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第七のヒーロー誕生! 目覚めよ正義の魂! 承

「これは、ゆゆしき事態ですな、サンデー王女」

「本当に、申し訳ありません」


 個人の名称は高らかに名乗る一方で、未だに組織名を名乗りもしない『彼ら』

 その技術が何処からくるものだとしても、一つ確実なことが生じたのだ。

 即ち、魔王を討伐したことによって生まれた新しい英雄、魔王に呪われた英雄である。

 これを放置することがどれだけ危険か、モニング王国は長い年月を費やして学んできたのだ。


「いいや、謝罪は結構。このような英雄は今まで見たことがない。ある意味、独自の価値観を持っているのでしょうな」


 援軍としてこの街へ向かっていた軍勢の多くは、街の状況を確認したうえで帰還した。

 王女の行動はすべて空回りに終わったが、しかしすべて正しいものだった。それは誰もが認めるところである。

 悪いのは『彼ら』である。なぜ一言もこの街の人間に事前の承諾を求めないのだ。

 確かに彼らはすべての問題を解決しているが、はっきり言ってこの国の法律を犯しすぎている。上手くいったからよかったものの、失敗したらどうするつもりだったのだろうか。

 

「失敗しても自分が死ぬだけだ、というのであればそれは哀しいことだ。すくなくとも私は、彼らの行動を全面的には否定できない。力になれることも、確実にある」

「そうです、仮に『彼ら』が問題を解決できる能力があるとしても、余りにも綱渡り過ぎる! 優れた武器や勇気を持っているだけでは、盤石な勝利も継続した成果もあり得ないのに……」


 援軍として訪れた騎士も、サンデー王女も、『彼ら』の善意に憤慨していた。

 『彼ら』には確かな力があり、それを使いこなしている。それを社会や国家は必要としているのに、態々名を隠して行動している。

 『彼ら』が仮に国民ならば、国家反逆罪だ。自分達という貴重な人材を、無為に潰している。


「とにかく、これで『彼ら』の一人は呪いを得た。もはや積極的に悪事をするとは考えにくいですが……」

「彼らが利益を求めているのであれば、いよいよ国家に名乗りを上げるはずです。ですが、もしも彼らに信念があれば……いよいよ、私達は強大な敵を取り締まることになってしまう」


 そして、それにとどまらない。

 まだあるのだ、解決しなければならない問題が。


「とはいえ、まずは事後処理を」

「はい……今夜にでも、現れるでしょう」



 呪われた結果、マサヨシは今度こそすっぱりとセイギの味方ごっこを隠居するつもりになっていた。

 変身アイテムはすべて店長に預けており、それが精神的な安定剤にもなっている。

 なにせ、自分がセイギの味方ごっこをするには、まず店長に何をどうして使うのか説明をしなければならないのだ。

 はっきり言って、この世界において店長の考えは善良な市民として普通である。店長が『バカなこと言ってないで働け!』と怒鳴られるようなことは、『店長にクビにされるから仕方ないよね』と諦めることができる。

 そう、良心の呵責が大分薄れていたのだ。

 なにせ、この世界で失業するのである。それは生命にかかわる一大事だった。貧民街の現実を見る限り、『この世界の福利厚生はばっちりだな』とは思うまい。

 職場の人間が自分の事を好意的にとらえて、身を案じてくれているのだ。そんな人に心配をかけたいとは思っていないし、そもそも何か騒ぎが起こればその人からにらまれるのだ。そりゃあ馬鹿な真似などできるわけもない。


『今日もお皿洗いなの? つまらないわねえ』

(うるさい、黙ってろ)


 加えて、呪われて以降霞の女王が体に取り付いていた。

 とても退屈そうに、彼にしか聞こえない声で話しかけてくるのだ。

 妖艶な声で話しかけてくるという実害が発生しているが、幸い肉体的に支障はなかった。

 再開していく酒場の皿洗い、床掃除などは相変わらず行えている。働ける健康な肉体というものは、どこまでもありがたいものがあった。


『何故栄光を求めないの? 私を殺した勇者様は、無欲ねえ』

(……俺にそんな器量はない)

『あらあら、謙虚というかなんというか……卑屈なのね。まあ愚鈍でないのは嬉しいけど』


 加えて、ある種の安堵もあった。今の自分は完全に呪われており、些細なささやきによってあっさりと道を踏み外すかもしれない状態だった。

 それはつまり、セイギの力を振るってはいけない状態になっていることを示している。

 セイギのヒーローらしからぬ発想ではあるが、『呪われちゃったからもう戦わなくてもいいよね』と思ってしまっていたのだ。

 というか、こんな風に脳内に別人格を飼っている状態では、乗用車だって運転したくなかった。完全に精神病院へ厄介になるところである。

 

『世間から名声を求めないとしても、色々とやり方はあるはずよ? 私を倒したんですもの、それぐらいの力はあるはず』

(そうかもしれないが、俺は嫌なんだ)


 まさに、悪魔のささやきだった。魅了だとか洗脳だとか、そんな特別な要素がないとしても、ただの甘言として有害に思える。

 実際、この皿洗いや床掃除という仕事に誇りがあるわけではないし、楽しくて仕方がないわけでもない。

 他にもっと楽で、お給料が良くて、安全な仕事があったらそっちをやってみたくもなる。

 しかし、マサヨシは知っている。そんな仕事はないし、あるとしても大抵先が見えないのだ。

 そりゃあ自分だって人間である。何か悪いことをしないとは言い切れない。しかし、なにか悪事を働くとしても、それは突発的な物だろうと察しは付く。

 少なくとも、計画的に、常習的に悪事を働く度胸が自分にはないのだ。


『宗教? それとも約束? 信念かしら』

(その中では、信念かもな。とはいえ……自重とか節度かもしれないけど)


 なにせ、ギリギリ善意と言える行動にさえ自分は散々苦悩し、後悔をしながら過ごしている。

 これが完全な悪事なら、それこそ罪の重さに耐えかねるだろう。


(結局、俺はどこまで行ってもヒーローごっこだったんだろうなあ)


 死ぬかもしれない危険な行動をして、脳内に悪魔を飼う程度で済んでいる。

 七回もセイギの味方ごっこをして、失敗らしい失敗をせずに終えることができただけでも一種の幸運だろう。

 如何に装備が上等でも、完全に素人が……という話ももう何度目か。

 とにかく、一通り装備を使ったことも含めて、いい区切りだった。

 別に玩具会社と提携しているわけでもないし、このまま引退するのがいいだろう。

 もうこんなこともないだろうし、あっても今度こそ逃げよう。

 ヒーロー番組は一年で終わるが、自分の人生はまだまだ続くのだ。


『じゃあ貴方は、信念の為に私を倒したの? 呪われると知って?』

(まあ、そうなるな。というか、一応俺はこの街で暮しているんだから、お前を迎え撃つのも当たり前じゃないか?)

『ぷふ』


 何が可笑しいのか、霞の女王は笑っていた。

 まあ、元々人間をいたぶるのが楽しみという上位種様である。案外、箸が転がるだけでも楽しいのかもしれない。

 その笑いに不穏なものを感じつつも、マサヨシは皿洗いを続けた。

 こうして酒場が盛況なのも、特に珍しいこともなく平和だからだ。みんな飯を食うし、その分洗う皿も増えるのである。

 マナーが悪いので机や床が汚れるが、レストランではないのだから仕方がない。ここは飲み食いして大騒ぎするところなのだ。そういう行儀のいい客はまた別の店へ行くのだろう。

 

『もしかして貴方、私を倒して呪われるってこともよくわかってなかったのかしら?』

(まあな、まさか頭の中に住みつかれて話しかけてくるとは……)

『ぷふふ……純粋ねえ』


 なんで文字通りの意味で、くたばりぞこないの魔王に笑われないといけないのかわからない。肉体的には死んでいるんだからもうちょっとこう、活気とか元気とかが失われてしかるべきなのではないだろうか。

 なんで死ぬ前も生きている時も、テンションが同じなのだろう。


『純粋ついでに、いいことを教えてあげる。どうやら貴方、力と勇気と知恵を併せ持つ勇者のようだけど、いろいろと理解が足りないみたいだし』

(……どういうことだ?)

『信じるも信じないも勝手だけど……貴方の武器は尋常じゃない力を持っていた。それは貴方自身が知っているように、軍勢さえも滅ぼすほどに』


 原則として、破壊や殺傷を目的に生み出された兵器は、この世界でも十分な威力を持っていた。少なくとも、今日まで戦った中で威力が足りなくて倒せない、という敵は一人もいなかった。

 それは着ているヒーロースーツでどうにもならない相手がいなかった、というだけではある。街中に敵軍が入れば、街ごとマルスでぶっ飛ばす必要があったが、そういう状況にならなかったこともある。


(……)

『あら、なんとなく察した様ね。やっぱり頭がいい人は話が早いわ』

(最後まで言え)

『わかっているようだけど、貴方の武器はすべて物体を砕くことに特化している。それはとても異常なことなのよ? だって、普通の武器は強くなればなるほど、物体以上に霊体を砕くものだから』


 それは、最初から懸念があったことだった。

 六つのヒーロースーツは、どれ一つとしてオカルト要素が一切ない。

 つまり、幽霊のような科学では解明されていない相手には、触れることさえできる保証がない。


『はっきり言うけど、貴方が殺したモンスターは全部アンデット化して、無念のままにこの街を襲うわ。多分、大半がゴースト化しているでしょうね』

(……霊体を砕く武器じゃないと、アンデットとしてよみがえるのか?)

『全部じゃないわ、死ぬモンスターが全てアンデットになるわけじゃない。それに、基本的にアンデットモンスターは生前よりも弱体化していて、倒そうと思えば簡単に倒せる』


 どうやら、この世界に元々ある武器なら、アンデットも比較的容易に倒せるらしい。それはある意味安心材料だった。

 

『でもね、貴方が焼き尽したモンスターの数を憶えているでしょう? あの中の十分の一でもゴースト化したら、それはもうとんでもないことになるでしょうね』

(……それは)

『別に珍しい事じゃないし、この街でも対策は練っているでしょうね。まあ貴方の武器の特性を理解していない彼らは、軽く見積もっている可能性もあるけど』


 この世界では、モンスターであれ人間であれ、霊体を砕く武器を用いられなければアンデット化することがよくある。

 それを防ぐために、きっちりと葬式をすることに実利的な意味がある。

 よって、人間同士の合戦でも大量に死者が出れば、その場所はアンデットのはびこる異界となりかねないのだ。


「……おい、マサ。ぼっとしてるんじゃねえ」


 やや大きい声をかける店長。

 その言葉を受けて、自分の手が止まっていることに、改めて気付いたマサヨシ。

 そう、すっかり洗う皿がたまっていた。


「すみません、店長」

「……夜更かしでもしてるのか、お前。お前は店員なんだ、きっちり皿を洗う事だけ考えとけ」

 

 そう、自分は皿を洗わねばならない。

 それが自分が此処にいる意味であり、生きるための糧を得るということなのだから。

 しかしそれはそれとして、自分が始めた『セイギ』は完遂されていないという事実に至る。

 おそらく、嘘ではないだろう。なんとなくそう思うし、仮に嘘ではなかった場合この街の方々に負担を強いる。

 少なくとも、マルスとライコウを着たあの日、自分は全てを解決するヒーローとして戦うつもりだった。

 それが、未だに達成されていない。そして、その為の力は一切ないのだ。


(……お前の言葉は、多分本当だろう。だが、俺にはどうすることもできない)

『……ふふふ、本当に可愛い勇者様ねえ』


 マサヨシは、この世界に対して余りにも無知だった。

 一般常識過ぎて誰も説明してくれなかったし、彼も特に知りたいとは思わなかったからだ。

 だからこそ、とても決定的なことを知らずにいた。

 つまりは、魔族の頂点に位置する魔王を討つことで生じるメリットを、彼は想像もしていなかったのだ。

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