影に潜む第二のヒーロー! 『機動隠密シイクレット』! 中編
当たり前だが、ある程度のモンスターを倒せるようになった冒険者は、非常に高収入である。
もちろんレベルだとか経験値があるわけではないので、個人の才能や実力にはバラツキがある。鍛えれば鍛えるほど、強力なモンスターを倒し続ければ自然と強くなるということはない。
人間個人個人に各々の限界があり、鍛錬には一定の上限がある。加えて、一定のリスクは常に存在し、自分の実力ギリギリの線を攻め続ける者は長生きできない。
「いやあ、このダンジョンでは普通に捕まるビックラビットの耳が、高値で取引されるとはなあ」
「貴族様の趣味ってもんも、わからないもんだ」
超強力なモンスターがダンジョンの奥底にいるとして、それを倒せば高価な素材が手に入るとして、入念な準備と編成を行えば打倒が不可能ではないとして……。
当然、態々倒そうという物好きはほぼいない。ダンジョンの奥深くにいるというのなら態々危険を冒して奥へ行く理由がないし、歩いて奥へ行けば歩いて帰ってこなければならないのがこの世界のダンジョンである。
危険で有害なモンスターと態々戦わなくても、熟練の冒険者が安全に倒せる範囲で十分需要は満たせる。同時に、彼らの懐も十分以上に満たせるのだ。
「それじゃあそろそろ帰るか。にしても流行ってのももうちょっと長続きして欲しいもんだな」
「ああ、違いない……」
熟練した冒険者は、『冒険』の専門家だからこそ良く知っている。
危険というものを最小限に抑えなければ、仕事ではなく自殺になってしまうのだと。
「……なんか、変な音が聞こえないか?」
「おいおいよしてくれよ、帰り際にそんなことを。とにかく撤収は早い方がいいだろう?」
「そうだな、ダンジョンにはあんまりとどまるモンじゃない」
そして、彼らは知っているが、見て見ぬふりをしている。
「「ぎゃあああああああああ!」」
危険性を理解して安全圏を定めても、結局ダンジョンに潜る時点で安全とは限りなく遠いということを。
普段はダンジョンの奥底に潜っているモンスターも、大量に餌となる下等モンスターが捕獲されるなどでダンジョンが荒らされれば、浅い層へ出てくることもある。
冒険者へ支払われる対価が高いのは、つまりダンジョン内でしか得られない素材が高価なのは、つまりはダンジョンに潜ることがどれだけ熟練しても死と隣り合わせということに他ならない。
※
最近にぎわっていた冒険者ギルドが、逆の意味であわただしくなっていた。
今まで机に座って大量の料理を食べていた冒険者たちが、一斉にギルドの掲示板や窓口で説明を聞いていたのである。
「何かあったんですか?」
「ダンジョンの中の上級モンスターが、浅い層へ出てきたらしい」
洗う皿が減ったことで、客席をのぞいたマサヨシに店長が答えていた。
これもある意味普通の事であり、同時に少々商売が寂しくなるということだった。
「なにせダンジョンのモンスターにしてみれば、人間だって餌と変わらないしな。あんだけ毎日ぞろぞろ入ってりゃあ、そりゃあモンスター共だって浅いところまで来るだろ」
「そう言うもんですか」
低レベルのモンスターしか出てこないはずの階層で、強力なモンスターが出たのだと聞かされたマサヨシはそういうこともあるのかと納得していた。
というか、それこそコンピューターゲームじゃないんだから、どの地点にどんなモンスターが出現するのかなど決まっているわけもない。
そういう意味では、自分がダンジョンの中に潜らなくてよかったな、とは思っていた。やはり実際に自分の命をかけた冒険なんて、するもんじゃないと安堵していたのである。
その安堵を見て、店長も頷いていた。
「冒険者ギルドもウチの酒場も、どっちも冒険者の稼ぐ金で商売している。というか、この町全体が冒険者で潤ってるんだ、そこを忘れて感謝しねえといけねえ。だけどな、冒険者ってのは明日も知れねえ危ない仕事だ。まともな奴がやるモンじゃねえ。仮にお前が食うに困っても……いっそスリでもやってた方がマシってもんだ」
敬意は払うが、憧れはしない。そこには明確な一線が存在する。
それは、酒場という真っ当な商売を経営している店長なりの矜持なのかもしれない。
「中でモンスターにとっ捕まっても、だれも助けに行きやしねえ。遺品だって見つからねえ、遺骨も遺髪も腹の中さ。ベッドの上で死ねないのが冒険者なのさ」
「そう言うもんですね」
「ああ、そういうこった」
昔から、マサヨシは山での事故などに否定的だった。
例えば山で生活している人が、災害などで避難が必要になったというのならわかる。
しかし、態々レジャーで危険な所へ赴いて、その結果遭難をする、というのはあんまり好ましく思えなかった。
態々危険な所へ自分から積極的に赴いて、結果として迷惑をかける。それがどうしても受け入れられなかった。
ダンジョン内でモンスターに襲われても、誰も助けに行かないというのも納得だ。
この世界には蘇生手段などないらしいし、とっくに死んでいる冒険者を助けるために危険を冒しても仕方がない。
それこそ、二次被害を受ける可能性もある。お姫様が捕まったわけで無し、自分から危険を承知で飛び込んでいった相手を助けに行くわけがないのだ。
「それじゃあ、当分ダンジョンの中に入らないんですか?」
「ああ、十日は立ち入り禁止になって、その後調査として依頼を受けた冒険者が数人入って安全を確かめる。もちろんそのまま帰ってこないこともあるがな」
まあそんなもんだろうと、マサヨシは諦めていた。というか興味自体持っていなかった。
結局、自分の知らないところで、危ないところで危ないことをしていた奴が酷い目に合うだけなのだから。
「今回は、何人か捕まって逃げ切れなかったらしいな。まあしょうがねえさ、そういう仕事だ」
「怖いですねえ」
「ああ、おっかない」
淡白な反応だとは思うが、そもそもマサヨシはギルドとつながっている酒場で皿を洗っているだけだった。親しい冒険者など一人もいない。
顔見知りが帰ってこなくなったわけでもないし、顔見知りの知り合いですらない。それで、興味を持てという方が無理だった。
もっと言えば、冒険者ギルドに集まっている面々もそういう反応だった。
誰も危険なモンスターを退治しようとは言い出さない。ただしばらく休みになるから、予定を考えようとしているだけだった。
「新しい剣でも買いに行くか?」
「隣の町で温泉でも行こうぜ」
「たまには親の顔でも見に行くかな」
悲劇ではあるのだろう、哀しい事ではあるのだろう。しかし、もう過ぎたことであり終わったことであり、手遅れな事態だった。
自分がそうなったわけでもないからこそ、誰もがそのまま去っていく。
「ほら、客が引いちまったんだから、店の中を掃除してきな。ダンジョンを閉鎖するからって、飯食う客が全員いなくなるわけじゃねえんだぞ」
「はい、わかりました」
誰もがこの状況を悲しんでいない。
だからこそ、マサヨシも特に悲しむことはなかった。
冒険者なんて死んでもいい、とは思っていないが、しかし冒険者が死ぬのは仕方がない。それがこの世界の標準だった。
「まあ、そもそも弱いモンスターに殺されることだってあるしな」
安全な仕事に就いてよかった、と実感しながらマサヨシは掃除をしていた。
なんだかんだで、皿洗いも慣れてきたし掃除もできるようになってきた。
この店そのものにも愛着がわいてきたし、生活にも満足している。
間違っても、ヒーローごっこなどするつもりはない。マサヨシは思いつきもしなかった。
「あの……」
ダンジョン閉鎖の報せを聞いていた冒険者たちが去ったことで、一人の女性だけがギルドの受付に話しかけているという光景が残っていた。
別に注目していたわけではない。ただ、静かになった店内で彼女の声だけが聞こえていたからだ。
「あの……冒険者への依頼は、ここで受け付けてくださるんですよね」
「はい、そうなっています。期限や報酬について、説明いたしますが……」
「お金はあるんです、今すぐ動いてもらうことはできませんか?」
「今は調度ダンジョンが閉鎖されているので、手が空いている冒険者は多いですので、ダンジョン内部に潜らない依頼であれば、すぐにでもお受けできるかと」
「それじゃあ駄目なんです! 私は、今回未帰還になった冒険者の捜索、そうでなければ遺品の回収を依頼したいんです!」
ダンジョンは危険地帯であり、未帰還は珍しくない。それ自体は常識であっても、誰もが諦められるわけではない。
特に、身内にとっては『沢山いる冒険者の一人』ではなく、『かけがえのない大切な人』なのだろう。
とはいえ、それは誰にとっても同じことだった。
「申し訳ありませんが、ギルドの規則で十日間はダンジョンが閉鎖されます。さらにそれから調査が済むまで、ダンジョン内での依頼はお受けできないんです」
「そんな……」
「規則ですので、どうかお許しください。この件に関しては、冒険者ギルドの契約書にも明記されていることですので……ご容赦を」
断っているギルドの職員も、説明になれているようで申し訳なさそうでもあった。
実際、自分がその立場になったとして、納得できるとは思っていないのだろう。
「うう……だから、冒険者なんてもう止めてって言ったのに!」
泣きだす女性を、ギルドの職員は慰めていた。
結局のところ、これも仕事の内なのだろう。
それは遠くから見ているだけでも、辛い仕事だと察することができるものだった。
「いやあああ! あああああ!」
※
マサヨシは嫌なものを見たと後悔していた。
ベッドの上でごろごろしながら、中々寝付けなかった。
この世界では就寝時間が早い分、ある意味健康的な生活ができるのだが、マサヨシは眠ろうという気分になれなかった。
なにせ、嫌なものを見てしまったのだから。
「うむむ」
理屈は通っている。
冒険者というのは、前提として危険地帯に踏み込み、一切の身の安全の保障がない職業である。
だからこそ、彼らが平時に行方不明になっても誰も慌てない。一応合意となっているからだ。加えて、今回の様な事になったときは、つまりはダンジョン内が極端に危険だ分かったときはあっさりと見捨てる。
仕方がないのだ、それを承知で誰もが『冒険』をしているのだから。
「ぬぬぬ」
マサヨシはそんなことは割り切っている。というかどうでもいいと思っている。
日本にいた時でも交通事故などは結構あったし、近所で起きることもあった。
それでも基本と売りすぎていたし、自分はこうならないようにしようと戒める程度だった。
それが、セイギの力を手に入れた途端に、相手が強大なモンスターに拘束されているという理由で、粋がってダンジョン内に入るなんておかしい事だろう。
というか、そもそもダンジョン内のプロである冒険者が危険な目に合っているのだ。完全に素人である自分がダンジョン内に入れば、その結末は見えている。
前回は違う、何かあっても相手は人間だったし、周囲には騎士団だっていた。
もしも無様な結果になっても、騎士団へ迷惑をかける程度で済むだろう。
だが、これはそうではないのだ。今回はまさに、危険地帯がひときわ危険になっている時期に、遺品を回収できるかどうかという成果の少ない行為をしようとしているのだ。
普通に自殺であるし、閉鎖されているダンジョンへ入るのは犯罪だった。
「そもそも遺品なんて、家にあるだろうし……」
否定する論理的な材料はいくらでもある。それでも行かないといけないのではと悶えていた。おそらく、先日までの自分ならなかった発想だろう。
問題なのは、自分は一度、ただ鬱憤を晴らすためにセイギの力を発揮したということだ。
それも、本当に最初から一度と決めた上でである。
つまり、六つのヒーローの力を、一つに絞ってセイギの活動をしようと思っていたわけではない。殴っていい相手を探して、一度暴れるためだけにセイギの力を発揮したのだ。
前回は自分のために暴れて、我が身可愛さに今回は見逃す。それは個人的に、感情的にどうかと思っていた。
セイギの心が目覚めたわけではない。どちらかというと後ろめたさ、罪悪感である。
「……まあ、いいか。遺品の回収ぐらいは」
偽善であることはわかっている。奇跡が起きて、彼らがまだ生きているとかそんなことは考えていない。
それでも、この罪悪感を抱えたまま熟睡できるほど肝が据わっているわけではないのだ。
「普通に考えて……シイクレットだな」
六人分のヒーロースーツは、各々一長一短の性能を持っている。
例えば前回使用したホイッスルは武装の正式名称が『暴徒鎮圧用装備』となっており、当然すべての能力が『凶器を持っている程度の暴徒を極力無傷で拘束するため』のものになっている。
もちろん最弱に位置する装備なのだが、何事も適材適所。仮に最強の鎧など使用していれば、目標の冒険者も野次馬も、周辺の街も木っ端みじんである。
今回も同様であり、ダンジョンという『室内』で活動するとなると、他の選択肢は一切なかった。
ホイッスルは全く機動力がないし、モンスター相手には力不足が否めない。
かと言って、他のスーツでは火力が高すぎて自爆するか生き埋めになるか、活動可能時間が短すぎて往復できないか、ホイッスル並みに弱いか、狭いところでは戦えないという具合である。
仮に中で強力なモンスターと戦うとなれば少々不安だが、最悪逃げるとしてもシイクレットが最善だった。
「それじゃあ……近代忍者装束!」
腕時計型の変身アイテムを装着し、変身の為のボタンを押す。
「ステルス・チェーーンジ!」
フォームが完了して、変身プロセスがスタートする。
周囲に白い煙が一瞬満ちて彼の姿を隠し、即座に新しいヒーロースーツを身に纏っていた。
それは、ホイッスル以上に装甲やプロテクターがなく、ほぼ全身タイツに見えるスマートな姿だった。腰などには短い剣が用意されており、同時に他の道具なども小さなものがいくつか下げられているが、基本としてとても軽装だった。
「……任務はダンジョン内の遺品を回収。それでは潜入を開始する!」
一種、自棄になりながらセイギの味方を演じ始めた。
ホイッスルが暴徒を鎮圧する為の最新装備ならば、シイクレットは厳重な警備の施された設備に侵入し機密情報を持ち帰るための最新装備である。
即ち……。
「機動隠密シイクレット、いざ参る!」
俊敏性と隠密性に優れた『最新の忍者』であった。
多くの巨大な企業が、更なる利益を得るために違法な兵器の研究を始めてしまった。
人を幸せにするための科学技術によって、大量の哀しみが生み出されようとしていた。
企業の犯行を暴くために、現代に蘇った影の者が闇に舞う。
近代忍者装束によって、人知れず闇を暴く正義のヒーロー。
その名は、機動隠密シイクレット!