第七のヒーロー誕生! 目覚めよ正義の魂! 転
その日の夜から、騎士団や冒険者たちはあわただしい夜を過ごすことになっていた。
霊体を一切破壊されずに、肉体だけを壊された魔族の群れ。それがゴーストになることはある意味必然であり、その怨霊を討つために多くの戦力が割かれることも当然だった。
「いやあ、ゴースト共の多いこと多いこと」
「違いねえ、奴ら数だけは多いからな」
さて、ゴーストは強いのか弱いのか。
もちろん、弱い。そもそも、殺されるような弱者が死後いきなり強くなれるわけもない。
基本的に、霊体は肉体から発生する。肉体が滅びても、残滓として霊体が残ることもある。しかし、むき出しの霊体はとても脆い。霊体を砕くことができる武器を持っているのであれば、ぶつけるだけで消滅させることも可能だった。
数が多い、とは言っても魔族の軍勢と戦った時とは違い、非常に散発的である。少々面倒だがそれだけで、何一つとして絶望はなかった。
今の所、この街は平和である。想像以上に残ってしまったゴーストたちを相手に、夜ごとに面倒な戦いをしているが、それだけだった。
「しかしいいのかねえ、出てくるゴーストを退治するぐらいで」
「ああ、大規模な術でぱあ~~っと浄化できないもんかね」
強いて酒場やギルドに影響があるとすれば、夜間も戦う冒険者の為に深夜営業を一時的にしている程度だろう。
当然、皿洗いをマサヨシがすることになる。
この世界では、『電気代』というものはなくても『ランプの油』や『蝋燭』という形で費用が発生する。
だからというわけではないが、日本などよりもよほど徹底的に、夜は寝るものという認識が強い。
久しぶりの夜勤に、目がしばしばする。その一方で、脳内では霞の女王が話しかけていた。
『なかなか頑張るわよねえ、人間も。この街を守るために、けっこう踏ん張ってるじゃない』
(別に特別でもないだろう)
『そうね……でも、人間は相当強かよ。他の生き物とは違う……決定的にね』
二人とも知っていることだ、人間はそこまで弱くない。
セイギの味方がいなくても、悪の組織に滅ぼされたりはしない。
この世界では、マサヨシもセイギも、どちらも異物でしかない。いたら便利、ありがたいということもあるだろう。しかし、いなかったら人類が滅亡する、ということもない。
霞の女王をマサヨシが放置しても、この街が滅ぶだけで任類が滅亡することはなかった。
今回の状況は、更に穏やかな問題だ。何もしなくても、一切問題が発生しない。
「大規模な浄化はカネがかかるんだと。それに、こうやって地味にゴーストを退治してったって問題ないそうだぜ」
「その分、俺らにも実入りのいい仕事が回ってくるってことで」
騎士団も冒険者も、仕事をしているだけだ。
例えばマサヨシが大暴れや大立ち回りをしなくても、この街は平穏無事に時が過ぎていく。
むしろ、セイギの味方が戦わない方が、彼らのためになるんだろう。
「しっかしまあ……あの、なんだっけ? 『彼ら』だったか?」
酒場で皿を洗う男がいるように、この街を守る誰かもいる。
それだけのことで、特に思うべきではない。にもかかわらず、後ろ髪を引かれるものがあった。
「ああ、『彼ら』だ。あの、すげー武器を持ってる奴ら!」
彼ら、凄い武器。実に的を射ている。
凄い武器を持った『彼ら』が、武器が凄い『彼ら』が、武装だけ立派な『彼ら』が、この街を救った。それはそれで真実だろう。
別に本人が凄いわけではない。
「あいつらが大砲で殺しまくったから、こんなにゴーストが残ってるんだってよ」
「初めて知ったぜ、火薬で殺すとゴーストが残りまくるんだな」
「まあそりゃそうなんだろうけどな」
モンスターは倒した、肉体は滅ぼした。しかし、霊体がどうしようもなく残っている。
後始末を、他の誰かに押し付けている。それは、セイギではないだろう。その一方で想うのは、自分がセイギではないということだった。
「とはいってもなあ……ぶっちゃけ、あの連中、国にも火薬代請求してないんだろう?」
「ああ、奇特なもんだぜ。もちろん、どんな思惑があったにしてもこの街の連中は皆感謝してるけどな」
「騎士団の連中だって、面目丸つぶれだと思ってるんだろうが……正直安心してるだろうぜ。誰だって死にたくないだろうしよ」
都合よく、誰かが何とかしてくれないだろうか。誰もがそう思いながら日々を生きている。
その中で、本当にどうしようもないことが起きた時、誰かがどうにかしてくれた。それで、感謝するのは当たり前だろう。
「あのゴースト共が、生きていたらと思うとうんざりするしな」
「ああ、体だけでもぶっ壊してくれて、感謝してるぜ」
つまりは、『彼ら』の行動のおかげで自分の仕事が上手くいったから、無責任な民間人は感謝している。それでいいのか、それでいいのだろう。
『彼ら』の行為行動によって損をこうむった、メンツをつぶされた面々は怒っている。
片方だけが正しいのではなく、ただ物の見方が違うだけ。そんなことは、今更説明されるまでもない。
邪魔をされた人間が腹を立てる、助けてもらった人が喜ぶ。その程度の話でしかないのだ。
それでも、それでも誇らしく思う。セイギのヒーローに恥じぬ行いをしたと思っている。
これから先、何か失敗するかもしれないが、少なくとも今だけは一切恥じることがないのだ。
だが、どうしてもしこりが残る。心にもやもやが残る。
「おい、マサ。ちょっとこい」
「はい、何ですか?」
店長から呼び出される。先日と違って手を止めることはなく、特に問題はない筈だったのだが。
「お前、まだ片付けてきてない仕事があるんじゃないか?」
「てん、ちょう……」
変身用の腕時計を、炊事場で渡される。
その行動に、どんな意味があるかなど考えるまでもないことだった。
※
呪われたことによって悪に染まった自分に、ヒーローへ変身する資格はないと思っていた。
しかし、自分でも驚くほどすんなりと、シイクレットに変身して街の外で戦う人々を眺めていた。
シイクレットは最新科学によるセキュリティを掻い潜る機能を持った兵器である。それ故に、光学迷彩なども当然のように備えている。
それを抜きにしても、俊敏性に特化したシイクレットを着込むことによって、正に目にも止まらぬ速度で移動することが可能になったマサヨシを捉えることが常人にできるわけもなかった。
「戦ってるな」
(ええ、戦っているわねえ)
当然だが、見た目は地味だった。相手が簡単に倒せるゴーストである、という点を含めてそこまでひっ迫しているようには見えなかった。
大量の松明が街の城壁や街の周囲に設置されており、火を絶やさぬように番をしている兵も多い。
霊体を傷つける力を持った武器で、靄のようなゴーストを攻撃して消していく。
その作業そのものは、とてもではないが危険には思えなかった。
しかし、数が多い。人間に比べて、ゴーストの数が多すぎていた。
「もっと人数を増やせばいいのに……」
(ゴーストは日没から日の出まで現れ続けるわ。多分、交代制なんでしょうね)
「耐久戦ってことか……」
今日一日、今現れている分だけ倒しても意味がない。
根こそぎ倒せるわけではない以上、少々非効率でも一度に戦う人間を増やしすぎるわけにはいかないのだろう。
「これが、俺の行動の後始末か……」
取り返しのつかない過ちをしたわけではない。
元々彼らは街を守るために戦うつもりであったし、マサヨシの戦いによって大幅に難易度や過酷さが下がっていた。
それだけで、彼らはかなり感謝している。少なくとも、逆効果ではなかった。
だが、どうにも居心地が悪かった。
街を自分一人で救うつもりで、それを完遂した気になっていた。それが、暴れるだけ暴れて、誰かに後始末を押し付けていた。
「……俺は、皿を洗うという仕事をしている。床掃除とか机の掃除もしている。大したことのない仕事だったし、珍しくもないし、凄腕だとは思ったことがない」
なんにでも、最上級に位置する人間は存在する。
超一流のレストランで働く給仕や清掃員は、きっと自分なんぞとは色々な面で『違う』のだろうと察することができる。
そんな彼らに、近づきたいとも思っていない。
しかし、だとしても、求められている分の仕事はしてきたつもりだった。
「だが……それでも、後で他の人が自分の仕事でダメなところを見つけて、フォローをさせているとは思っていなかった。洗った皿はそのまま料理を盛りつけられるし、拭った机にお客さんを通しても苦情が来ることはなかった」
どこからどこまで、セイギの味方として成していいのかわからない。
しかし、これだけははっきりしている。不十分な仕事の尻拭いを、他の誰かに押し付けている気分になっていた。
とてもではないが、家に帰って眠れる充実感はない。
「……だとしても、俺にはこのゴーストをどうにかすることはできない」
六つのヒーロースーツは、設定上幽霊と戦うことを前提としていない。
そもそも、ヒーロースーツで幽霊を倒せるのなら、こんなことになっていない。
あの幽霊の群れを多少でも何とかしたい。その一方で、どうにもできない自分が情けなかった。
それはそれで仕方がない。元々無力な一般人が、ヒーローごっこをしていただけなのだ。
そのヒーローの力でどうにもできないことが起きたとしても、一々残念に思う方が間違っている。
(できるわよ、貴方になら)
それは、正に悪魔のささやきだった。
それこそが、魔王を討つことで呪われるということだった。
「どういうことだ……」
(貴方は道具がなければ何もできない。その道具を、実力で得たわけでもないみたいね。でも、この私を倒したことは、他の誰でもなく貴方の功績でしょう?)
戦おうと思った動機はともかく、戦うために用いた手段はともかく、戦いによって得られた結果はともかく。
一つの事実として、マサヨシは魔王を打倒している。霞の女王という上級の魔王を、力と勇気と知恵で討ち取っている。
それだけは、本物でさえ成したことのない事だった。
「……だから何だ、それで俺が呪われただけじゃないか」
(可愛いわねえ……貴方は、本当に、この街を守るためだけに私と戦ったのねえ)
マサヨシは根本的に、この世界における『魔王を討つこと』『呪われるということ』『英雄になること』がわかっていない。
その無知さが、霞の女王にとっては愛おしい。
(貴方は私に勝った、私の命を奪った。敗者は勝者の血肉となる……わかる? 私の力は、貴方の物なの……)
竜を討った勇者が、竜の血を浴びて不死身になるという。
魔王を討った勇者が、その呪いを受けることによって更なる力を得る。
この世界は、そういうふうにできている。
(私の力を使いなさい。私の力を使えば、この地のゴーストを一掃できるはずよ)
「……全滅させられるって言うのか?」
(そこまではいかなくても、数をかなり減らすことはできるわね)
「どうすればいい?」
もしかしたら、それこそ悪魔のささやきに耳を貸す行為だったのかもしれない。
しかし、結局のところマサヨシという男は、『放っておけない』『見捨てられない』そういう理由で動いてしまう男だった。
(私は霞の女王、その本当の名前は……ラララ・リーフ。貴方の名前は?)
「マサヨシ……葯舎、正義」
できることがあるのなら、諦めきれない。
どうしようもなく、罪悪感を原動力にしてしまう男だった。
(ヤクシャ・マサヨシ。私を討った勇者様……私と一緒に呪文を唱えて。心に浮かんだ、その呪文を……)
「魔人……」
それが、セイギなのか、相変わらずマサヨシにはわからない。
しかし、それでもマサヨシは自分が勝ち取った力で一歩踏み出そうとしていた。
「魔人……合!」
ある時は扇動された人々を鎮圧する『特務警察ホイッスル』
ある時は違法企業を捜査する『機動隠密シイクレット』
ある時は病魔を駆逐する『緊急救命戦士ライフワン』
ある時は逃走車をどこまでも追い詰める『地獄の猟犬ティンダロス』
ある時は侵略者を破壊する『蹂躙無双マルス』
ある時は脱法兵器を粉砕する『必勝剣ライコウ』
しかしてその実体は! 第七のヒーロー、『呪装魔人アクター』!




