影に潜む第二のヒーロー! 『機動隠密シイクレット』! 前編
「ねえねえ、聞いてる? この間、凄腕冒険者を二人まとめてやっつけた、変な奴がいたんだってぇ!」
「ああ、知ってる知ってる! ホイッスルとか名乗ってたんだって!」
酒場の修理が終わり、再開された営業。
とはいっても、酒場である以上は営業時間内でも暇な時間帯というものは当然ある。
その暇な時間に、酒場の女性従業員は無駄話をしていた。何やら小さい話題になっている、変人の事である。
「あんなに強い冒険者をあっさり捕まえるなんて、凄いんだね!」
「なんか変な魔法を使ったり、変な武器を使ったらしいよ」
皿洗いがひと段落したので、床掃除に混じっていたマサヨシはその声を聴いてややびくりとしていた。お約束の展開ではあるが、やはりお約束の反応をしてしまう。
「正直さ、冒険者ってお金持ちだと思ってたけどそんないいもんじゃないのかもね」
「そうだよねえ、どんなにいい家に住めてもさ、暴力振るわれたらたまらないし」
それにどちらかと言えば冒険者の悪口の方が大きな声で言っていた。
もちろん冒険者ギルドと一体化しているので、冒険者たちもその言葉を聞いて引きつっている。おそらく、荒くれ者だという自覚があるのだろう。
それに、今回の一件でギルドも被害を受けた。メンバー全員に対して、何がしかのペナルティを与えているのだろう。
良くあることだからと言って、無償で許されることばかりではない。壊れた物は直さねばならず、その費用は当然誰かが負担するのだ。
「やっぱり騎士団だよね、そっちの方が安定してるもん!」
「そうそう!」
当然だが、二人は既に『正義の味方』の事など忘れていた。
良くあることが起きて、特に誰が怪我をしたわけでもなく、特に何が壊れたわけでもない。
であれば、話題に上がるとしてもそんなもんである。
別に正義の味方がいなければどうにもならないことが起きたわけで無し、皆が自分に注目しているだなんて自意識過剰もいいところである。
「ま、こんなもんだって」
変に騒がれたり、或いは変に気味悪がられたりしない。そんなことは当たり前だ。
昔の番組を見ている自分だって、四六時中その話題ばっかりしていたわけじゃない。
皆そんなことよりも、自分の生活の方が大事なのだから。噂話よりも、まずは仕事である。
「おら、無駄なこと喋ってるんじゃねえ!」
「「は~~い」」
とまあ、この一瞬も切り取られた日常でしかない。
どのみち忘れられる、それを寂しく思う一方で、良いことだと思っていた。
ヒーローの力を手に入れた一般人が、暴走して周囲に迷惑をかけたあげくに自滅する。
そんなテーマは、今まで散々やりつくされたネタでしかない。
ヒーローはなぜヒーローなのか。それは程度こそ違えども、常人よりも強い意志を持っているからに他ならない。
主人公は全ての物語に登場するが、ヒーローとして現れ実際にヒーローと認められるのはとても難しい。
少なくとも、一定の自制心や節度は必ず求められる。
この間の自分のように『ムカついたから殴ってもいい相手を探す』なんて輩は前提から向いていない。
そもそも、今にして思えば相手を殺すことはなかったとしても、自分が刺激したことによってさらに暴れる冒険者が、野次馬を怪我させる可能性はあったのだ。
もっと言えば、『ホイッスル』は直接戦闘能力が低いスーツである。あの時暴れていた彼らの攻撃が直撃すれば、それこそ死んでいた可能性もある。
そう思うと、マサヨシは心が冷えることを感じていた。
偶々偶然、一度は上手くいった。もしかしたら二回目も上手くいくかもしれない。
しかし、いつかは必ず失敗する。例え正義の心を途中で得たとしても、正義のヒーローではない自分では、物語の中の主役ではない自分では、必ず凄惨な結末が待っている。
自分は一度危険な遊びをした。これっきりにすれば、致命的な失敗は避けることができる。これから先、皿洗いとして一生を終えるか、或いは首になって路頭に迷うとしても、ヒーローごっこをして命を落とすよりは大分真っ当である。
「ヒーローは力があるからヒーローなんじゃない、セイギの心があるからだ。俺にはない」
ヒーローの力があるからヒーローらしく振るまう。それはセイギでもなんでもなかった。
※
マサヨシの心中はともかく、少なくとも一度ホイッスルの戦闘は公衆の面前で行われた。
それは当然、現地の治安維持組織である騎士団にも報告が上がり、不審者として検証されるのは当然だった。
少なくとも捕縛された冒険者二人は、一般的な一人前の騎士が十人程度では抑えきれない実力者だったのだから。
「奇異な格好をした男が、冒険者をたしかに拘束したのだな?」
「はい! その通りであります!」
この街の騎士団、その責任者たちは報告を受けてやや眉をひそめていた。
会議室では、彼がどうやって冒険者を抑えたのか説明されているのだが、それが余りにも常道から離れていたのである。
「……では、報告の内容を改めて説明させていただきます。今回『ホイッスル』と名乗った彼は、極めて対人戦に特化した装備を使用して冒険者二名を鎮圧しました」
冒険者を拘束していた固い泡のようなものを調べた騎士が、冒険者やそこにいた騎士、野次馬たちから聞いた内容を検証して報告していた。
「まず、冒険者二名は『極めて不快な音』を大音量で聞かされたそうです。しかし、周囲にいた野次馬や騎士はそんな音を聞いていないと言います。おそらく、目標にだけ聞こえるような音を発したのでしょう」
「……そんなことがあり得るのか? それこそ、呪いか魔法ではないのか?」
高齢の騎士に対して、検証した騎士は誠実に答え始めた。
「確かに魔法や呪い、と考えるのが自然です。ですが、周囲の者の誰もが、彼が予兆を見せなかったと言っています。加えて……原理から言えば、音を特定の相手にだけ伝えることは不可能ではありません」
そう言って、騎士は紙を筒にしてメガホンの様な形にしていた。
「こうやって口の前を筒で覆えば、その前には声が届きやすくなり、逆に筒の方向にいない者には伝わりにくくなります」
「それはそうかもしれんが、全く聞こえないわけではないだろう?」
「ですから、そこは未知の技術です」
未知の技術、と言われれば話は終わりである。
なにやら説得力に欠ける説明に、誰もが閉口していた。
「次に彼らは光で目を焼かれたと言っていました。これに関しても、周囲の者はまぶしくなかったそうです。これに関しても、灯台を思い浮かべていただければ、そこまで荒唐無稽でもないかと」
そこで『灯台でも灯りがまったく見えないわけではないだろう』と言えば、しかし『未知の技術です』と返されるに違いない。誰もが呆れながら黙っていた。
「問題は、最後の一つです。彼らを捕縛していた泡は、性質として蜘蛛などのモンスターが出す糸に似た性質を持っていました。これに関しては、確実に魔法ではありません」
それに関しては、誰もが納得していた。
なにせ、粘着性の糸を出すモンスターは多く、非常に厄介に思われている。
同時に、それが魔法で出せるわけがないと、誰もが知っていた。
できるなら、それこそとても普及している筈である。
「彼は両手から水の様に泡を噴射し、彼らに浴びせました。金属製の蛇口の様な小さい穴も見えたそうです。おそらく、背中に液体が詰まった瓶などを背負っており、それを機に応じて放射するようになっているのでしょう」
ここまで聞いて、誰もが納得していた。
前の二つは魔法や呪い、或いは幻覚という可能性もある。
しかし、最後の一つは実体として残っている。どう考えても魔法ではなく、何かの道具だった。
であれば、前の二つも道具と思うのが自然だろう。
「蜘蛛などの糸は強い粘着性を持っています。ですが、それ故に保管や移送が難しく、これを道具として使用することはできませんでした。ですが……彼は間違いなく実用化しています」
「ふむ……」
「一応、錬金術では実験室段階で再現できているそうですが、やはり持ち運びなどはできていません。これはつまり……我々よりも進んだ技術を持っていると考えるべきかと」
今回ホイッスルが使用した暴徒鎮圧用非殺傷兵器は、原理としてはとても単純だった。
不快音波、目つぶし、そして粘着性の糸。どれもモンスターの攻撃で似たようなものがある。
だからこそ、彼らは比較的スマートに正解へ行きついていた。
「今回、彼の手腕を見るに極めて有効であると言わざるを得ません。もちろん、冒険者の中にはこうした攻撃に対する備えをしている者も多いですが、常に全員がしているわけではありません。仮に彼から拘束用の糸の製法や運用法だけでも聞くことができれば、冒険者の鎮圧に限らず、多くの面で運用が見込めます」
確かに、モンスターが使う捕獲用の糸を好きな時に使用できるのであれば、それはとても便利そうである。
周辺に被害を出すことなく、騎士達の実力を問わず、冒険者さえ傷つけずに取り押さえることができる。
あんまり頻繁に使用すると対策を取られるだろうが、それでも有用であることに変わりはない。
「ホイッスル、と名乗った彼はもう街を離れたのか?」
「可能性はあります。名乗らなかったことも含めて、薬品などの道具の試験をしたかったのでは?」
「では、放置してもその内売り出す可能性もあるな……」
「しかし……それが我ら騎士団にだけ売り出されるとは限るまい」
『先進的』ではあっても、『画期的』でも『革命的』でもない捕縛用の薬品は、常識的に考えて錬金術師や薬師の新商品だと思われていた。
だからこそ、騎士団は見当違いな心配をしていた。マサヨシ自身、一切製法を知らない道具が、量産され普及するのではないかと心配していたのだから。
「市販されるとしたら、規制の必要がありますな」
「販売する相手を制限する必要や、専売にするべきでは……」
「いやいや、その議論の前に彼の行方を追うべきでしょう」
比較的温厚に、『特務警察ホイッスル』への対応は話し合われていく。
なにせ、やったことは二名の冒険者を先進的な道具で鎮圧しただけである。危険でもないし迷惑でもないし、異常ですらない。
この街に一度現れたというだけで、定住していると疑われたわけでもないので、マサヨシはこの時点では安全だった。
そう、マサヨシの想像したように、この時点では彼はそこまで危険視されていなかったのだ。
この時点までは。