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第五のヒーロー『蹂躙無双マルス』! 死ぬのは奴らだ! 起

「本当に、本当に感謝している!」

「店長、静かに、静かに!」

「ああ、マサが正体隠したがってるのは分かった……けどよう……!」


 酒場の店長が酔っぱらうという異常事態である。

 店の酒ではなく自分の酒だというが、いいのだろうか。その辺りがわからない。


「娘はどっちも怪我はあんまりなかった……お前のおかげだ!」

「間に合っただけですよ……」


 分かり切っていたが、騎士団も護衛者も全滅していた。

 そういう意味では、まったく間に合っていない。

 しかし、そんなことを言い出せばキリがない。

 少なくとも、この街にとっては意味がある結果だったのだ。


「しかし、賄いの品を増やすぐらいでいいのか?」

「あんまりお金が入ると、怪しまれるじゃないですか」

「そりゃあそうだが……」

「それと、店長には変身アイテムを預かって欲しいんですよ」


 仮にこの街が安定すれば、そのまま大規模なヒーロー捜索が始めまるであろうし、真っ先に疑われるのはマサヨシの様な余所者だった。

 であれば、店長に預かってもらう方がまだ安心だろう。


「……ところで、お前に聞きたいんだが、霞の女王って言ったんだな?」

「ええ、街でも噂になってると思いますが、有名なんですか?」

「まあな……大抵の魔王はそうなんだが、一度暴れ出すと手が付けられないって話だ。この街には腕自慢の冒険者も多いが……魔王を討つほどの奴はいないだろう」


 変身グッズの詰まったケースを預かった店長は、渋い顔をしていた。

 当然だ。せっかく娘が助かったのに、このままでは街ごと壊滅である。

 そして、極めて分かりやすく危機を打破する手段が、手の中と目の前にある。


「悪いな、お前に戦えって言ってるみたいじゃねえか……」

「店長……」

「なあマサヨシ、お前は余所者だ。余所者のお前が、これ以上ここにいることはねえ」


 普通なら、既に包囲が始まっているであろうこの街から脱出するなど正気ではない。

 しかし、マサヨシには逃げる手段がある。自分一人は確実に助かるのだ。

 それを、一体だれが咎める権利を持つというのか。引き留めたい気持ちもあるが、止める権利は店長風情にはない。


「もしかしたら、案外お前なら軍勢も魔王もどうにか出来ちまうかもしれんが……それは英雄になるってことだ。英雄なんてな、ろくなもんじゃねえぞ」


 古今の物語がそうであるように、史実の英雄も死に様というものはまともではない。

 であれば、力があるとしてもほどほどであるべきなのだ。


「俺がお前のことを良く知らなけりゃ、それこそお前に助けてくれって言ったかも知らねえ。お前に戦ってくれって言ってただろうさ。でもまあ……俺はお前の事を良く知っている。娘たちの事を助けてもらっておいてなんだが、俺は……お前に戦えとは言えねえ」

「このままだと、みんな死ぬかもしれないんですか?」

「ああ、魔王ってもんはそうらしい。本当は人間がどうあがいても倒せるもんじゃない。お前も見たらしいが、魔族ってもんはまず飛べるからな」


 魔族は飛べる。

 それは確かにそうだった、羽が生えているんだからそりゃあ飛べるだろう。

 マサヨシにとってはその程度の認識だったが、よく考えてみれば空が飛べるというのはとんでもないアドバンテージだ。

 どうやらこの世界には魔法があり、人間も使うことができるらしいが……少なくともマサヨシはそれをきちんと見たことがない。

 しかし、それでも魔族には及ばないらしい。魔族が飛べるだけで人類は大いに不利というのだから、少なくとも飛ぶ魔法もないのだろうし、必ず当たる魔法もないのだろう。

 高度に発展した科学技術は魔法と見分けがつかないというが、この世界の魔法は科学技術ほど便利ではないようだ。


「ただ……倒したことのある奴はいる。それで呪われた奴もな」

「……あの、どういうことですか?」

「魔族ってのは、物に頓着しねえ。基本的に全裸だし、武器も使わねえ。そんな奴らが人間を襲う理由は何だと思う? 暇つぶしだよ。態々食うわけでもない人間を襲うのは、王様や貴族が鹿を狩るのと変わらないのさ」


 そう言われてしまうと、まあそうなのだろうと納得することはできる。

 確かに人間だって、食べるに困っているわけでもなく優雅な狩りを楽しむことだってあるのだ。


「遊びだからこそ、面白そうな相手がいた時は、態々地面に降りて戦うこともある。それで殺されることもあるらしい。魔族も、魔王もな」

「……間抜けな話ですね」

「ああ、間抜けだ。魔族の奴らの中でも特に強いっていう魔王は、大抵のモンスターを顎で使えるらしい。だから人間なんか数で押しつぶせるんだが、それでも英雄がいたら戦うんだと。そんだけ強い英雄様でも、大抵負けちまうらしいけどな」


 何とも救いのない話だった。

 しかし、そういうものかもしれない。

 少なくとも自分だって、似たように圧倒的な戦い方をして、それが気持ちいいと感じなかった訳ではない。

 いいや、今後自分がそうなる可能性もある。セイギという思想の元に行動するのではなく、ただ力を振るいたいという欲求の元に行動する。

 まさに『セイギの味方』に倒される、『ニセモノ』の行動原理。

 それになることが、とても恐ろしい。今後そうなるのかもしれない、もうなっているのかもしれない。

 マサヨシの心中は穏やかから遠かった。


「だから、お前は逃げろ。魔族と戦って、魔王と戦って呪われることはねえ」

「呪い……」

「お前が勝てるとしても、英雄になるなんてろくなもんじゃない。国中の人間から、うんざりするほど助けてって言われるんだぞ」


 それは確かに、とても嫌そうだった。

 力ある者への嫉妬ではなく、力ある者への忠告だった。

 確かに、セイギの力への覚悟としてはとても正しい。


「店長……」

「娘を助けてくれたお前が、そんなにあっさりと見捨てて逃げられるとも思えねえ。だけどな……力があるからってなんでもかんでも助けてたら……いくら力があっても足りなくなるぞ」


 自分でも、矛盾したことを言っていると自覚しているのだろう。店長は酒を飲んでいるだけではない赤さで、顔を染めていた。

 だがまったくその通りだ、そんなことは社会人ならみんな知っていることである。

 よく、手が届く範囲での善行というが、実際には手が届く範囲でも善行などしている暇はない。

 目の前の事に一生懸命な人間は、自分の事で手がふさがっているのだ。

 その荷物が、店長が抱えていたように自分の家族だった場合、それこそもうどうにもならない。してはいけないのだ。


「……お前は真面目過ぎる。誰かの部下としてやっていく分にはいいが、英雄なんてしてみろ。直ぐに駄目になるぞ」


 もしかしたら、マサヨシの力で街が救えるかもしれない。

 もしかしたら、自分達家族だけでも助かるかもしれない。

 しかし、それは言えない。

 マサヨシという個人を尊重するからこそ、矛盾していると思いながら店長はそう伝えていた。



「ホイッスル、シイクレット、ライフワン、ティンダロス……」


 四人のヒーローに変身して、今日まで戦ってきた。

 そのことを再確認しながら、自分の部屋で横になる。

 改めて、自分が今後どうすればいいのかわからなくなってしまった。


「このままだと街は壊滅、店長も娘さんも全員死ぬ。俺が戦ってどうにかできるとしても、俺の人生は真っ暗……」


 セイギの力があったとしても、日本にいれば力を使う機会はなかった。

 この世界に来ただけなら、こんな苦悩を抱えることもなかった。

 力がある、敵がいる。それでは、己は何処にある。

 この世界には、求められる役どころがある。

 自分に与えられた力なら、それもある程度は達成できるだろう。

 だが、その『ある程度』で世間や自分が納得できるとは思えなかった。


「絶対、ろくなことにならない」


 マサヨシは、もうすぐ三十だった。順当に生きていれば、自分の身の程を知っている年齢である。

 あの時ああすればよかったとかそういう後悔よりも、あの時どうしても失敗していたとかそんな考えが思い浮かぶのだ。

 確かに地球には、百メートルを五秒で走る人間はいない。そんな現実離れした人間はいないし、いたとしても人生に関係はないだろう。

 だが、人間の性能、能力はどうしても差がある。

 同じぐらい頑張っても、同じように成果が出せるわけではない。

 運の要素がないとは言えない。だが幸運が続かなければ維持できないことなど、結局大したことではない。

 もちろん、挑戦し続けることで開けることもあると知っている。しかし、挑戦し続けることはとても疲れるのだ。

 自分は今酒場で皿を洗っている、これは仕事であるし必要なことだ。しかし、努力でも修行でもない。ただの作業だ。

 マサヨシは自分を知っている、自分はこんなもんだと分かり切っている。

 秘められた力だとか、眠っていた才能だとか、昔こんなことができたとか、そんなことは一切ないのだ。

 結局、この年齢になると分かる。この年齢になった自分は、今まで何をやってきたのかが性格や能力になっている。今あるものが全てで、ここから何かが沸き上がってくるなんてことはない。

 

「見捨てたくないと思ってる、誰かが助けてあげればいいと思ってる、変わって欲しいと思ってる。でも結局……この後どうすればいいんだろう」

 

 今の自分には選択肢がある。そういう意味では、この街の誰よりも恵まれていた。

 だが、その選択肢には一切見通しがない。

この街に残れば魔族やら魔王やらと戦うことになるし、今度こそ英雄にならざるを得なくなる。

 この街から逃げ出しても、次はどこの街に行けばいいのかなんて想像もできない。そもそも魔族が追いかけてくるかもしれなかった。

 

「学校へ行って、就職して、貯金して、老人ホームに入って……それまで飯食ってマンガ読んでネットを視て……安定した人生だったな」


 悪くない人生だった。

 仮にこの世界に来た原因が、何かの冗談のような死因であったとしても、突然の非業の死だったとしても、それでも別に悪い人生ではなかった。

 日本で生まれ育って、特に不満とかがなかったのだ。いい人生だった、あれで終わりで良かったのだ。

 今更異世界でチートして、大儲けするとかハーレム作るとか貴族になるとか王様になるとか、そんなのは冗談じゃない。

 そんな上昇志向は、人生で一度もなかったのだ。異世界に来て、今までと違う生き方をしようなんて思ってない。

 無限の可能性や無限の選択肢を与えられても、今までと大差のない人生を送りたい。それがマサヨシの本音だった。

 それなのに、この世界で日常的に起こっていることが、マサヨシを普通から遠ざける。マサヨシは、結局この世界では異物なのだと思い知る。


「逃げたって……いいことはない」


 結局、社会人としての『常識的』な判断が心を縛る。

 この状況で、最良最高の判断なんてないのだと分かっている。

 残って戦うか、逃げてまた新しい街で生き方を探すか。どちらも後悔が確実にある。

 

「どうせなら……心が楽な方であるべきだよな」

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