第五のヒーロー『蹂躙無双マルス』! 死ぬのは奴らだ! 承
時間が過ぎていく。何もできない準備時間が過ぎていく。
宣戦布告を聞いたうえで、改めて王都に応援は呼んだ。数日前までいたからこそ分かるが、この街周辺に魔王へ対抗できるほどの戦力はない。
サンデー王女も、この状況をどうにかできる手がないと分かった上で行動している。
はっきり言って、パニックとなって周辺の街へ逃げ出す者がいないことがおかしいほどの事態だった。その場合道中狙われることがほぼ確実なことは既に証明されてしまっているので、それは当然の事だったのかもしれないが。
それはそれとして、街の中では驚くほど秩序だった行動が成立していた。
誰もが絶望せずに、王女の指示通りに動いていた。
それは覚悟ではなく、楽観だった。王女や王家を信じているというよりは、『彼ら』への期待があることは、騎士団も王女もわかり切っていた。
なぜなら、彼女達もそうだったからである。もはや、『彼ら』が異常な力を持っていることは、疑いのない事実だ。
シイクレットの逃走能力や、ティンダロスの追跡能力を見るに、多分普通に戦っても強いだろう。戦闘特化型の『彼ら』がいれば、さぞ大暴れしてくれるに違いない。そのまま、この街を守ってくれるのだろうと思っていた。
その惰弱さ、甘えに反吐が出る。
一般人はしょうがない、冒険者だって縋りたくなるだろう。だが、自分や騎士団が、心のどこかで他人に期待しているなどあってはならないことだ。
『彼ら』が目の前に現れて、対価を要求し指揮下に入るのならそれは良い。だが、『彼ら』は今まで一度も対価を要求していない。
善意で動く第三者に、国家の戦力が期待するなど浅ましいにもほどがある。
セイギは語らないとしても、彼らには忠義と大義がある。それに著しく反するのが、『彼ら』の存在だった。
「……既に、打てる手は打ちました」
「門の前のバリケード、壁の上の配備、人員の整理、配置、すべて完了です」
「非戦闘員にも、既に炊き出しなどの準備は任せています」
「応援が来るであろう一週間後まで、食料配給の計画も万全です」
「……人事は、尽くしました」
本来なら、もうできることがありませんというのは、覚悟を伴う絶望のはずだった。
しかしあるのは、諦念と楽観だった。騎士団の本部には、それだけがあった。
「皆、気が緩んでいます……わかっていることですが、我らには明日からこの街を城としなければなりません。それには、膨大な犠牲が伴う事でしょう、それを極力減らして、援軍が来るまでの時間を稼ぐ義務があります」
魔王が敵である以上、呪われた英雄以外に勝ち目はない。
その彼らが、この場所に間に合う可能性はない。だとしても、極力最善を尽くさねばならない。それがモニング王国の誇りだったはず。
それが、名乗り出もせずに単独で戦おうとしている、かもしれない相手の登場を期待するなど、ありえない。
「名乗り出たなら! 私達の前に現れたのであれば! 私は自分の体を差し出してでも要求を聞き入れた! 厚遇の限りを尽くしていただろう! だが、名乗り出なければいないのと同じだ! そのはずなのだ!」
頼まなくても勝手に動いて解決してくれる。
それは客としては嬉しい限りだが、それは実際に恩恵を受けた者の理屈だ。
同じようなことになって、それで楽観して依頼をせずに助けを待っていたら、善意の誰かが現れなかったらどうするというのか。
それが一般人だったならば、この間抜け扱いで済む。何もかもが自業自得だ。
しかし、この状況での自業自得とは、つまりは街にいる人間の全滅である。
「平時ならまだしも、この状況だ! 細かいことも重要なことも一切聞かない! せめて参加するかどうかだけでも言ってくれなければ……!」
何もかもが、ふわふわしている。
一言『戦う』『戦わない』と言ってくれれば、それだけでこちらも大分やりようがあるのだ。
何も説明しないことが格好いいとでも思っているのだろうか、だとしたら勘違いも甚だしい。
格好がいいとは評価であり、この場合の評価とはいかに活躍するかであり、この状況で自分が何処からどこまで働くのかを語らねば評価のされようがない。
少なくとも、仮に彼が現場で活躍したとしても、早く名乗り出なかった時点でサンデー王女からの評価は大いに下がっていた。
まさか、アレだけの力を持つ『彼ら』が、未だに戦うかどうかを悩んでいるとは思いもせずにいた。
「『彼ら』の装備は、非常に有用な一方で『限定的』です。今回のように街を守る戦いや、或いは多数の敵と戦う際の装備がないのでは?」
騎士の一人が、あり得る可能性を口にする。
確かにその可能性は無視できない。
「彼らは状況に適した装備をしていました。想定していた状況でなければ、装備は準備できませんし……なにより今回は特殊な条件というよりは……ただ集団の統率が重要な場面です」
戦争は数である。それはこの場の誰もが知っていることだった。
もちろん、数は大抵の問題を解決するが、それでも解決しきれないこともある。
そう言った状況をスマートに解決するため、『彼ら』は装備を整えている。
「つまり、最初から参戦するつもりがないだけだと?」
「はい、あり得るのではないですか?」
そうだったら困るが、確かにそれで筋は通る。
名乗り出ないのは、ただ単にもう逃げているだけなのだ。
「……そうだな、筋は通る。奴らの装備は、とても高額そうだった。軍隊の装備は、究極的には安く多くそろえることが主力の前提だ。それを思えば……」
例えば、騎兵だとかチャリオットという兵科はある。歩兵と比べて格段の強さを持っている。
しかし、戦場の主力は確実に一般の歩兵だ。最低限の防具と粗末な鎧、それで十分兵士として戦えるし、それで数をそろえた方が結果的に強いのである。
確かに騎兵やチャリオットの方が強いし、歩兵にはできない運用もある。
しかしそれでも、戦場には数という残酷な現実があるのだ。
「仮に彼がモンスターを百体倒しても、戦果に影響はないか……」
冷静に考えれば、当然だった。
しかし、なぜだろうか。胸に沸き上がるこの期待は。
あるいは、サンデーもこの場の騎士も、そうした常識をあの『彼ら』なら吹き飛ばしてしまうのではないかと期待しているのかもしれない。
それほどに高い壁を飛び越える姿は、騎士として騎兵として、憧れるものがあったのだ。
※
「結構集まったわねえ」
「霞の女王様の御威光かと」
魔族の女性達が、眼下の軍勢を見下ろしていた。
霞の女王はこの三日間で集まったモンスターの群れを、畏怖することも誇示することもなく、ただ感心するようにつぶやいていた。
ダンジョンの中にいるモンスターはともかく、地表に生息する多くのモンスターが、強大な魔王に従い集結し、行軍していた。
ゴブリンの様な小物もいれば、オーガの様な大物もいる。
ビックウルフの様な俊敏な獣もいれば、ヘビーエレファントの様な重厚な獣もいる。
確実なことは、この軍勢でも中々どうして人間の住む街は攻め落としにくいということだった。
「どれぐらい持つかしらねえ」
「一日では突破は無理かと……最低でも二日はかかるのでは?」
「まあそんな物よね」
数万からなる、モンスターの軍勢。
それが一丸となって、人間の住む街を脅かすのだから、鎧袖一触と思うかもしれない。
しかし、魔族は知っている。人間はそこまで柔ではないと。
一般のモンスターにとって、弓矢や魔法によって遠距離攻撃ができるだけでも厄介だというのに、壁の上から一方的にたたいてくるのである。
おまけに、大抵の騎士や冒険者は、単独で大抵のモンスターを倒せてしまうのだ。
「飛べないって不便ねえ、飛べて良かったわ」
「ええ、おっしゃる通りかと」
そう、飛べるか飛べないか、それはとても大きな問題だった。
街を包むほどの城壁は、当然作るのに大変手間がかかる。しかし、それでも人間がそれを作るのは、相手が空を飛べない限り盤石な守りとなるからだ。
非常に単純だが、単純故に大抵のモンスターは壁があるだけで街に侵入できないのである。
「それにしても、貴女が見たという勇者には興味がわくわねえ」
魔族は、人間を高く評価している。
そうでなければ、遊び相手に選ぶことはない。
気に入れば同じ土俵で戦うこともあるし、そのまま殺されても文句を言わないほどだ。
だからこそ、奇怪な装備の勇者、という相手にもそれなりに興味を持っていた。
「姿を現したらいいわねえ、城攻めだと分かりにくいけど」
これからモンスターが攻め込む街は、四方を草原に囲まれたなだらかな場所にあり、包囲することはとても容易である。
城攻めは上空から見ていると結構面白いのだが、それでもそれは、集団対集団の戦いであって個が突出するようなことはない。
どちらかというと、武将の様な指揮官の実力が問われるところであり、その勇者が目立つかどうか疑問な所だった。
よく城を攻め落とす彼女たちは知っている。包囲された城は、一点でも崩れ始めればそのまま攻め落とされるのだと。
「……あら? 何かしらあの土煙は」
「騎馬隊でしょうか? まさか打って出るとは……」
見えてきた街へ前進するモンスターの群れ。
その前方に、草原であるにもかかわらず土煙を起こして前進する何かが見えてきた。
「……何アレ、知らないわ」
「私も、初めて見ました」
さて、非常にどうでもいいことではあるのだが。
地球においても、城壁は存在していたし、今でも名残は残っている。
だが、それはもはや実用性がない。軍事施設がなくなったわけでもないし、戦争や犯罪が根絶されたわけではないし、柵などは今も存続している。
しかし、石壁や鉄壁、となると現役ではない。
理由の一つは、航空技術の発達によって、霞の女王やその配下がそうであるように、壁というものが無意味になったからである。
また同様に、壁を無意味にしたものがあった。単純に火砲の威力が上がったからである。攻城兵器は昔から存在したが、その威力や射程が飛躍的に向上し、城壁などの堅牢さを遥かに超えてしまったのだ。
『システム、オールグリーン。全火器、使用可能です』
「……わかった、走行モードから戦闘モードへ移行する」
『了解、走行モードから戦闘モードへ変形します』
六つのヒーロースーツは、どれも特色や目的が存在する。
しかし、ホイッスルもシイクレットもライフワンもティンダロスも、どれも純粋な戦闘用の装備ではない。
もちろん高機能かつ多機能だが、使われている科学水準に比べて、火力が高いとは言えなかった。
『二足歩行戦車、戦闘モードへ以降完了』
蹂躙無双マルス。六つのヒーロースーツの中でも最大最重量にして、最強の火力と装甲を併せ持つ、対無人兵器を前提とした『軍事兵器』である。
「国家を、国土を、国民を! 侵略者から守るためならば!」
重ねて言うが、すべての武装が対人ではなく対兵器、対装甲を前提としているーー
「如何なる犠牲もいとわない!」
同じ世界観の、同等の敵を破壊するための、六つのヒーロースーツの中でも唯一の軍事兵器である。
「蹂躙、無双!」
二足歩行時車高5m、重量100t。残酷にして無慈悲な『セイギ』が、虐殺の準備を終えていた。
「マルス!」
異世界のモンスターに、地球人類の殺意が惜しみなく牙を向ける。
彼らが味わうのは人間の肉の味ではなく、魔法よりタチが悪い『現実』だった。
「これより、遺憾の意を表明する!」
平和な日本を脅かす、世界征服をもくろむ侵略国家の無人兵器。
邪悪な独裁者の野心によって、人々の暮す街が脅かされようとしていた。
軍事兵器に対抗するには、こちらも軍事兵器を使用するしかない。
天才技術者が苦悩の果てに完成させた、二足歩行戦車を操縦する正義のヒーロー。
その名は、蹂躙無双マルス!




