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駆け抜けろ、第四のヒーロー! 『地獄の猟犬ティンダロス』! 結

 『地獄の猟犬』ティンダロス。

 その装備のコンセプトは逃亡犯の『追跡』にある。

 事件が発生すると現場に急行し、その場に残った痕跡から逃走した犯人を追跡し打倒する、斬新な一方である意味リアルな設定のヒーローであった。


「……よし、あそこからか」


 このティンダロス、バイクとセットのヒーローであり、そのヘルメットは高性能バイク『クトヴァ』のセンサーと密接に連携している。

 クトヴァのセンサーは道路上に刻まれた無数のタイヤ痕の中から犯人の車を見分け、追尾することも可能なのだが、当然モンスターがそんなものを残すわけもない。


「この周辺のデータ集積して……出たか!」


 しかし、足跡は残る。

 周囲にはまだ『新鮮な死体』が散乱しており、その血液は確かにモンスターの足跡を残していた。

 加えて、その返り血を浴びたであろうゴブリンには血の匂いが染みついていた。

 その匂いさえ嗅ぎ分けるのが、警察犬以上の嗅覚センサーを搭載したクトヴァである。


「やはり大人数を連れて移動しているな……森の中にも痕跡が残っている」


 熟練の狩人や鑑識ならば見分けられるであろう、ささやかな痕跡。それを視認できるようにヘルメットに画像が送られており、マサヨシは迷うことなくクトヴァのアクセルを回していた。

 初めて乗り込んだバイクであるにもかかわらず、まるでレーサーかスタントマンの様に自在に操ることができている。

 それに違和感を全く感じない。それができることが当然であるように、マサヨシの体はクトヴァの一部になったように動いていた。

 オフロードであろうとオンロードであろうと、全く問題なく走破可能なクトヴァは、原生林の中も減速することなく駆け抜けていく。

 如何にヘルメット内部へガイドが表示されているとはいえ、これは異常だった。ガイドがあるぐらいでここまで操作できるのなら、レースゲームなど成立しない。

 そもそもよく考えてみれば、子供の時に見ていた程度のヒーロー番組の台詞を、ここまできちんといえるものだろうか。

 ヒーロースーツの中に込められたセイギの魂が、自分を乗っ取り動かしているようだった。


「いや、違うな」


 これを着ると決めたことも、店長の声に応えたいと思ったことも、変身する以前の事だった。加えて、ホイッスルの力で暴れている冒険者を倒してやろうと思った時には、こんな一体感はなかった。

 少なくとも今だけは、このヒーロースーツが自分に力を貸してくれている。

 木の葉や小石、土を吹き飛ばしながら走るクトヴァは、その確信に応じる様に吠えていた。



 モンスターにさらわれた人間はどうなるのか。

 殺されるか、汚されてから殺されるか、食われて殺されるか。

 大人は子供を叱るときにモンスターが来るぞと脅すが、それを実際に体験したことはない。そもそも確かめた者がいない。

 実際のところがどうなのかなど、断言はできない。


「いやあ……」

「だれか、助けて……」

「死にたくない……」


 実際に捕まった彼女たちは、それを確かめることになるだろう。

 想像していた死、それがそのまま訪れるという拍子抜けするほど当然な結末を。


「モウケ、モウケ、オオモウケ」

「ヤッタ、ヤッタ、大漁ダ」

「ゴチソウダ、ゴチソウダ」


 もちろん、ゴブリンよりも大きい彼女たちは、ここまで自分の足で歩いてきていた。

 ゴブリンの住処、集落に。

 頭が悪そうなゴブリンが、なんとか工夫して作ったと思われる。粗末な木を組んだだけの家が並んでいる。

 ある意味絵本の中のような光景だが、捕まった十人ほどの女性達は『哀れな人間という役どころ』でしかない。

 今彼女達は、集落の広場らしき場所で、武器を持ったゴブリンたちに囲まれている。

 これからどうなるかなど、子供でも分かることだった。


「やだ、やめてよ……」

「助けてよぉ……」

「騎士様、冒険者様、王女様……」


 彼女たちは、特に教養があるわけでもなければ語彙が豊富なわけでもない。

 あるいは、大抵の人間がこう追い込まれれば、こう反応するしかないのかもしれない。

 彼女たちは、目の前で自分たちの護衛をしていた者たちを皆殺しにされ、殺すぞと脅されながら森の奥へ歩かされ、さらに『これから殺そう』と笑うゴブリンに囲まれていた。

 溺れる者が藁を掴むように、彼女達も救いを求めるか祈るしか恐怖に震えるしかない。

 

「「「イッタダキマース!」」」


 新しいことなど一切ない、珍しいことなど一切ない。

 現実は小説よりも奇なりというが、それは無数の小説などよりもさらに無数に存在する現実の中で、更に稀有な一例を取り上げたものでしかない。


「「「いやあああああああああ!」」」


 モンスターに囲まれて、絶体絶命の危機に陥った女性達。絹を裂くような絶叫。

 その状況で求められるのは、珍奇なものではなく王道のそれだった。


「「「ナ、ナンダ?! コノ音ハ?!」」」


 轟くは内燃機関の爆音、鼻を刺激するのは化石燃料の異臭。剣と魔法の世界に出現した、幻想科学の動力機械。

 ゴブリン如きがモンスターとは笑わせる。鋼鉄のモンスターが森の静寂を打ち砕きながら参上した。


「人間?! 人間ガココヘ?!」


 ヘルメットにライダースーツという風体、見たこともない鋼鉄の馬。

 それらが一切分からずとも、シルエットからして人間であることは明らかだった。

 だからこそ、ゴブリンは戦おうとした。なんのことはない、相手は一騎。数で囲めば叩き殺せる。

 ニ十匹ものゴブリンが、異常な侵入者を迎え撃とうとした。それに対して侵入者がまずやったことと言えば……。


「見つけたぞ、悪党ども!」


 掲げるセイギを示すことに他ならない。


「天網恢恢疎にして漏らさず。貴様らの罪が消えぬように、貴様らの異臭も消えることはない! どれほど巧みに隠れても、どれほど素早く逃げたとしても!」


 威風堂々、ここに極まれり。我ここにありと、ゴブリンと女性達に示していた。


「俺こそ地獄の猟犬ティンダロス! 犠牲者たちの怒りと嘆きを、被害者たちの苦しみと悲しみを! お前達に届けに来たぜ!」


 民衆に希望を、悪に絶望を。

 それこそがヒーローのあるべき姿に他ならない。

 とはいえ、彼の啖呵はやはりこの状況に対して適切とは言い難い。

 何者かの助成があったとはいえ、ゴブリンたちは狩猟をしただけだ。先日のジャイアントスパイダー同様に、悪と呼ぶことは傲慢である。


「「「ヤッチマエ!!」」」


 ゴブリンたちはモンスターではあるが、強力とは言い難い。

 しかし、それでも彼らは危険であると認識されている。

 それは、彼らが低いなりに知性を持ち、正しい行動をとることができるからに他ならない。


「「「いやああ!」」」


 女性達はせっかく現れた助けが囲まれたことで悲鳴を上げていた。

 例え戦闘の経験も知識もない彼女達でも、武器を持った集団に囲まれることが致命的だと分かるのだ。

 高度な戦略も、伝説の武器も、屈強な肉体も、緻密な連携も必要ない。

 全員で囲んで棍棒で叩けばいい。それですべて解決する。


「プレスアタック!」


 そして、それを蹴散らすからこそ、ヒーローに他ならない。

 包囲していたゴブリンのうち一人が、爆音と共に前輪を持ち上げたバイクの、底の部分を見上げる形になった。

 そして、ゴブリンは悟る。この鋼鉄の馬がどのような精密な機械であるのかなど想像もできないが、さぞかし『重く』て『硬い』のだろうと。

 きっと、自分など潰してしまうのだろうと。


「プギャア!」


 叫び、断末摩というよりは、単にゴブリンの肉体がクトヴァに潰された音がしただけなのだろう。

 改めて、ゴブリンたちは理解する。重くて速い、ということがどれだけの力を持っているのかということを。

 原始的な狩猟方法を操るゴブリンたちは理解する。見た目こそ小さく見えても、この男がまたがる鋼鉄の馬は……。

 まさに、モンスターマシンに他ならない。


「出ろ、ハスター!」


 車両搭載兵装、低反動拳銃『ハスター』。

 対人ではなく対特殊車両用の、大型オートマチック拳銃をクトヴァの中から取り出したティンダロスは、潰したゴブリンを轢きながら包囲を破り、そのまま射撃を始める。

 炸薬が叩かれ、薬莢の中の火薬が爆発し、銃弾が発射される。

 そうした細かい原理はわからぬものの、魔法やクロスボウ程度は知っているゴブリンたちである。ティンダロスの持つ何かが火を噴くたびに、自分の仲間が粉々に砕けていく所を見れば一目散に逃げだすのは当然だった。


「逃がさん!」


 ある意味では、既に救助任務は終わっている。退散したゴブリンたちは、逃げ出す彼女達を追うことはないだろう。

 だが、今逃がせば後に犠牲者がまた現れる。それを避けるためには、今ここで皆殺しにするしかない。


「出ろ、ノーデンス!」


 クトヴァの座席シート、その背部に備えられた四角い箱が動き出す。否、展開し、動作を開始する。

 車両搭載兵装、姿勢制御用マシンアーム『ノーデンス』。

 細く見える二本の腕、その片方ずつがクトヴァと搭乗者の重量を支えるほどの強度と力を持っている。

 それが何を意味するのかと言えば……。


「ノーデンス、打撃モードだ!」


 疾走するクトヴァは、狙いを定めて走り出す。

 馬に乗っているわけでもなく、崖に掴まっているわけですらない、四方へ散っただけのゴブリン。そんなものをヒーローが逃がすわけもない。

 大地にタイヤ痕を刻みながら追いすがり、背後から一体を捕えて轢殺した。

 当然、それだけに留まらない。二本のマシンアームが通りすがり際に、無慈悲な鉄拳を振り下ろす。

 自分が無力であることを思いだしたゴブリンは、泣き叫びながら絶命した。


「凄い……」


 捕えられていた誰もが、そうつぶやくしかなかった。

 いいや、つぶやくことさえできない者もいる。

 余りにも一方的で、余りにも圧倒的だった。

 先ほどまで暴虐の限りを尽くしていたゴブリンたちが、蹴散らされ叩き潰されていく。

 ティンダロスの雄姿は、正におとぎ話の勇者だった。


「ココマデ逃ゲレバ……」

「逃さんと言ったはずだ!」


 木の上で身を隠したゴブリンの、その頭上からクトヴァの後輪が迫る。

 木の枝を踏みつぶしながら、そのまま圧殺、即死させ、そのまま木の上から着地する。

 彼のヘルメットには、今も逃走したゴブリンたちの場所が伝えられている。

 一度獲物を捕らえれば、ティンダロスは逃がすことなどあり得ないのだ。


「あと一匹!」


 森の中に逃げるのではなく、女性達を人質にとるわけでもなく、武器を手に取ることもなかった。

 その一匹は、天に向かって助けを求めていた。


「タスケテ! タスケテ!」


 ゴブリンも崇める神がいるのかもしれない、そう思うよりも先に、誰もが彼の視線の先を見上げた。

 そこには、見るからにゴブリンとは格が違うモンスターが、魔族が浮かび上がっていた。


「タス……」


 助けさせない、とハスターの弾丸が最後の一匹を仕留めていた。

 しかし、それを見ても魔族は一切眉を動かすことはなかった。

 彼女の視線は、最初からゴブリンではなくティンダロスに向けられていたのだから。


「言ったはずだ、そこから先は知らないと。それにしても……」

「お前が黒幕だな!」

「中々面白い勇者がいるな」


 人間に似た姿でありながら、角や翼、尻尾の生えた『悪魔』。女性的な姿でありながら、色気よりも畏怖を感じさせる存在だった。

 その彼女が、謎の騎兵であるティンダロスに興味を持っていた。


「お前が強いことは分かった。或いは、私程度ならば倒せるかもしれないが……その場合、街の娘たちはどうなるかな?」

「……くっ!」


 悪は逃がさない、逃がしてはいけない。しかし、それよりも優先するべきは人命救助である。

 マサヨシが乞われたことは、あくまでも彼の娘を助けることだ。逃走を妨げるゴブリンを駆除することは必要だとしても、肝心の彼女達を巻き込んでは意味がない。


「利口だな……では聞くがいい、人間よ。これより三日後、お前たちの街へモンスターの軍勢が襲い掛かる。その周辺も脅かされることは必定であろう」

「なんだと?!」


 魔族に対して知識の乏しいティンダロスは、その言葉に驚愕する。

 モンスターがどの程度の存在かはわからないが、それでも軍勢ともなれば大きな被害が出ることは間違いなかった。


「我らが主、『霞の女王』はお前達の奮戦に期待している」

「『霞の女王』、それがお前達の親玉か!」

「そうだ、勇者よ。お前のような強い男が、我らの女王の前に現れることを期待している」


 宣戦布告を終えると、その女性魔族は何をするまでもなく飛び去って行った。

 その後ろ姿を見てティンダロスは歯がゆい思いだった。しかし、それよりもまずは、彼女達を助けることが先決だった。


「間に合ってよかった……俺は、『地獄の猟犬』ティンダロス。君達を助けに来た、さあ街まで帰ろう」


 魔族からの宣戦布告、魔王の存在。

 それらが彼女達の心を再び絶望が閉ざしていた。

 しかし、今の彼女達の前には確かな戦士がいた。

 そう、彼女たちは改めて理解していた。自分達が助かったのだと。

 

「あ、ありがとうございます……!」

「助けてくれてありがとうございます!」

「ぜひ、お顔を見せてください!」

「なんとお礼を言っていいのか……」


 彼女達からの感謝を受けながら、しかしマサヨシの心中は晴れない。

 それでも、セイギのヒーローは、彼女達に不安な思いなどさせるわけにはいかなかった。


「さあ、急いで! 日が暮れる前に街へ戻りましょう!」



 夕日が沈みつつあり、もうすぐ松明の準備が必要という時間になっても、城壁には多くの人々が待っていた。

 つまり、『人命救助』に赴いたティンダロスが、さらわれた人々を助け出すと信じていたのである。

 そして、赤く染まった大地をあるく影が見えた。

 それは、隊商ではなく援軍でもなく、モンスターでもなかった。

 かろうじて逃げ出してきただけの、疲れ果てた女性達だった。

 城壁で歓声が上がった。死んだと思っていた女性達が生きて帰ってきたのだから。

 娘が、妹が、母が。諦めるしかなかった、大切な家族がこうして帰ってきたのだ。


「……俺はここまでだ」

 

 自らも徒歩で彼女達を逃した彼は、街に向かって背を向けていた。

 街を生きてみることに感動した女性達は、慌てて引き留めようとする。

 まだお礼もしていない、それどころか顔も見せてもらっていないのだ。

 なによりも、魔族の脅威は去っていない。彼の力が絶対に必要だった。


「じゃあな!」


 しかし、爆音と共に無人で現れたクトヴァに乗り込んだティンダロスは、それらを振り切って去っていく。

 夕日に向かって走るその姿は、余りにも美しく……汚しがたいものがあった。

 迫りくる、霞の女王の軍勢!

 大量のモンスターが街へ攻め込んでくるが、人々の心には希望がほんのりと灯っていた。

 そう、『彼ら』が助けに来てくれるのではないかという、ほのかな希望だった。


 これは果たしてセイギなのか。自分は戦うべきなのか逃げるべきなのか。

 迷いを振り切って、マサヨシは最強のヒーロースーツに『搭乗』する!

 最も危険なヒーローの力に恐怖せよ!


次回! 第六のヒーロー『蹂躙無双マルス』! 死ぬのは奴らだ!


 異世界よ、これが正義だ!

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