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第六のヒーロー『必勝剣ライコウ』! 幻想空中決戦! 後編

 鬼退治モード。

 即ち、装甲と戦闘持続能力を放棄して、俊敏性と空中での自由度を大幅に向上させる形態である。

 元々ライコウは、この形態を基準として骨格などをデザインしており、必然的にそれ以前の形態は動きなどが制限されていた。

 この形態での戦闘可能時間はわずか三分。移動などを含めれば余りにも短すぎるため、付加した外付けのバッテリー。それを排除した真のライコウは、様子見は終わりだと言わんばかりに速度を増して魔王へ立ち向かう。


「ああ、さっきよりも必死ね。そうよねえ、だってどう見ても……さっきよりも脆そうだもの!」


 魔王である霞の女王は、渾身の一撃を先ほどまで叩き込んでいた。

 それをライコウは何発も喰らっていたが、平然と反撃していた。

 それはライコウが魔王と同等の防御力を備えているという事であり、今はそれができないことを示していた。

 ある意味当然の状況に立ち返る。人間は魔王の攻撃を喰らってはいけないのだ。


「言ったはずだ! 命を乗せていると!」


 重量を軽くした分、速度は増す。

 それは必然、ライコウの操作が困難になることを意味している。

 しかし、それでもマサヨシは感覚的につかんでいた。

 今の自分は、セイギの力を借りていると。


「もう、お前の攻撃が当たると思うな!」


 単純に、軽くなるということは方向転換が容易になるということである。

 しかしそれは、物理的な意味であって操縦的な意味ではない。

 内部の人間にとって、急制動をおこないながら戦うということは、控えめに言っても壁にぶつかりながら戦うに等しい。

 前進していた自分が、いきなり左や右へ方向転換するということは、つまりそういうことである。

 そんなものに、まともにバイクも運転できない自分が耐えられるわけもない。普通ならあり得ない、そう普通なら。

 今の自分は普通ではない。このヒーロースーツに込められたセイギが、彼女を倒せと叫んでいるのだ。


「あ、はあ……! いいわねえ、そうこないと!」


 正直、期待していた。

 遊びから真面目に一段切り替えた自分に、彼ならついてきてくれるのではないかと。

 事実として、彼はくらいついてくる。彼女を殺すことを、欠片も諦めていない。

 それどころか、勝利の確信が言葉から感じることができていた。

 まだ何かある、自分を倒す為に、何かがあるのだ。


「嬉しいわ……私の遊びに、生きざまに、全力で応じてくれるのね!」


 ドッグファイトと言っていいのかもしれない。

 空中で戦う二人は、交錯しながら互いの攻撃を避けていた。


「速くなっても、当たらないわね!」

「ちぃいい! 流石にそう簡単に当たってもくれないか!」


 これは霞の女王に限った話ではないが、多くの魔族に共通することである。

 それは、相手の全力を引き出そうとすることだった。

 どうやら、目の前の彼にとって今の『鬼退治モード』が全力ではないらしい。

 それが証拠に、今の状態でも必死に当てようとしている一方で、まったく焦りがない。

 普通なら、もっと慌てるはずだ。もっと緊張するはずだ。

 余計な装甲を剥ぎ落して戦う今の自分でも、当てられない現実に恐怖を感じるはずだった。


「腰が、引けているわよ!」

「がっ!」


 装甲を脱いでから、最初に攻撃を当てたのは当然のように霞の女王だった。

 ライコウの顔面へ、右拳を突きこんで内部へめり込ませていた。


「どうしたのかしら? まさか痛いからってもう諦めちゃったの? 痛いのは嫌? 装甲を脱いだらもうギブアップ?」


 硬質な兜だった。首がちぎれるほどの力で殴ったにもかかわらず、まだ首がつながっている。それどころか、まだ命があるようだった。


「まだやれるでしょう? まだ頑張れるでしょう? まだ顔面がつぶれただけじゃないの。こんな程度の傷で諦めたら……勇者じゃないわよね?」

「……ライコウの首を、取ったつもりか?」


 返答が帰ってきた。

 上空で静止して向き合う二人は、会話をしていた。

 ライコウは未だに浮かんでおり、霞の女王も未だに背中の羽で飛んでいる。


「うそ、でしょ?」

「ライコウの首をとっても、そこは俺の急所じゃない!」


 明らかに、何かが発射された。

 ライコウの頭部に拳をめり込ませていた彼女は、その拳ごと飛んできた何かによって顔面へ一撃が通っていた。

 何が発射されたのか、彼女はわからなかった。

 分からない彼女の顔面に、更なる追撃が命中していた。

 度重なる激痛にのけぞりながら、彼女は見た。

 自分の拳に絡みついているライコウの頭部と、ライコウの胸部にあるマサヨシの顔を。


 必勝剣ライコウ、決戦技『星兜』

 パワードスーツに入っている形式のマサヨシの頭部は、ライコウの頭部ではなく胸にある。

 確かにメインカメラなどは頭部に集中しているため、外れれば一気に視界が悪くなる。ここが上空であればなおの事だった。

 しかし、それでも、切り離した星兜はそのまま打撃兵器となり、同時に胸部の装甲もはがれて顔が露出していた。

 流石に口へはマスクがあるが、それだけでしかなかった。

 むき出しになった顔は、それでも勝利を信じて霞の女王を睨んでいた。


「ああ、いい顔だわ」


 顔の美醜など些細な事。

 重要なのは、その表情だった。

 恐怖を感じていないわけではなく、生存を願っていないわけでもない。

 しかし、戦うことを決めて、目の前の相手を殺して生き残ろうとする、戦士の顔がそこにあった。


「その顔を、もっと見せてちょうだい!」

「言っただろ、顔を見せたのはお前を殺すと決めたからだ!」

『戦闘可能時間、ほぼゼロ。最終決戦モードへ移行します』


 三分は、余りにも短い。

 彼女との語り合い、ぶつかり合い、それは無情なほどに戦闘可能時間を奪っていく。

 時限決闘鎧は、残った最後のエネルギーを一撃に込めようとしていた。


『必勝技をセレクトしてください』

「必勝剣、ヨリミツだ!」

『了解、必勝剣ヨリミツ、起動』


 外部バッテリーを排除したことで露出した背面。隠されていた部位には、いくつかの武器が仕込まれていた。

 即ち、正真正銘最後の一撃である。使い捨ての武器と、残量エネルギーのすべてを賭して、必勝技が発動しようとしていた。


『鬼殺し、必勝シュテン斬り』

「だあありゃあああああああ!」


 すべての力を出し切るべし、とスラスターが唸った。

 担ぎ上げた剣は赤く輝き、明らかに尋常ならざる様子を見せている。

 それで斬られたら、どんな気分になるだろう。

 霞の女王はそう思わないでもないが、それだけの力を持つからこそ自分の全力で応じたかった。


「ああ、いいわ……応えてあげる!」


 霞の女王の右拳に、雷が轟き始める。

 自分の拳が砕けてもいいと言わんばかりに、全身全霊を賭けて直進する。


「受け止めてごらんなさい!」

「しねえええええええええ!」


 赤い剣と、黒い拳が衝突する。

 共に、幻想の存在ではあるが、だからこそ真正面から拮抗する。

 そして、己の熱量に耐えきれず消えていく赤い刀身と、己の電撃に耐えきれずに砕けていく霞の女王の腕。

 武器の一つと、己の肉体。

 自滅必至の技同士の衝突の行き着く先は……。


『活動限界時間です。空中の為、パラシュートを起動します』

「……」


 溶解した刀身の熱に顔を焙られたマサヨシは、それに耐えながら空中からの落下に備えていた。

 背面に備えられているパラシュートが開くが、それでも重量を軽減した今のライコウを完全に制止させる力はない。

 そんなに大きいパラシュートを付けることが、スペース的に無理だったのだ。


「やっぱり、早いな……!」


 地面が近づいて来る。一番大事な顔を守りたいところだが、電池が切れて補助動力の無くなったライコウの腕は殆ど動かなかった。

 それでも、なんとか地面には足から降りることができていた。ある程度ではあるが、足から降りれば体への衝撃は和らぐ形になる。

 それでも痛いことに変わりはないが、命が失われることはない。骨も幸い折れていなかった。

 焼き払われた後の地面に崩れ落ちたマサヨシは、ライコウの胸部の中で首を動かしていた。

 脱ごうと思えば、一応脱ぐことはできる今のライコウだが、しかし脱ぐ気は起きなかった。

 まだ終わっていない。それは彼女とぶつかった彼が良く知っていることだった。

 それが証拠に、ライコウの上でなびいていたパラシュートが切り払われ、その向こうから彼女が現れていた。


「はぁい、元気?」

「ああ、元気だ。そっちはしんどそうだな」

「あらあら、心配してくれるの?」


 剣と拳のぶつかり合い。

 その果てにあった結果は、つまり双方の破壊だった。

 理屈で言えば、腕を失うことと剣を失うことが同義であるわけもない。

 しかし、最後の一撃と渾身の一撃。その衝突の結果であることを考えれば、はっきり言って勝敗は明らかだった。

 霞の女王は片腕を失って、それでも優雅に笑っていた。

 エネルギーの切れたライコウを着ているマサヨシが、他のスーツに着替える暇もなく倒せるだろう。

 そもそも、ライコウで勝てない相手に他のヒーローが勝てるか、と言えば不可能だ。少なくとも、カタログスペック上は不可能である。

 本物のヒーローならば、話は別かもしれないが。


「しびれたわ、腕を失うほどにね」

「こっちからすれば飛ぶ鳥を落とす勢いだったがな」

「あら、付き合ってくれるのね」


 一人で戦った弊害だった。

 もしもこの場に、それなりの戦士がいれば、彼女を倒せる可能性がないとは言えなかった。

 しかし、それはなかった。孤独を気取った彼に、都合よく助けが来るわけもない。

 二人で空中決戦を始めた時点で、もう他にできることはなくなっていたのだ。


「ここまで深手を負ったのは初めてよ。うっとりするほど楽しかったわ」

「……そうか」

「ねえ、顔を見せて? あの最後の一撃で私を仕留めきれなかった、貴方の最後の顔を。その顔の皮を剥いで、持ち帰るわ。それをめいいっぱい愛でてあげる」


 マサヨシはうつぶせになっていたため、霞の女王はきちんと顔を見ることができなかった。だからこそ、悔しがっている筈のマサヨシの顔を視ようとした。

 無抵抗に、自分へ刺し伸ばされた左手を受け入れるマサヨシ。

 しかし、霞の女王を見ている彼の顔は先ほど以上に、勝利を確信していた。


「あら?」

「俺はもうフラフラだ。十分間全力で戦って、疲れないわけがない」

「そうよねえ……貴方、まだ何かあるの?」

「アンタは随分俺を評価してくれてたな。しかしそれは勘違いだ、俺はそんなに大した男じゃない。自分に自信なんて持ってない」


 勝機を失っていない、勝算がまだある、というレベルですらない。

 もう勝っている、そんな顔をしていた。


「俺が本物なら、さぞカッコよくアンタに勝てただろうが……くっくっく……」

「あら、何が可笑しいの?」

「いや、なに……アンタの気持ちが少し分かった。確かに……相手に勝つってのは、気持ちがいい」


 それを、音で避けることは不可能だった。

 彼女の耳に音が届くころには、既にその弾丸は命中していたのだから。


「ライコウ、全アーマー解除」

『了解、修理が必要です』

「ああ、ありがとうよ」


 崩れるように、マサヨシを覆っていた鎧がバラバラになっていく。

 最後の役割を終えた時限決闘鎧は、自分の主を解き放っていた。


「流石に、レールガンのすぐ近くで無防備を晒しているわけにはいかなかったからな」


 立ち上がったマサヨシは、改めて周囲を見る。

 どうやら、モンスターは全滅。魔族も魔王も倒せたらしい。

 これから先の人生を思うとやるせないが、とにかく死なずに済んだ。

 どうやら顔の皮をはがされてから殺されたところを、なんとかしのいだらしい。


「……びっくりしたわ」

「びっくりしたのはこっちだ! お前、首だけでも喋れるってどういう構造だよ!」

「別にいいじゃない、魔族なんだから。それよりも、貴方のもう一つの鎧。あれが私を撃ったのね?」


 一つ、物凄く致命的な問題があった。

 反物質爆弾が起爆した後に、生き残っていたのは魔王だけだった。その魔王が、もしも反物質爆弾の熱量に耐えていたのだとしたら、それ以上の火力を持たないマサヨシには勝ち目がなかった。

 しかし、それは杞憂だろうとは思っていた。一応、魔王はこの世界の人間でも倒せるのだ。だとすれば、反物質爆弾に耐えたのではなく、効果範囲の外にいたと考えるのが自然だろう。


「ああ、そうだ。あのマルスは、一応無人でも援護射撃程度をしてくれる機能はある。問題なのは、その標準が合うかどうかだ。お前に狙いが定められるかどうかが問題であって、辺りさえすれば倒せるはずだったからな」


 極超音速の弾丸、それは命中すれば魔王だろうと倒せるとは思っていた。問題は、当たるかどうかだった。

 魔王から見れば格下である魔族にも当てられないマルスが、魔王に当てられるわけがない。それこそ、地面に降り立ってもらうしかないのだ。

 そうすれば、長々話をしている間にでも標準を合わせることはできただろう。


「お前の事は人から聞いていた。魔王ってのは、面白い勇者がいたら地面に降りてくれるんだろう? もちろん、ライコウで勝てるなら最初からそれでよかったさ。だが、勝てなくてもよかった。重要なのは、死なないことだからな」


 マサヨシは、自分に期待していない。十分の制限時間、三分のパワーアップした状態、最後の一撃。それで都合よく倒せるのは、TVの向こうにいた本物だけだ。

 マサヨシは本物ではない。だが、ニセモノだからこそできることもある。複数のヒーロースーツを着ているからこそ、できる裏技もあるのだ。


「言ったはずだ、十分で倒せるとは思ってないと。俺の狙いは、十分後に力尽きた俺へ勝利を宣言するお前を、マルスに狙い撃ちさせることだった」


 極超音速の弾丸は、彼女の体を消滅させていた。

 油断していたからなのか、疲労していたからなのか、それとも威力が元々彼女を越えていたのか。

 ともかく、首から下の胴体部は吹き飛び、両足と首だけが地面に転がっていた。


「一応聞くが、殺してやった方がいいか? 楽になりたいなら……止めを刺してやる」


 街に帰還するときのために、シイクレットへの変身アイテムである腕時計を装着している。これが本当に最後の保険だった。

 それの爆弾か忍者刀なら、彼女を殺しきることもできるだろう。


「あは」


 しかし、魔王は狂ったように笑う。

 自分がなぜ負けたのか、理解した彼女は高らかに笑う。


「あははははは!」


 その笑いを、不思議にマサヨシは笑えなかった。

 既にセイギが抜けている彼は、それでも先ほどまでの時間を憶えている。

 力の限りどつきあった、あの戦いの事を覚えている。

 少なくとも彼女は、不意打ちの直撃による無念の死ではなく、真っ向勝負の末に最後の牙を隠し持っていた男の、知恵と勇気に討たれたと判断していたのだ。


「貴方には、負けたわ!」


 清々しいほどの敗北宣言だった。

 自分が負かされたことを、心底喜んでいた。

 自分を倒せる男に出会えたことを、とても嬉しそうにしていた。


「ああ、なんてこと! 力と知恵と勇気を持った勇者様に負ける日が来るなんて!」


 まるで、恋する乙女が理想の王子様に出会ったかのようだった。

 首だけになって、乙女の様な表情で笑っている。


「ああ、夢見心地だわ……溶けてしまいそう……」


 煙になって消えていく、霞の女王の肉体。

 それを見届けたマサヨシは、改めて周囲を見る。

 そこには、戦いの後は残っていても、ライコウもマルスも残っていなかった。


「……ステルス・チェンジ!」


 後は自分が消えるのみ。最高の隠密性を誇るシイクレットに変身した彼は、そのまま姿を消していた。

 セイギの味方も悪の親玉も、既に消え去っている。

 残るはただ、無辜の民たちばかりだった。

 魔王は倒された、脅威は過ぎ去った。

 困惑しつつも日常を取り戻していく、平和な街。

 呪われたマサヨシは、セイギの力とどう向き合っていくのだろうか。


次回予告 第七のヒーロー誕生! 目覚めよ正義の魂!


 異世界よ、これが正義だ!

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