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第一のヒーロー見参! その名は『特務警察ホイッスル』! 前編

 仕事があるのはいいことだった。王都の裕福な誰かが何かに夢中になり、その何かの原料がダンジョンで獲れるなら、冒険者たちは潤う。

 冒険者が潤うなら、その分の利益は当然酒場や娼館に流れる。誰も損をしない、素敵な好景気である。長く続かないという点を除けば。


「いやあ、ウチのダンジョンなら簡単に手に入るモンが、こんなに売れるとはなあ」

「こんなもんに高額が付くとは、わからねえもんだ」

「いやいや、無傷で獲るってなると熟練の技が必要ってもんだ!」


 とはいえ、マサヨシの流れ着いた街は好景気だった。

 マサヨシの洗う皿はどんどん増えるが、それはそれとしてギルドも酒場も大いに盛り上がっていた。

 流行り廃りなどあっという間の事、今は殺到している依頼も、一気に過疎化することなど目に見えている。

 そんなことはマサヨシだけではなく誰もが思っていることだった。だからこそ、今はめいいっぱい楽しむのである。


「……なんだ、外がやかましいな」


 そして、今が稼ぎ時とばかりに店を切り盛りしていた店長が、騒がしい店内よりもさらに騒がしい店の外からの音に耳を傾けていた。

 冒険者ギルドと一体化している酒場の店長である。危機には機敏に反応する癖がついていた。

 そう、危険を察知するのは必要な能力だった。

悪の組織が存在せず、戦争中でもなく、ダンジョンの中でもなく、魔物が攻め込んできたわけですらない。

 それでも、騒動は発生するという、当然すぎる事実を彼は熟知していたのだ。


「……お前ら! 早くこっちこい!」


 そう叫んだ店長の声に従って、店の中の誰もが何もかもを放棄して店の奥へ走っていった。店の奥、後方の調理場で皿を洗っていたマサヨシにしてみれば、何が何だか分かったものではない。

 その直後、冒険者ギルドと一本化されている酒場の入り口が破壊されて、中に人間が放り込まれていた。

 見るからに怪我人であり、明らかに自分の意思で入店したようには見えなかった。

 そして、その相手が街を襲った山賊ならまだよかった。世界を亡ぼそうとする魔王の手先ならまだよかった。


「ああん?! 俺達はこの街のダンジョンに入れねえだとう?!」

「舐めたクチきいてくれるじゃねえか、ボケ!」

「ぶっ殺すぞ!」


 相手もまた、ダンジョンに潜る冒険者だった。

 なんのことはない、彼らの装備を見ればそれは明らかだった。

 何が何だかわからないマサヨシは、他の客や従業員と共に店内を後方からうかがっていた。

 何せ冒険者という者は、基本的に血の気が多い。肩がぶつかったとかでケンカをすることもある。

 しかし、今回はどう見てもそうではなかった。お互いが、拳どころか武器を持っていたのである。本来ダンジョンに潜む強大なモンスターと戦うため、或いは人里を襲う街の外のモンスターを倒すための武器が人間同士に使用されていた。


「ああ、こりゃあ駄目だな」


 店長が、何もかもを諦めていた。軽く手で指示して、全員を裏口から避難させていく。

 当然のように自分が最後に出てくると、そのまま酒場から離れ始めていた。

 客によっては、もう別の店に行くつもりらしい。しかし、従業員たちはそうもいかなかった。


「あの、店長。その……何が起きたんですか?」

「馬鹿かお前、冒険者同士の縄張り争いだよ」


 マサヨシは初体験であり、同時に他の給仕を務めていた若い女性従業員も同様だった。

 冒険者同士で、あそこまで必死に争う理由がわからない。そもそも、双方ともに相当格が高い実力者たちだった。

 それはつまり、双方が裕福で生活に余裕があるということである。


「縄張りって……」

「基本的に、ダンジョンがあればどの街にも冒険者ギルドがある。そこに所属しなけりゃまず潜ることができないし、仮に入り込んでも手に入れたもんを買い取ってもらえねえ。だがまあ……なんにでも抜け道はある。冒険者ギルドは確かにギルドに所属している証みたいなもんを配布しているが、それに顔が張り付いているわけじゃねえからレベルが大体一緒ならソイツから分捕っちまえばいいのさ」


 分捕る、とはずいぶんと過激な発言だった。

 それはつまり、暴力に任せて相手から奪うということに他ならない。

 しかも、自分と大して変わらない実力者を相手に、である。


「今回みてえに、特定のダンジョンでだけ儲かる仕事が出れば、こういうことが起きるのさ。まあこの仕事をやってればよくあることよ」


 その言葉は、何とも強かな不屈さを持っていた。

 ふと近くを見れば、自分達同様に冒険者ギルドの職員たちも避難している。

 確かに相手はモンスターを殺すことを生業にしている面々である。そんなのが全力で殺しあえば、普通の人間がどうにかできるものではない。


「まあ他所の町の連中だって、別に騒ぎを起こしたいわけじゃねえ。近いレベルの奴と交渉して、ちょいとメンバーの証を借りれば済む話だからな。と言ったって、儲かる仕事は他所の奴にくれてやりたくねえだろう? だからああやって結局大抵ケンカになるのさ」


 良くあることであり、別に珍しい事でもない。

 ただケンカをしているだけで、逃げてしまえば追ってくるわけでもない。

 こうやって逃げ出せば、とりあえず命は助かる。壊れた物は、直せばそれでいい。


「騎士団だ! お前達を拘束する!」

「捕えろ!」


 そして、だからこそこの街の治安維持を担当している騎士達は、颯爽と現れて彼らを拘束していた。

 もちろん、穏当に説得など一切しない。冒険者たちよりもさらに強力であろう武装で身を固めて、圧倒的な数で押しつぶしていく。

 その現場を見た者は、避難した者たちの中にはいなかったが、とにかく多くの事があっという間に片付いていた。


「おら、お前ら。とりあえず閉店だな、まず店の中を片付けるぞ」

 

 景気がいいところには人が集まる。人が集まれば問題も起きる。

 それを、マサヨシは知識としてしか知らなかった。

 彼の生まれ育った国は、それほどに治安が良かったのだから。

 だが、だからこそ彼は信じられなかった。目の前の光景が、どうしても受け入れられなかった。


「なんだこれ」


 ここ数カ月、自分が仕事をしていた酒場が、これでもかと壊されていた。もちろん意図して破壊されたわけではない、ただ殺し合いの余波を受けただけなのだ。

 しかし、木造の建築であり、内部で高ランクの冒険者同士の戦いを想定しているわけもない。

 料理を並べていた机は吹き飛び壊され、修理できないほどにぐしゃぐしゃに壊されていた。当然、椅子なども同様である。

 それどころか、床や柱、壁に至るまで大いに破壊されていた。これが意図してやったわけではないというのだから、冒険者というのは規格外である。


「酷い……」

「これを、人間がやったの?」

「そういうこった。これは別に町一番の超強い奴が大暴れしたわけじゃねえぞ? 高レベルの冒険者なんざな、金を払うこと以外はモンスターとかわりゃあしないんだ」


 恐怖している女性従業員たちに、厳しいことを言う店長。

 実際、冒険者ギルドと一体化している酒場を経営するのであれば、こんなことでへこたれていてはやっていられなかったのかもしれない。


「とにかく、まずは掃除だ。机、椅子は、使えそうなもんと修理すれば使えそうなもん、それからどうにもならんもんを別けて隅に寄せな。それから、床の掃除だ」

「ああ、ああ、もったいねえ……せっかくの料理や酒がぱあだ。これも掃除しねえとなあ」


 遠くを見れば、酒場と違って休業ができない冒険者ギルドが大慌てで復旧作業を急いでいた。

 叩き割られた掲示板を修理し、敗れた依頼書を確認し、できるだけ早く営業を再開しようとしていた。


「あの……なんでここに騎士団が常駐しないんですか?」

「ここで暴れてた奴らだって、ここが冒険者ギルドだって知って襲ったわけじゃねえ。こんなもんは、この街のどこでも起きてることなんだよ」


 さっきまでは食べ物だった料理が、床にぶちまけられている。

 それを廃棄するために集めていく作業は、普段の生ごみを捨てる作業とは比べ物にならない徒労感があった。

 同様に、割れ物である皿やコップなども回収していく。

 かろうじて無事と言い切れたのは、スプーンやフォークぐらいだった。


「だからまあ、気にすんな。掃除が終わったら、もう上がっていいぞ。酒場の修理が終わるまでは休みだからな。賄いは出せねえが、骨を伸ばしてな。まあ街中はあぶねえから、娼館とかの近くに行くんじゃねえぞ」

 


 ようやく、今更のようにマサヨシは自分が異世界に来たことを実感していた。

 もっと言えば、治安が悪い地域に住むことの意味を理解していた。

 皿を洗う時に、洗う道具がヘチマのようなものであることや、水回りの不便さなどの文明度を考える一方で、元の世界でも地域によっては良くあることがこの世界では良く起きているのだと理解していた。


「我ながら、馬鹿なことをやっているのはわかってる……」


 言い方はおかしいが相手が魔王の軍勢とかならば、いるかもわからない勇者に任せることはできた。

 相手が凶暴なモンスターならば、まあ異世界だからしょうがないと諦めていただろう。

 軍勢が攻めてきたとしても、それは戦争だからしょうがないと諦めていただろう。

 だが今回のこれが、どうしてもマサヨシには我慢できなかった。

 マサヨシ自身は一切損をしていないし、怪我もしていない。店は店で、良くあることだからと諦めているし、既に暴れていた当人たちも既に治安維持を担当している騎士団が抑えていた。

 つまり、不満に思う事は当然としても、もう済んだことである。にもかかわらず、自分の洗っていた皿が叩き壊されて、掃除していた店が荒らされたことでやり場のない怒りを抱えていた。


「俺がこれからやろうとしているのは、ヒーローのニセモノが偽善を振りかざす行為だ」


 正義の味方にあるまじき行為であるかはともかく、正義の味方の心中ではないと理解している。

 はっきり言って、正当な権利もないくせに暴力を振るうという最低の行為をしようとしていた。

 だが一つ、はっきりしていることがある。


「……くそ」


 正直に言えば、そこまで本気だったわけではない。

 特別な義憤に燃えているわけではなく、鬱憤がたまっただけなのだろう。

 大工の方が酒場の修理をするまでの間の、ほんの数日。壊れた机や椅子の替えが納品されるまでの数日。

 その間、街を徘徊して、それで何とも遭遇しなければそれですっぱり諦めようと思っていた。

 だが……幸か不幸か、それとも必然か。


「だから、借りるからよこせって言ってんだろうが!」

「ふざけんな! じゃあお前のをよこせ! 返すまで預かっといてやる!」

「ああん?! んなことして、お前がどっかいったら俺はどうすりゃいいんだよ!」

「そりゃあこっちのセリフだ!」


 かなりの高レベル冒険者が街中で争っていた。既に到着していた騎士団も、彼らの余波で倒されている。

 お互い、こうして公衆の場で争うことが、自分の今後にどれだけ影響を及ぼすのかわからないわけではない。

 しかし、それでも頭に血の登った彼らは、もう振り上げた拳を降ろすことができなかった。


「クッ……増援はまだか?!」

「おい、民間人は避難しろ!」


 大通りでの大立ち回り。周辺一帯は大きく破壊されている一方で、野次馬たちは距離を取りながら囃し立てていた。

 相手が強すぎると悟った騎士団は、野次馬を解散させようと奮戦しつつ、到着するであろう増援を待っていた。

 騎士団も人間であり、冒険者も人間。個人としての実力は、各々によって異なっていて当然だった。

 どうやら戦っている冒険者は、特に強い個人であるらしい。それはつまり、巨大モンスターが正面から衝突しているに等しく……。


「そこまでだ!」


 その二人を止められるのは、その二人以上の戦力を持つ圧倒的な強者か、或いは個人の力をさらにねじ伏せる統率された数か。

 はたまた……『対人』に特化した戦士に他ならない。


「道路上での暴動、その現行犯……お前達を鎮圧する!」


 高い音程の笛の音が、短く何度も鳴り響いていた。

 耳を抑える野次馬たちを切り裂いて、騎士団さえも追い散らして、唇に笛を咥えた『戦士』が冒険者たちの前に現れる。


「……な、なんだお前は」


 その姿を見て、純粋に冒険者は訊ねていた。

 そんな恰好をした戦士を、彼らは見たことがないからだ。


 青を基本とする、全身を隠す露出の少ない装備。極めてシンプルに装飾の少ない金属防具は、胸を隠すばかり。

 見たこともない丸い兜、ヘルメットは前が見えているのかわからないほど色が付いていた。

 何よりも、剣や槍の様な大きな武器は一切所持していない。完全武装の騎士団や冒険者に比べればほぼ丸裸と言っていい。


「私は……私は!」


 期せずして名乗りを上げる機会を得た『彼』は、一瞬の迷いの痕に見得を切っていた。

 

「人々の暮す、平和な街。その日常を守るために、治安を乱す者と戦う正義の戦士!」


 それは、彼が心の中で何を考えているとしても、全く関係なくその場の誰もが始めて目にする、永遠の偶像。即ちスーパーヒーローだった。


「特務警察、ホイッスル!」

危険思想をもった教団が各地に出現した。

洗脳された多くの民間人が、暴徒となって破壊行為を行う。

勇敢な若者は、科学の力でこれに立ち向かおうとしていた。

治安維持を目的として開発された、暴徒鎮圧用装備を身に纏う正義のヒーロー。

その名は、特務警察ホイッスル!

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