第七のヒーロー誕生! 目覚めよ正義の魂! 結
危険な仕事。
それはつまり、ケガや死亡する可能性がある仕事という事。
ある意味では、通常の戦争よりもさらに死亡率が高いのが、モンスターとの交戦である。
なにせ、相手を人間扱いする必要がないとはいえ、こちらのことも全く尊重されない。
相手が弱かったとしても、そうなることはある意味当然だった。
「くそ……相変わらず数が多い!」
「ああ、嫌だ嫌だ!」
ゴーストは弱い、夜しか現れない。それは事実だが、そもそも危険だからこそ退治している。いくら交代制とはいっても、いくら炎で灯りを灯しても。
一切被害なく、殲滅できるわけもない。危険だからこそ報酬が発生し、専門な仕事として成立する。
そして、その給金が命に見合うかと言えば、そうなのだろう。この世界では人間の命がとても安い。少なくとも、二十一世紀の日本に比べれば、安くなるしかない。
「畜生、交代はまだかよ! もううんざりだ!」
目の前には、死霊の群れ。倒してもキリがない、
求められることは一騎当千の無双ではなく、朝までの時間稼ぎであり単純労働。
何時かは、この仕事も終わる。最悪の事が起こっても、そこまで甚大な被害にはならない。
『最悪の事態』がこの街の壊滅を意味するのであれば、それは善意の『彼ら』がとっくに解決済み。ここから何が起きても、それこそ騎士団の数名や、冒険者の数名が取り返しのつかないことになるだけだった。
夜間、街の外である以上、無関係な民間人が被害を受けることはない。
つまりは、危険な仕事を自分の意思で請け負った、専門家が当然のリスクを支払うだけなのだ。そこに不条理などあり得ない。
〈ああ、交代だ〉
だがしかし、不条理とは道理に合わないことが起きるというだけの話。
それが必ずしも、悪しきことばかりとは限らない。
〈さあ大地を懸命に歩く皆様方、見上げてくださいな。今宵名乗りを上げますは、人の身でありながら強大な魔王を討ち滅ぼし、新しい英雄に加わった勇敢な青年でございます〉
人間とは思ない声が聞こえてくる。
それはある意味、人間が魔王を討ち果たすことで得られる、最大の報酬だった。
魔王を討った勇者は、呪われる。
死した魔王は勇者に取り付き、更なる力を与えてそそのかす。
それが実際に多くの悪事へ進展することも多い。
しかし、それでも、呪われた勇者こそがこの世界における、人間の頂点だった。
〈さあ、彼の戦いに見惚れてちょうだい! 私を倒した勇者のお披露目よ!〉
夜の空を切り裂いて、翼を、角を、尾を生やした男が現れる。
周囲に魔力を漂わせ、周囲を威圧する。
その肉体には文様が刻まれ淡く輝き、その眼は闇に染まっていた。
それでも、誰もが彼に石を投げない。
恐怖に狂って、彼を排斥しない。
なぜならば……。
「ああ、アンタがやってくれたのか」
「ここも何とかしてくれるのか? 悪いなあ……」
「仲間の事もあってあんまり大きい声じゃ言えなかったが……正直怖いし嫌だったんだ、この仕事」
割とあっさり、冒険者たちは彼に話しかけていた。
それはもう、拒絶の言葉を覚悟していた彼が驚くほどに。
〈……〉
「頼んだぜ、英雄さん!」
「ああ、ちょっと離れるからよ!」
「……王女に報告だ」
「ああ、速やかにな」
冒険者たちも騎士団も、極めてあっさりとした対応だった。
ある意味では、今までで一番平穏な反応をされている気がしている。
〈そりゃあそうでしょう、この世界では呪われた勇者は最高の戦力なんだから〉
〈これが、この世界の常識か……〉
今までのヒーロースーツは、完全に異物だった。それこそ、見たこともないし想像したこともない『常識外の存在』だった。
しかし、どれだけマサヨシが恐怖を伴うだろうと想像しても、魔人と魔王がどれほど似通っていても。
飼いならされた犬と野生の狼ほどに、まったく違うものだと『理解』していた。
確かに、魔人がこの場に現れた以上、魔王から手に入れた力で悪さをしようとしているとは思うまい。そもそも、この街を守るために『彼ら』は魔王と戦って呪われたのだ。そこを疑う者はいないだろう。
どうせ、後で報酬を要求されるとしても、支払うのはこの場の面々でもないのだし。
〈……この人たちも、好き好んでやってたわけじゃないのか〉
〈当然じゃないかしら。戦わなかったら街が滅びるし、仲間外れにされたくなかったら戦うしかないでしょう〉
〈村八分が怖い時代か……〉
正直、彼らの仕事を邪魔しているとか、せっかくの仕事にケチをつけているのかもしれないと思っていた。
それはそれで間違いではないが、正直皆嫌だったのだろう。誰かがぱぱっと片付けてくれるなら、それでよかったのだ。
〈……まあ、いいさ。拒まれていないなら、自分の仕事をきっちり片付けよう。誰に依頼されなかったとしても、気まぐれで始めたことでも、最後まできっちりケリをつける〉
口から出るため息さえ、黒い煙になっている。しかし、それでもまあいいだろう。
〈戦おう〉
〈ええ、そうこなくっちゃ〉
当然ではあるが、今までのように習った覚えもない殺陣ができるということはなかった。
セイギに満ちた言葉が口からあふれることも、脳内を使命感や昂揚が満たすこともなかった。
だが、それでいい。出所の分からない感情に支配されるのではなく、あくまでも自分の意思で最後までケリを付けよう、
いいや、もはやセイギにこだわることもない。ただ、やり残したしこりを拭うために戦おう。
それこそが、ある意味ではセイギなのだと気づかずに。
〈さあ、この地で倒れた怨霊たち。みんな出て来なさい、この霞の女王が命じます〉
なんともマッチポンプな話であるが、多くの資料が魔王の命令に従ったうごめく。
声をかける前段階でも人混み程度には居たゴーストが、軍勢と呼ぶしかない数となってアクターに接近していく。
それはある意味、恐怖というしかない状況だった。同時に、哀しい話でもある。
結局のところ、このモンスターたちも自分自身も、騎士団も冒険者も。皆、魔王の掌で踊っているだけだった。それは今も変わらないのかもしれない。
〈だましている風で気分が悪いな……〉
〈この子たちも苦しんでいるんだし、供養だと思いなさいよ。お葬式は派手にやるものでしょう?〉
〈お前が供養とか死者の魂を慰めるとか、言ってほしくない〉
とはいえ、嘆いても現状が変わるわけではない。
アクターはその角から放電を始めていた。通常の雷とは異なる、霊体をも砕く魔王の雷だった。
〈まあ、威力は大分下がっているけどね〉
〈どうせ俺本人が弱いからとか言うんだろうが……〉
〈自己分析できているのは、賢い証拠よね〉
通常なら、ただでさえ強い勇者が、魔王の力を得ることで更なる力を得る。
しかし、マサヨシ自身は所詮皿洗いである。少々度胸はあるが、一般兵をも相手にできない分際である。
もちろん、魔王の魂によって大幅に起こ上げされているが、まず間違いなく呪われた勇者の中では最弱に位置するだろう。
〈まあ、それでも十分よ。吹き飛ばす分には余裕でしょう〉
〈ああ……ホーンスパーク!〉
しかし、得た魔王は最上級である霞の女王。
その力を正しく発揮すれば、死霊の群れ如きなんということはない。
頭部に生えた角から、膨大な雷光がほとばしる。それは夜を照らす一瞬の輝きであり、同時にモンスターの残滓をかき消す弔いの光だった。
〈……結構頑張ったつもりだったんだが、まだ残ってるぞ〉
〈あら……あなた本当に弱いのね〉
〈ああ、わかったよ! 続ければいいんだろうが! ウイングブリザード!〉
腰から生えている翼が、氷点下を遥かに下回る極寒の風を生み出す。
比喩故郷抜きで魂さえも凍てつかせる吹雪は、瞬く間に残存していたモンスターの残骸を消していく。
それはまさに、鎧袖一触、というレベルですらなかった。
〈……これで、全滅したのか? あっけないな〉
〈肉体を失っている存在だもの、そりゃあ脆いわよ〉
一息で、すべてが消える。
それはさっきまでここで踏ん張っていた彼らに対して、申し訳ない気持ちになるほどだった。
自分がその気になれば、誰もがこんな嫌な仕事をせずに済んでいたのだ。
〈人間でも、これぐらいできる奴はいるわね。まあ……その分忙しいらしいけど〉
〈そりゃそうだ〉
〈とにかく、ここで大量に発生していたゴーストは一気に減ったわ。まあ根絶とまではいかないけど……少なくとも、数人で交代すればどうにかできるレベルよ〉
〈そうか……じゃあそれでいいさ。俺が働くのも今日で十分ってことだろう?〉
これが、何年もかかりますとなれば流石に諦めていたかもしれない。
〈俺は、皿洗いだ。それに支障が出ない範囲で、やれることをやる。うん、それでいい〉
〈その代わり、賃金は受け取らない。果たして人間社会は貴方をどう思うのか知らねえ〉
〈知らないさ……俺は皿洗いだ。それで十分社会貢献しているよ〉
能力に見合った仕事をして欲しい、そう思う人はきっとたくさんいるだろう。
だが、マサヨシはそれを拒絶する。自分にできること、できるようになってしまったこと。それは結局、戦うことだ。
たまにやる分にはまあいいかもしれないが、継続してやるなどごめんこうむる。
〈貴方って、ワガママねえ。もしかしたらどんな勇者様よりもワガママかもしれないわ〉
〈そりゃあそうだろう〉
翼を広げて、宙へ浮かんでいく。
〈俺は一般人だ、一般人ってのはワガママなもんさ〉
次回 エピローグ




