第五のヒーロー『蹂躙無双マルス』! 死ぬのは奴らだ! 転
『蹂躙無双マルス』
世界征服をもくろむ危険な国家から送り込まれた無人兵器と戦うための『兵器に乗り込んで戦うヒーロー』という設定であり、当然設定上最強の敵と戦うためのスーツだった。
ヒーロースーツというかパワードスーツであり、むしろロボットに近い。
マサヨシが持っていた変身アイテムも、どちらかと言えば二足歩行戦車を呼びだすための物であり、いきなりスーツが出現するというものではない。
胸につける勲章、それを弄っているマサヨシは、街の外で待機していた。
「アレが、敵の軍勢か」
色々葛藤した結果、マサヨシは逃げずに戦う道を選んだ。
もちろん、ただでさえ誇張抜きに最強の陸戦兵器である戦車が、更に誇張されたマルスを着込んで戦う以上、生物と戦って負けるわけがないとは思っていた。
多分勝てる、というのも根拠ではある。
同時に、逃げてもまた就職できる自信がないというのも大きかった。
はっきり言って、この国に生きる人々と自分は人種が違う。店長からもらえるであろう善行の報酬を受け取ったとして、『次の街』で次の仕事が見つかるまで持つかという話だった。
貧民街を見るに、この世界の福利厚生はお世辞にもいいとは言えない。
自分が散々やってきたことではあるが、この世界では大抵の事が諦められているのだ。
それに異論を唱えるつもりはない。要するにこの世界は日本ほど豊かではないのだ。その日本だって、最初からずっと豊かだったわけでもない。
革命を起こすとかそんな気はないし、できる気もしない。
ただ、自分の秘密を知っても変わらずに身を案じてくれた店長を失うことを、それなりに恐れていた。それが本心だった。
「……一応の保険もあるし最悪の事も無いだろう」
意を決して、バッチのボタンを押す。
「鉄血武装!」
すると、クトヴァがそうであったように、どこからともなくエンジン音が鳴り響き、走行モードの戦車が現れた。
見た限りでは、普通の戦車とそう変わらない。
やたら火器が多くごちゃごちゃしており、同時に戦車にありがちな主砲の部位が回転する構造になっていなかった。
最大の特徴は、無人戦車のように人間が座るスペースもない事だろう。その分車高は大分低くなっており、仮に人間を押し込むとすれば寝かせるしかなかった。
『コックピット、オープン』
上部分の装甲が開き、実際にパイロットが寝ている姿勢で入り込むコックピットが露出していた。
その中に、足を前に向ける姿勢ではいり、シートベルトを装着する。
「閉じろ」
『コックピット、クローズ』
天を仰ぎながら、二足歩行戦車を音声で操作する。
ゆっくりと視界を閉ざしていく装甲は、まるで自分を棺桶の中に閉じ込めているようだった。
厳重なロックが行われ、目の前に液晶画面が表示される。
普通の戦車でもないような、完全に拘束された姿勢は、しかし搭乗者の安全を確保するための物だった。
「……」
『蹂躙無双マルス、出撃準備整いました』
「ああ、わかった」
床に倒した椅子に座っている姿勢で、車両を操作する。足元に向かって前進していく。考えてみれば、とんでもなくシュールだった。
でもまあ、車高が低い方が被弾を抑えられるのだから現実的なのだろうと思うことにする。この後はどうせ立ち上がるのだけど。
「軍事兵器、使っちゃうのか……」
今までのヒーローとは異色の、ロボットのパイロットとしての戦闘。それはとても、とてもどうかと思う。
蹂躙無双マルス、その名にふさわしく蹂躙して無双するのだろう。
これはセイギなのだろうか、いよいよ疑問だった。
そもそもこの『兵器』自体が、作中設定でもかなり微妙だった。
なにせ、街中で戦車が大暴れするのである。もちろん採石場で戦うこともあったし、場合によっては戦場で戦うこともあった。
しかし、この蹂躙無双マルス、平和な街を脅かすために送り込まれた敵兵器を破壊するために、敵以上に街を壊しながら攻撃するという江戸時代の火消しの様な理論で攻撃するのである。
コラテラルダメージという便利で物騒な言葉は、この番組で憶えたようなもんだった。
「相手、ナマモノなのに……」
敵は軍隊で、こっちは軍用兵器。
向こうもファンタジーでこっちもファンタジー。
条件が互角に思えるが、それは勘違いだ。
こっちは無人兵器の複合装甲をぶち抜くための装備しか持ってないのだ。変な話だが、対人装備なんて一個も搭載していないのである。
架空のロボットとしては小型だし弱い部類に入るのだが、ちょっと強い人間でも倒せる程度のモンスターの軍勢など動く的みたいなものでしかない。
「いやだなあ……これで勝った後、セイギは勝つとか見得を切らないといけないのか……」
暴力に勝るものは、暴力でしかない。
圧倒的な数を超えるには、圧倒的な火力をもってぶつかるしかない。
適切な選択だった。少なくとも、他のヒーロースーツで挑めばどうなるかなど考えたくもない。
ホイッスルの場合、非殺傷兵器で抑えこむより先に背後から殴られるだろう。如何に暴徒鎮圧が目的であり多数を相手取ることが得意と言っても、殺せないなら絶対に対応が追い付かない。そもそも敵に人間がいないし。
シイクレットの場合は多少マシだ。俊敏性も高いし、爆薬や忍者刀の威力もあって殺傷性は高い。しかし、多数を相手にするには不向きだった。爆弾の数が足りないし、いくら早く動けると言っても忍者刀や手裏剣で戦うには無理がある。
ライフワンなど論外だ。あれは防御力があるという点を除けば、生身以下の時もある。動きにくいし足も速くない。そもそも武器が貧弱すぎる。
ティンダロスもマシと言えばマシだが、やはりシイクレットにも劣る。機動力はあるが多数を相手にするには火力が乏しいのだ。
最後に、未だ使用していないライコウ。これは能力上一番ぶっちぎりで不向きだった。これを使って軍隊と戦うぐらいなら、全力で逃げるところである。
となると、大量の火器と重量を武器にするマルスの出番しかない。相手に幽霊みたいな実体のない敵がいない限り、つまり殴れば死ぬ程度の敵しかいない限り、多分大丈夫だろう。
『敵、接近中です』
「わかってるよ……マルス、発進!」
『了解、戦車前進』
背面に伝わってくる、無限軌道の振動。タイヤのそれとは異なるそれは、仰向けになっていることもあって何とも言えない乗り心地の悪さだった。多分、乗り物酔いで吐くこともあるだろう。
他のヒーローを演じた時同様に、何故か操作も慣れもばっちりだった。そうでなければ、今頃自分の吐瀉物で窒息していたかもしれない。
目の前には、前方カメラからの映像が送られてきている。キャタピラで動いているだけに、どんな悪路も走破は容易な様だった。
しかし、中としては寝たまま体が傾いたりするので大変だった。早く戦闘モードへ移行したいところである。
「見えてきたか……」
当然だが、この二足歩行戦車は普通に走ってもかなり速い。通常の戦車が高速化しているように、この戦車も一般車両とさほど変わらない速度を実現している。
それは悪路、舗装されていない道でも関係ない。これが沼地ともなれば話は別だが、草原程度なら何の問題もない。
「誠に遺憾だが……あの街を守るためならやむを得ない!」
本当にやむを得ないのだろうか、マサヨシはかなり迷っていた。
これから行うことは、確かに無双である。しかし、尋常ならざる無双であることは疑いようもない。
他のヒーロースーツでは、勝ち目がないことも検証し終わっている。
そりゃああのモンスターに対して博愛精神を発揮したいとは思えないが、降伏勧告をしても聞き入れてくれそうではない。
全員殺すことに一切躊躇はないが、それでもためらってしまう。
「本当に遺憾だなあ……」
これは完全に、異世界チートで俺ツエーである。
もちろん純粋に人助けだが、これをやることでライフワンを演じた時の様な気分になれるとは思えない。というか、同じ気分になるとしたらそんな自分が嫌だった。
異世界へ訪れて、ヒーローの持つ火器で敵軍を蹂躙とか、これで相手が人間だったら仮想戦記どころではないだろう。
正直、日本で暮していた時の自分なら、それこそ大笑いしながらバカにしていたジャンルである。
なんとか、争わずに済む方法はないだろうか。
「……誠に、大変に遺憾である」
※
「遺憾の意を表明する!」
とはいえ、このまま帰ったら恥ずかしいとか以前に街が深刻な被害を受ける。
自分が憂さ晴らしのために攻撃した冒険者も、クモから救助した元冒険者も、病気を治した貧民も、街へ帰還させた女性達も、変身アイテムを預かってくれている店長もみんな死んでしまうのだ。
それに、自分が迷惑をかけた騎士団も、である。
そう考えれば、遺憾ではあるが蹂躙することも辞さない覚悟を決めるほかない。
「防衛兵器、対装甲十連機関砲、マニュアルモード!」
『腕部機関砲単発モード、セット』
「ファイヤアアアアア!」
マルスの両腕に当たる部分が動き、その『指先』を敵軍に向けていた。
モンスターの目には、鋼鉄のゴーレムが自分達へ武器も持たずに指を向けているとしか思えないだろう。
しかし、このマルスは手に武器を持つことがない。なぜなら、マルスの指そのものが機関砲の砲口だからだ。
爆発するような音、ではなく実際に爆発した音がした。
排出される薬莢、白い煙、焦げ臭いにおい、発射の熱。
それらを読陰として感じることができた者が、一体どれだけいただろうか。
「……遺憾だ」
十の指から発射された銃弾は、一発一発が並んでいたゴブリンたちの体を引き裂いて貫通していった。一つの弾丸が、一匹を殺すにとどまらず貫通していったのである。
無痛の死が、ゴブリンたちを百匹以上まとめて葬っていた。複合装甲で守られた無人兵器と戦う際には、その装甲に弾かれて付近の家屋や車両へ跳弾していたマルスの『一番弱い火器』が、今回は彼らの体に大穴を開通させていた。
敵のミサイルを迎撃する為や、けん制の為に使用された機関砲がこの世界では無敵の矛と化していた。
「日本とファンタジー世界がクロスするとこんな感じだったな……」
余りの破壊に、マサヨシは硬直していた。目の前のモニターには、閃光と白煙、爆音で何が何だかわからなくて呆然としている軍勢がいる。
目の前で消滅した前列を前に、誰もが思考停止していたのだ。
当然だ、畳で防げるような火縄銃とは弾頭も速度も精度も威力も違う。
その結果を見て、何が何だかわからなくても当然だった。
「ひき肉じゃなくて肥しだな……遺憾だ、遺憾だ!」
ペダルを踏んで前進を再開する。
このマルスは二足歩行時にも足の裏部分にキャタピラが付いており、その部位を動かして前へ進む。足は主に姿勢制御用であり、走行時は動かされることがない。
そうして、前へ進みながら単発を繰り返していく。
目の前に迫る五メートルの巨人と、その指が光るたびに『消滅』していく味方の軍隊。
それを前に、人間もモンスターも、同じ行動をするしかないだろう。
「「「ギャアアアアアアア!」」」
ここに、邪悪の軍隊は崩壊していた。
モンスターの内多くを占めていたゴブリンたちが逃げ出したのである。
そう、こんなの勝てるわけがない。死にたくない。あれから逃げたい。
ある意味正しいゴブリンたちは、敗走を始めていた。
「ガアアア!」
しかし、それを見ても引き下がるのはゴブリンたちだけだった。
マルスと大きさの変わらない、人間から見れば巨大なオーガは、棍棒を手に挑んでくる。
それも一体や二体ではない。数十匹のオーガが、ゴブリンをふみつぶしながら前進してきたのだ。
もちろん、少々大きい程度のモンスターなど両手の機関砲で穴だらけにできる。
しかし、ヒーローの魂に突き動かされたのか、マサヨシは引き寄せながら両肩部分の火器を起動させていた。
「標準良し……」
『充電完了しております』
「防衛兵器、地対空二連レールガン!」
『弾道上に、人工物ありません』
「ファイヤアア!」
遥か上空の爆撃機などや、大陸弾道ミサイルなどを撃墜するための防衛兵器が、地面と平行に発射された。
空の彼方まで極超音速で飛んでいく弾丸は、その弾頭が切り裂く空気の衝撃波で周辺の物を破壊しつくしながら衝突する『障害物』を粉みじんにしながら地平線まで
飛んでいった。
その二発の弾丸は、先ほどまでの機関砲とはわけが違う結果をもたらしていた。何万もの軍勢を切り裂き、その先まで弾着していたのである。
仮に、この軍勢をすべて縦に並べたとしても、この二発の弾丸を止めることはできなかっただろう。
「防衛兵器、自走式対戦車爆弾投下!」
『了解、投下します』
胴体部から発射される、小型の無人誘導爆弾。
一発一発が六つのタイヤによって走行するそれは、仮に戦車が踏みつぶせばその車体を吹き飛ばすほどの威力を持ち、そうでなくともマルスからの指令によってもっとも敵へ被害を与える場所に移動できるのだ。
『被害予測、最大と判定』
「全十機、爆破!」
『作動します』
両足のキャタピラで前進しながら、十の指で吹き飛ばしながら、更に無人機による広範囲への爆撃を怠らない。
本来なら同等の無人兵器と戦うための防衛兵器が、はるかに技術力で劣る相手に使用される。
相手が人畜を脅かすモンスターであることは明白なれど、果たしてこの兵器の使用は適切だったのだろうか。
そう思いつつ、モニター越しにすべての破壊を眺めていた。
『光学センサーに感アリ、飛行する物体が複数接近しています』
「ん……魔族か!」
人間と同じ大きさの、人間と同じ姿をしている、明らかに金属製ではない魔族を、なんだかよくわからんが危険だと判断するマルスのメインコンピューター『アテナ』。
なんだかよくわからんのは魔族側も同様で、なんだかよくわからんが金属でできた化け物が自分たちの集めたモンスターを蹴散らしているので、魔王の配下が攻撃を仕掛けてきたのだ。
「クソ……よく考えたらこの装備も空飛んでる奴は苦手なんだった!」
唯一、敵と味方の状況を認識しているマサヨシは、そう毒づいた。
どういう原理かわからないが、魔族は魔法的なパワーで飛翔しているらしく、その速度はとても速い。単純な速度ではなく、こちらの動きを見て飛ぶ方向を変えているのだ。
「お前が魔王さまと戦う資格があるのか、確かめさせてもらう!」
十匹ほどの、女性の姿をした魔族。
戦場を眺めていた彼女達は、マルスの指先が如何に危険かを理解しているらしく、機微に動きながら魔法で攻撃してくる。上空からの一方的な攻撃には、十の指も標準を合わせられない。
『損傷、軽微。攻撃を受けています』
「わかってる!」
流石に、魔族と言ってもそこまでの攻撃力はないらしい。
無人兵器の砲火から攻撃を受けることを想定しているマルスは、生半な攻撃では答えない。しかし、それでも砲などが歪む危険性があった。
というか、コックピットも大分揺れている。このまま攻撃を受け続けたら、内部の火薬へ誘爆する危険性もあった。
「保険を使うか?」
当然だが、人間と同じ大きさで人間の形をした、ヘリ以上の俊敏性を持つ、熱の乏しい相手との戦闘をこのマルスは想定していない。
加えて、魔族の優勢を見て退散していたモンスターたちが戻りつつあった。
数は大分減っているが、それでも袋叩きにされる危険性はある。
「……いや、この状況で保険を使ったら、状況がもっと悪化する。どうする、どうすればいい」
『敵の配置を確認、周辺に住宅や住民がいないことを再確認。最終兵器の使用、問題ありません』
保険を使えるようにするためにも、魔族は無視してモンスター共を倒すか。そう思いかけた時、メインコンピューター『アテナ』からマルスの『最高火力』を誇る兵器の提案があった。
『対艦反物質弾頭ミサイルの使用を提案します』
「どうしよう……使っちゃっていいのかなぁ……」
まさに、誠に遺憾であった。




