第六のヒーロー『必勝剣ライコウ』! 幻想空中決戦! 前編
反物質爆弾の轟音は、それこそ付近一帯に響いていた。
それは当然、街の中で隠れていた非戦闘員たちにも届いている。
なにせ、モンスターの軍勢と勇敢に戦うつもりだった街の男衆が、血相を変えて逃げ込んできたのだ。
しかも、事前にやたら無感情な大きい声もあった。モンスターや魔族がそんなことをしないのは皆が知るところである。
「凄い光だったね……」
「目を閉じて顔を抑えてたのに、一瞬光ってたような……」
「家の中まで光ってた気がする」
誰もが、何かが終わったと感じていた。
自分たちは必死で準備していたが、それが良い意味で無駄になったのだと認識していた。
老若男女問わず、誰もが建物の中から出てくる。
そして、心なしかモンスターが近づいていた音や、それとは明らかに違う、先日のティンダロスが乗っていた馬と同じ音も消えていた。
今までのようにすべての脅威を排除して、今までのように去っていったのかと思っていた。それは非戦闘員だけではなく、戦闘をするつもりだった面々も同じだった。
それほどまでに、避難した彼らの閉じた瞼の裏に映った輝きは、圧倒的な熱量を感じさせていた。
フラフラとしながら、その事実を確認しようとしていく。
誰もがただの観客同然となり、その事実を確認しようと赴いた。行先は当然、街の壁である。
封鎖した門から出ることはなく、ただただ無防備に壁の上を目指した。
そして、戦闘できないほどすし詰めになった面々は、その目で見た。
焼き払われた、というレベルではない高熱の後を。伝説のドラゴンに匹敵する怪物がその力を発揮したように、円形に生じた死の空間を。
その爆心地から離れた場所に、ようやく死体が見つかっていた。風に舞い上がったのではなく、燃え残ったものが爆心地にはないというだけだった。
とりあえず、自分達はモンスターと戦わずに済んだ、と安堵する者がたちが、ようやくその音に気付いて見上げていた。
「……飛んでる」
魔族が飛んでいても、誰も驚きはしない。
確かに魔族は脅威だが、今はまだ魔族の侵攻を受けている段階なので、いても不思議ではない。
問題は、明らかに魔族が何者かと戦っているということだった。
「霞の女王」
感情を取り戻したサンデー王女は、今更のように視線の先でぶつかり合う影をそう断じていた。
「『彼ら』は、空さえ飛ぶのか」
人類には未だに手が届かぬ領域、それが空である。
その世界をほしいままにしていた魔族、その頂点が人間と衝突を繰り返している。
その事実に感動を覚えないわけではないが、仮に魔王が『彼ら』を倒してしまえば、逆にまずいことになる。
なにせ、魔族というものは基本的に自分が口にしたことは守るものである。
手勢をすべて失ったとしても、そのままこちらへ攻め込んでくるだろう。自分の手で街を滅ぼすために。
当然だが、そちらの方が強い。魔王が自分で戦うということは、態々モンスターを使うというハンデを抜きにする行為に近いのだ。
「……勝ってくれ」
もう完全に、『手が届かない』世界での戦い。
霞の女王は『彼ら』を倒せば、昂揚のままに自分達を虐殺するだろう。
それを止めることができるのは、やはり『彼ら』だけなのだ。
「……名も知れぬ、『誰か』よ」
こんな時に、自分達のために戦う彼を応援することもできない。
名を呼べない相手にすべてを託すことは、本当に辛い事だった。
※
時限決闘鎧を身に着けたマサヨシは、『必勝剣』ライコウとなって空を飛ぶ。
六つのヒーロースーツの中で唯一空中戦闘が可能なライコウは、その圧倒的な性能を世界に示していた。
「あらあら……まだついてこれるのね!」
「逃がすか!」
徐々に硬度を上げながら、戯れるようにライコウへ衝突する霞の女王。
肉感的な女性の姿を姿をしている彼女は、しかし全面的に肉弾戦で戦っていた。
その剛腕は、相手が人間ではないと知っているマサヨシをして驚愕させ、歯を食いしばらせるものだった。
「ここまで来れるのは、魔王ぐらいだというのに……見て、もう雲が下よ?」
「下なんぞ見たら、その隙に殺す気だろう!」
「あら、そんな無粋な真似はしないわよ。ちょっと小突くかもしれないけど」
「同じだろうが!」
クロスレンジの応酬と言ってもいいだろう。
二人は激突してはすれ違い、方向転換しながらもう一度ぶつかる、という戦闘を繰り返していた。
それは打撃というよりは騎兵同士の突撃や試合に近いものがあった。
「二人っきりの世界ね……このまま天に昇ったら気持ちいわよね?」
「一人で行ってろ!」
必勝剣ライコウは重量も防御力もマルスに次ぐ二位であり、その馬力もまたマルスに劣っている。
しかし、飛行能力以外に目立って特別な武装を持っていないこの機体は、単純な殴り合いでは他のヒーロースーツを大きく超えていた。
仮に彼女が魔法などを使用して来たら、つまりは遠距離戦を仕掛けてくればそれなりに不利ではあったが、だが彼女は近接戦闘に付き合っている。
これはこれで、地面に降りた、ということなのかもしれない。
それは倒すことが可能になっているということではあるが、はっきり言えば『舐められている』ということだった。ライコウになったマサヨシの表情は、明らかに悔しそうだった。
「いいわねえ、貴方はきっちり人間よ」
「どういう意味だ!」
「空を飛んでいるけど、とても一生懸命で可愛いってことよ」
攻撃は当たっているしそれなりにダメージを与えているはずだった。少なくとも、彼女の体に痣は刻まれている。にも拘わらず、彼女はとても楽しそうだった。
「私達魔族や魔王みたいに、遊び半分で殺し合わないでしょう?」
「ふざけんな! 一生懸命戦うのを虐めるのが好きだってのか!」
「そうよ、リアクションを取ってくれるから可愛いのよ。からかい甲斐があるわ」
「……お前は、お前達は、遊びでこんなことをするのか!」
知っていることだったが、本人から言われると本当に辛い。
自分は相手を殺すために戦っているのに、その必死さが可愛いと褒めているのだ。
それは屈辱的なことだった。
「この世界の人たちは! 物語の中の人じゃないんだぞ! ゲームの駒でもないし、アニメのキャラでもない! 可愛そうになるために存在しているんじゃない!」
「ああ……いいわねえ……貴方可愛いわ、本当に健気」
陶酔している霞の女王の顔面に、ライコウの拳が迫る。
ライコウはマルスとも少々コンセプトが異なる。
マルスの場合は多種多様な無人兵器を破壊するための存在であり、ライコウは全て有人機が敵である。
だからというわけではないが、人型との格闘では無類の強さを誇る。
同じような格闘機と戦うことが前提であるため、拳なども完全に打撃用である。
その一撃の重さは、既に霞の女王の肉体に刻まれていた。
「もうサービスは終わりにしましょう」
しかし、それを彼女は回避する。
遊びは終わったと言わんばかりに、ライコウの攻撃を受けなくなっていた。
「私はね、魔王の中でもかなり強い方なのよ」
「だから何だ、褒めてくれるのか?!」
「それはもちろん。多分、この鎧を着た貴方は、大抵の魔王を殺せるわ。遊び抜きの魔王をね」
自分がダメージを負っている。その事実に彼女は感動していた。少なからず、汗ではない液体が漏れているほどである。
しかし、それでも足りないものは足りない。避けようと思えば、見え見えの攻撃は避けてしまえるのだ。
「私が殴ってもなかなか壊れない辺り、本当に頑丈なのね。必死で殴って、頑張って耐えて、本当に楽しいわ。でも……もう戦う手段が尽きたのだとしたら、流石に飽きちゃうわね」
「……」
二人は浮遊しながらにらみ合う。
ある程度の距離を維持したまま、互いの顔を見合っていた。
とはいえ、ライコウを着込んだマサヨシは完全に顔が隠れていたのだが。
「貴方、その鎧を呼ぶときに『時限決闘鎧』って言ったわよね?」
「……だから何だ?」
「その鎧、もしかして時間が過ぎたら動かなくなっちゃうの?」
燃料だとかバッテリーの残量だとか、そういうものを知らずとも推測できることはある。
魔王と跳び合い、魔王と戦い、魔王に殴られ、魔王を殴る。
そんな馬鹿みたいな力が、長時間維持できるわけがないということだった。
「……お前らに時間の単位なんてもんがあるかは知らないが、この鎧の時間制限は『十分』だ。それを過ぎると、ほぼすべての機能が停止する。ちなみに……今半分だ」
既に、戦闘が始まって五分が経過していた。それはつまり、この鎧が動く限界時間があと五分ということである。
その制限があるからこそ、マサヨシは相手が一人になるまでこの鎧の使用を渋っていたのだ。多数や軍勢を相手にこれを使うなど、完全に自殺であるがゆえに。
「あら、もう半分? 残念ねえ。それで貴方、あと半分で私に勝てるの?」
「……」
「こうしておしゃべりをしているのも、もう手の内が尽きたからかしら?」
霞の女王は笑う。勝利を確信したからでも、相手が弱っている所を見たからでもない。
目の前の男が、未だに勝機を見失っていないからに他ならない。
鎧越しに伝わってくる。目の前の彼は、口角を釣りあげているのだと。
「最初から……俺はお前に十分で勝てるとは思っていなかったさ」
もちろん、普通に戦って勝てるならそれが一番だった。しかし、相手が未知数である以上、危険を冒すことも仕方がないとは思っていた。
「だが……お前こそこのまま楽に勝てると思うなよ!」
『残り時間三分、残り時間三分』
「ライコウは、ここからだ!」
『外部アーマードバッテリー、パージ』
「ここから先は、もっと早いぜ!」
『必勝剣ライコウ、鬼退治モードへ移行します』
ライコウの装甲が外れ、そのまま地面に落ちていく。
先ほどまで、自分の身を守るためにも機能していた、硬質なバッテリーが残量を失い落下していく。
それは防御力が落ちるという事であり、速度が増すということだった。
その事実を認識して、むき出しになりつつある彼の命に興奮する霞の女王。
「あら……細くなって男前が上がったわね」
「拳が軽くなったと思うなよ! ここから先の拳は、俺の命が乗ってるんだ!」
再び、空中で激突する二人。
マサヨシも霞の女王も、命を賭して三分を舞おうとしていた。
普及していく科学技術によって、民間人でも簡単に戦闘服を作れるようになってしまった。
法整備が追いつかない危険な道具を使い、多くの若者がスリルを求めて街を駆けていた。
無法には無法を、戦闘服には戦闘服を。
少年の純粋な心が生み出した、量産性度外視の時限決闘鎧を装備する正義のヒーロー。
その名は必勝剣ライコウ!




