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駆け抜けろ、第四のヒーロー! 『地獄の猟犬ティンダロス』! 転

 予定時刻を超えても、隊商の影も形も見当たらない。

 不審に思った隣町の騎士団は、大急ぎで確認の騎馬隊を送った。

 そして、その先で見たものは、壊滅している護衛と騎士団。そして奪われた積み荷などだった。

 それを確認した護衛達は、元の街に戻る隊と隊商の出た隊に分かれて馬を走らせた。

 送り出した隊商が壊滅したことをサンデー王女が認識したのは、その日の昼頃であった。


「……これは、魔族の関与が確実になりましたね」


 騎士団の本部でその事実を確認した彼女は既に王都へ更なる援軍を要請していた。

 元々、この街に来たのは『彼ら』への調査が目的であり、魔族を前提としたものではない。

 魔族が敵として存在していることが確実になった今、この街に集った戦力だけでは不足がありすぎた。はっきり言って、このままでは街が壊滅する。


「隣町では、既に封鎖を開始したと」

「備蓄は十分です、籠城もある程度は可能かと……」

「至急、街の中で戦えるものを選別いたします」

「防衛計画の立案を」


 幸い、と言っていいのかわからないが、この街には護衛者以外にも多くの戦闘要員がいる。少なくとも、魔族が多少突っついた程度では壊滅しないだけの自信もあった。

 だが、それは一つの懸念を明らかにするものでもあった。


「王女様、『彼ら』が動いた場合は如何しますか?」


 騎士のうち一人が質問をしていた。

 それはつまり、ホイッスルを始めとする面々が動いた場合どう立ち回るかであった。

 もちろん、魔族への対処が前提であり、はっきり言って人間の犯罪者など放置するしかない。

 しかし、その騎士の発言にはもう少し踏み込んだものがあった。


「……『彼ら』が動いても無視。報告は許しますが、調査も禁じます。それだけは厳命します。もしも彼らが魔族との戦いに名乗りを上げれば……」


 彼らは強い。戦闘能力が乏しいであろうホイッスルであっても、ゴブリン程度なら多数を壊滅できるだろう。

 だが、はっきり言って犯罪者であり、危険人物だ。既に騎士団二人を気絶させて、街の安全を脅かしている。

 ギルドなどに登録されている冒険者たちと違い、完全に無所属で目的もはっきりしていない。そのくせ、強力な武器は多数保持しているのだ。

 はっきり言って得体が知れず、公的機関である騎士団や王女が助けを求めていい相手ではない。

 しかし、人類の敵である魔族との戦いでは、死刑囚の手を借りたという悪しき前例もある。

 その『元死刑囚』が国民から英雄視されている問題を、この国では抱えていた。


「その場合は……」


 不問に処す、その程度ならまだいい。問題は、積極的にこちらが声をかけた場合だ。

 それは、王女であるサンデーとしては、少々以上に問題を抱えることになる。


「まずは、希望者を募ってください。その中に『彼ら』が現れれば私が直接会って確かめます。まずは街の封鎖、籠城の準備を」


 魔族は空を飛ぶことができる。

 そんな化け物を相手に、城壁で囲まれただけの街で籠城をする。

 それになんの意味があるのだろうか。分からないが、それでもできることをするしかなかった。



 食料を仕入れに行った隊商が襲われ、そのまま壊滅した。その情報によって、この街の食料備蓄は今あるものが全てとなった。

 そうなれば、戦力として数えられる冒険者と言えども、肉や酒などを勝手に飲み食いすることは許されない。よって、凶が休みとなっている酒場は、今後閉鎖されることになってしまっていた。

 休日故に冒険者ギルドを建物の外から眺めていたマサヨシは、変身していた自分の事などすっかり忘れている騎士団や冒険者たちの喧騒を遠目で見ていた。


「魔族の特徴は一切分かっていない。しかし、この街のすべての力が必要だ!」

「遠距離攻撃ができる者、近距離攻撃しかできない者、皆まずは名乗り出てくれ!」

「報酬は王家からだ! その金額は確約する!」

「この街を守るのだ、勇士たちよ!」


 ここまで問題が大きいと、はっきり言って名乗り出る気が完全に失せていた。

 根が小物のマサヨシとしては、逆に安心するほど大ごとの様だった。

 誰もがこの街を守るために全力を賭している。今までの様に、自分が動かなければどうにもならないという問題ではない。

 街の存亡がかかった戦いだとしても、いいやだからこそ、人間の敵だという魔族と関わる気は一切なかった。

 静観することに罪悪感など一切感じない。むしろ邪魔をしてはいけないと、どこに避難するのか考えているほどだった。

 目の前で倒れている人を助けるか助けざるべきか、ということで罪悪感を感じても、怪獣が暴れ出して沢山の犠牲者が出た、となればそれどころではなくなる心理と一緒だった。


「俺にセイギなんてないし、勇気なんてない。いいんだ、これが本当の俺だ」


 この街が壊滅するとしても、たぶん自分だけは何とかなるだろう。そんな楽観もあった。

 あるいはこの世界でセイギの味方ごっこをすることによって、現実感が薄れていたのかもしれない。

 とにかく自分の部屋に戻ろう。そう思ったマサヨシは、裏手から酒場の寮へ入っていった。


「皿洗いが街を魔族から守れるかってんだ」

「そうだな、そりゃあそうだ」


 自室にもどったマサヨシは、自分のベッドの上に座り込んでいる店長と目が合っていた。

 聞かれたらそこそこ困る独り言を聞かれたマサヨシは、店長がこちらへ睨み殺さんばかりの形相を向けていることもあって、完全に硬直していた。


「皿洗って店の床だの机だのを掃除するお前に、誰がそんなことを頼むかってんだ」

「あ、そのですね……店長! 今のはですね、この街で勇士を募っているのをですね! 参加しようかと思ったけどやめたってだけでして!」

「ああそうだろうともよ!」


 なぜか、やたらとイライラしている店長。

 確かにこの酒場は店長が切り盛りしているし、マサヨシの直接の上司でもある。その彼がマサヨシの部屋にいても、この世界ではさほど問題ないのだろう。


「お前が何をトチ狂ったのか、この街を守るとかほざけばぶん殴るところだ! お前は俺の店で雇われてるんだから、お前は皿洗って机拭いて床磨いてりゃいいんだ!」


 じゃあなんで怒られているんだろうか、マサヨシには全くわからない。


「きょ、今日はお休みじゃあ……」

「ああそうだよ! 今日は休みだ! だってのに……まあいい。ちょっと話がある」


 おかしい、特に怒られるようなことは特にしていない。

 何かの冗談のように皿を割っているわけではないし、経営に関わるようなこともしていない。

 であれば、休日にこうして問い詰められることはないのだ。


「……お前、これはなんだ」

「……あ!」

「鈍い奴だ……さっさと気付け」


 それは、マサヨシがこの世界に来た時持っていた唯一の物。

 架空の世界に持ち込まれた、また別の想像の産物。

 子供たちの憧れを、セイギのヒーローを。この世界に出現させる変身アイテムのセットが入った、金属製のカバンだった。

 部屋に隠していたそれを、店長はベッドの上に乗せていた。


「お前な、俺だってこの店で寝泊まりしてるんだぞ。それであんだけ騒いで気付かれないとでも思ったか?」


 店長にしてみれば、何とも迷惑な話だった。

 仮にもギルドと一体化している酒場の従業員が、出所の分からない危険な装備をして街を騒がせている。おまけに安眠妨害までしている。

 そりゃあ不機嫌にもなるだろう。このまま解雇されれば温情で、騎士団に突き出されてもおかしくない。


「枕の下なんて、隠してるとも思えないところに突っ込みやがって……」

「すみません……」

「俺に謝ってどうする!」


 まったくだった。この状況で『変身アイテムを枕の下に隠してすみません』などと店長に謝っても仕方がない。少なくとも、店長がそんなことで怒っているとは思えない。


「……その、なんだ。お前のことはあんな格好をする前から知ってるし、冒険者だの荒くれ者の事も知っている。お前は、この道具で悪さできるほど大した奴じゃねえこともな」


 少なくとも、このまま騎士団へ突き出すということはなさそうである。そういう雰囲気ではなかった。


「ただまあ、お前はよくわかってるだろうが、世の中には仕事ってもんがある。誰もがメシ代を稼ぐために、必死になって働いている。だがまあ、騎士団であれ冒険者であれ、腕っぷしがなきゃ務まらねえ仕事なんざ山ほどある。俺にゃあお前にそれができるとは思えねえ。いっぺん上手くいっても、続けられるとは思ってねえ」


 それは、マサヨシがずっと感じていることだった。

 自分にセイギの味方は務まらない。一度や二度上手くいっても、ずっと続けられるわけがない。そんなことはわかり切っていることだった。

 ヒーローと同じスーツを着ても、結局自分はスーツの中身にはふさわしくない。人間の中身が薄いのだ。


「皿洗いは誰でもできる。とはいっても、すぐやめちまう奴も多い。お前はそうじゃなかった。掃除も丁寧だし、これからも店で雇ってもいいと思ってる。ただ、ここは酒場だ。いくら冒険者共の相手をしているとはいえ、こっちまで馬鹿なことをするこたあねえ。そんなことは、それを仕事にしている奴に任せちまえばいいんだ。あんな馬鹿なことを続ける様なら、騎士団に突き出しちまおうかと思ってたぐらいだ」

「は、はい……」

「そう、思ってたんだよ」


 どさりと、見覚えのある物がベッドに置かれていた。

 つまりはこの世界の財布であり、中に硬貨が入っている物だった。

 元の世界風に言えば、札束を出したに等しい行為である。


「この、お金は……」

「お前にしか頼めないことがある」


 座ったまま、店長は頭を下げていた。

 それはどう見ても、咎めているようではない。


「俺の娘を……給仕やってる従業員を助けてくれ」

「……アレ娘さんだってんですか?!」

「店長の娘だからって甘やかすわけにはいかねえからな」


 ものすごく規模の小さい秘密を打ち明けられると同時に、何かが納得できていた。


「もちろん、騎士団の連中にも護衛者の連中にも、家族がいるのもわかる。俺の娘たちだけじゃなくて、他の奴らだって酷い目に合ってるってのもわかる。そいつらだって、諦めてるのもわかる」

「あの子達が、馬車に乗ってたんですか」

「ああ、そうだ。もうどうしようもねえ、ダンジョンの中で行方不明になるのと何も変わらねえ。今から追いかけたって見つかるわけがねえし、そもそも魔族が来てるってわかったんだ、そんなことしてる場合じゃねえ」


もうとっくに、殺されてるかもしれねえ、とは言わなかった。

 そこは、親としてどうしても譲れないことだったのだろう。


「俺以外の連中は、皆諦めている。女房や娘がさらわれて、それでも仕方がねえって諦めている奴らばっかりだ。葬式を上げる暇だってねえんだ。けどよ……俺は諦められねえ。っつうか、俺だけじゃなくて、さらわれた奴らの家族はみんなこう思ってるはずだ」


 そう思われることは、とても負担なことだった。本来なら、その言葉は言われたら困ることだった。

 期待されても、その期待に応じられるわけがなかった。

 それでも、心のどこかで、必要とされていることへの喜びがあったのだ。


「『お前』なら、なんとかできるんじゃないかって! 勝手に期待しちまってるんだ!」


 本当は行くなと止めなければならない。危ない事なんてするなと止めなければならない。

 しかし、恥知らずにもはした金で、しなくていいことを頼もうとしている。

 それは店長としては、街の住人としてはしてはいけないことだった。

 しかし、一人の父親として、藁にもすがりたい気持ちでいっぱいだった。


「金が足りないならかき集める! 盗んで来いってんならいくらでも盗んでくる! だから、頼む! 娘たちを助けてくれ!」

「店長……お願いがあります」


 マサヨシは、手を伸ばしていた。

 馬鹿なことだとはわかっていても、その手を変身セットの入ったカバンに伸ばしていた。

 その中から、この状況で必要なものを取り出す。


「……なんだ、マサ! 何でも言ってくれ!」

「賄いの品、一品増やしてください。約束ですよ」


 その変身セットは、他の物とは大分コンセプトの異なるものだった。

 マサヨシは引き締まっているとはいえない体を晒すと、下着だけの状態から着込んでいく。

 それは変身セットというよりは『なりきりセット』に近かった。もちろん、その『スーツ』のサイズは大人用であったけども。

 全身をくまなく覆うその服は、彼が元居た世界ではそこまで不審ではない。

 しかし、この世界の住人からは非常に奇異の目で見られることはわかっている。


「お、お前……それでいいのか?」

「大体、一万円ぐらい。この変身セットは、そんなもんでしたから。気にしなくていいですよ」


 この人に雇われていなければ、セイギの力で生計を立てていたかもしれない。

 それに比べれば、この程度の献身はなんてことはないのだ。


「貴方は俺を雇ってくれた、今度は俺が助ける版です」


 ライダースーツに身を包み、頭を守るヘルメットを装着する。

 それは、ある意味で普通にこれから『バイクに乗る格好』でしかない。


「いいのか……マサ」

「店長、必ず帰ってきます」

「……ああ、頼んだぞ」



 魔族に襲われる。それは大抵の場合人間の敗北、街の壊滅、むごたらしい死を意味する。

 それに対抗するには、非力な人間は天に祈るよりも先に行動しなければならない。

 襲われる街の人間が限界まで戦い、その上で周辺から援軍を招き、それでようやく対抗できる。

 そして、そこから先は英雄に期待するしかない。魔族と戦い、勝利できるほどの英雄の存在を。

 誰もが望みながら口にすることはなく、無力な女子供を避難所へ押し込め、戦闘ができない男たちは弓矢やクロスボウを申し訳程度に渡され、冒険者は騎士と混じって街の壁に待機していた。

 不安と高揚が入り混じる中、爆発音が連続して轟いた。否、爆音が響き続けている。


「まさか、『彼ら』が?!」


 喧騒が満ちた街の中で、それを上回る爆音が響き渡る。街の中の道を、鋼鉄の馬がゆっくりと進んでいく。

 誰もが期待する。誰もがそれを見に行く。

 何かがあるのだと、この街には今までなかったものが現れたのだと、期待しながらそれを見る。


「待て!」


 馬に乗ってその音に向かったサンデー王女は、その男を呼び止めていた。

 かろうじて彼がこの街を出る前に間に合った彼女は、『彼ら』としか思えない男へ叫ぶ。

 どこに口があるのかもわからない、鋼鉄の馬。その姿を見て、報告が真実だったと改めて理解する。

 いいや、報告以上だと見ただけで分かった。

 高性能な爆弾や、錠前を斬る短剣。それらが可愛く見えるほどに、目の前の馬は異常だった。


「……お前は、何者だ」

「地獄の猟犬、ティンダロス」

「ティンダロス……お前は、いいや貴方はこれからどこへ行くつもりだ」

「この街を出る。その上で、モンスターに捕まった人を救助する」


 その言葉を聞いて、野次馬たちはざわついた。

 死んでいるに決まっている、見つかるわけがない、一人で行っても殺される。誰もがそう思った。

その一方で、本当に助けに行くのかと思っていた。


「誰の依頼だ」

「依頼、とは契約だな? そんなことはしていない」

「では、どのような目的でそれをする!」

「人命救助」


 聞きなれない言葉だった。だが意味は誰もがわかる。


「それは作戦目的だ。それによって君は何を得る」

「それを聞いてどうする、俺は急がなければならない」

「……私は、この街を守りたい。そのために力が必要だ。君がさらわれた人々を救出するために戦うというのなら、どうか我々に手を貸してほしい。彼らの事は、諦めるしかない。いくら君が強くても、彼女達を一人で探すなど無茶だ」


 諦める。

 確かにそれが正しいのだろう。


「既に、悲劇は起きた」


 だが、その言葉をこのヒーローに言うことは間違っている。

 このヒーローは、その言葉を絶対に口にしない。


「既に沢山の人が死に、血や涙が流れた。彼女達の悲鳴は、もう現場には残っていない」

「ああ、そうだ。もう追いかけることはできない」

「だが、罪は消えない。悪が人々を脅かした罪は消えない」


 一種、滑稽だとは思う。

 セイギのヒーローは、心の中で自分が自分の行動を棚上げしていると気づいていた。

 それでも、セイギを口にする。このヒーローはそうでなければならない。

 あるいは、自分に助けを求めた『彼』は、そんなセイギを望んでいたはずだ。


「裁かれるべき悪がのさばっている、償うべき罪が残っている。嘆く声が、苦しみの涙が今もあふれている。それならば、追いかける理由には十分だ」


 この声を、助けてくれと言った人はどう思うだろうか。

 この言葉を、訪ねた彼女はどう思っているだろうか。


「もう一度名乗るぞ、俺は地獄の猟犬ティンダロス。俺のセイギは……逃げ出した悪をどこまでも追い詰めることだ!」


 爆音が、凄まじい勢いで放たれる。

 突然の轟音に、サンデーが乗っていた馬が驚いていた。

 聴衆たちも恐れおののき、その場から離れていく。

 そうして、彼の前に『道』ができた。

 進行方向には、閉ざされた門と壁がそそり立っているが、それでも障害物は消えている。


「行くぞ、クトヴァ!」


 高性能バイク『クトヴァ』が猛烈な排気ガスを放出する。

 超高温の内燃機関が回転力を生み出し、前輪を浮き上がらせながら直進していく。


「とぅ!」


 壁に衝突するのか、それとも打ち破るのか。

 そのどちらが起きるのかと、誰もが目を閉ざしていた。

 しかし、衝突音も破壊音もなく、ただ爆音だけが遠ざかっていく。


「ウソだろ……」


 目を開けていたものは見た。鋼鉄でできた、車輪で走る馬は、見るからに通常の馬よりもはるかに重いであろうボディを、あっという間に加速させ、そのままの勢いで跳躍していた。

 流石に城の城壁ほどではないとしても、街を守るべき五メートルもの石壁を軽々と飛び越えて、そのまま街の外へ着地しそのまま走り去っていく。

 あっという間に消えていくその後ろ姿は、余りにも迷いを振り切っていた。

人々の暮らしを支える、高度な道路交通網。

これを悪用し、凶行を繰り返す犯罪者たちがいた。

皆が安全に利用する道路を、危険な運転で逃走に利用させるわけにはいかない。

高機能ライダースーツとナビゲーションヘルメットの補助によって、あらゆる道を走破し犯人を追跡する正義のヒーローがいた。

その名は、地獄の猟犬ティンダロス!

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