の武装を試験した場合、この街はどうなるのだ?」
一同、沈黙に包まれる。
今この街は、正に爆弾を抱え込んだに等しい。
「この件は国に報告を上げるべきでしょうな」
「ええ、上手く捕えて技術を得ることができれば……それは魔族との戦いにおいて大きな力を得ることができる」
一つ、確実なことが存在する。それは、今回の件が人類の敵である魔族とはまったくなんの関係もないということだった。
ホイッスルであれシイクレットであれ、どちらも純粋に道具を使用して立ち回っている。
魔族はそんなことをしない、彼らは生来得ている己の力で悪を成すからだ。




