駆け抜けろ、第四のヒーロー! 『地獄の猟犬ティンダロス』! 承
極めて些細なことだが、冒険者ギルドは冒険者だけを取り扱っているというわけではない。以前は冒険者の仕事扱いだった街と街の間を移動する際の護衛が、分業となり専門家として扱われるようになった関係上『護衛者』達のことも商人たちなどに斡旋している。
冒険者たちから独立した護衛者たちは、大抵の場合定期の仕事であるし、長期間の契約になることも多く、比較的安定した仕事であるとされていた。
なにせ冒険者というのは原則としてダンジョンに潜ってモンスターを倒し、剥ぎ取った死体を売るという出来高払いである。たまに楽な素材が高く売れることもあるが、大抵の場合はとても厳しい仕事ばかりである。
とはいえ、ダンジョンの外にも魔物はいないわけではないし、盗賊の類もいないわけではない。危険であることも事実なので、完全に楽な仕事というわけでもなかった。
「なるほど……それでは、しばらくの間護衛に騎士団を同行させると」
「状況が状況であり、不測の事態を極力避けるためだと思っていただきたい」
冒険者ギルドと騎士団は、当然ながら騎士団の方が上位となっているものの、協力関係になる。
そして、この街に増援として現れた騎士団は、全体的な補強を行うことにしていた。
「なにせ、魔族のやることは『人類への嫌がらせ』に他ならない。仮に特定の箇所を厚くすれば返ってそこを重点的にたたくこともあるし、逆に最も守りが甘い部分を叩くこともある。街の守りを固めた時に攻め込むこともあるし、引き揚げたころ合いを狙うこともある」
その辺りが非常に面倒な所であり、利害得失をすっ飛ばして『嫌がらせ』に全力を傾けるのが魔族の嫌な知恵なのだ。
言いたくはないが、その辺りは彼らの個性であり、特徴なのだろう。
「とはいえ、我々は『彼ら』の事もあり、とにかく最悪に備えるしかない。例えそれが魔族を喜ばせることになったとしてもだ」
「いえいえ、とても心強い事です。きっと商人の方たちも安心されることでしょう」
当たり前だが、ダンジョンで獲れた素材は誰かが加工して販売する。それはつまり、加工する誰かも、購入する誰かも、ダンジョンのある街で暮しているというわけではなかった。
つまりは『モンスターがひしめくダンジョンの入り口がある街』という、前例がないとしても危険な地帯で暮していない人々へ、ダンジョンで獲ることができた素材を販売し、食料品などの生活必需品を購入して戻ってくる隊商の存在はとても大きかった。
こればっかりは、例えダンジョンが閉鎖されたとしても、厳戒態勢であっても続行しなければならないことだった。
「……魔族が一人二人関わる程度なら、そこまで警戒することはないでしょう。この街に常駐している騎士団だけでも対抗できる。ですが……勢力に関わらず、魔王が関わっているのだとしたら……安心など、できはしません」
騎士団側の説明に、ギルド側も息を呑む。
そう、魔王と呼ばれる最上級の魔族を討ち果たせる人間など、伝説の英雄や勇者程度しかありえない。
それに匹敵する人物が今この街にいるかと言えば、誰もが口を閉ざすしかなかった。
※
冒険者ギルドでは、応援として現れた騎士団がどのように活動をするのか、それが広報されていた。
それは当然酒場で相談する冒険者たちが主題とすることであり、同様にして酒場の従業員でも話題になっていることだった。
なにせ、まったくもって他人事である。魔族がこの街を狙っている可能性がある、と広報されても危機感などなかった。
なにせ、酒場の女性従業員である。何か思ってもどうしようもないのであるし、楽観するしかなかったともいえた。
「ねえねえ、隊商の護衛に騎士団が付くんだって!」
「凄いよね、まだ魔族が出るって決まったわけでもないのに!」
ただ楽観しすぎてもいた。
営業時間中の店内で、無駄口をたたくのは、明らかに色々と不味かった。
少なくとも、店長は大分お怒りである。
「まったく……年頃の娘ってのは皆ああなのかね」
「そんなもんだと思いますよ」
もう自分がセイギの味方ごっこをしていたことを忘れようとしているマサヨシとしては、従業員二人の話も馬鹿だな~~としか思っていなかった。
実際、魔族が何だかよく知らないマサヨシとしては、完全に興味の対象外である。
これが、自分と同様にTVの中から飛び出してきたような力を操れるのだとすれば、それは流石に思うところがあったのかもしれない。
しかし、この世界に元からいる誰かが、その力を使っているだけならばそれでいい。この世界の誰かが何とかするだろうし、何ともならなかったとしても仕方がないだろう。
「……なあ、マサ」
「なんでしょうか、店長」
「魔族がいるかもしれないってことで、隣町への隊商には騎士団の護送が付く。だからよ……騎士団の負担を和らげるために、明日は冒険者ギルドも酒場も閉鎖だ」
「お休みってことですか?」
「それもそうだが……乗ろうと思えばだ、隣町までの馬車に乗って帰ってくることもできるってこった」
マサヨシは知らないことだが、この街と隣の町への距離はさほどではないらしい。
早朝に馬車で出れば、夕方ごろには帰還できる。それはつまり、休日を利用して隣町へ赴けるということだった。
「まあ魔族がいるって決まったわけじゃねえから、その辺りはまだ禁止できないんだろうぜ。だけどな……特に用事もないのに、この街を出ようとなんてするんじゃねえぞ」
「も、もちろんですよ!」
ぎろりと睨まれる理由がわからない。
そういう忠告は、どちらかと言えばあの二人にするべきだと思うのだが。
「ねえねえ、王女様直属の騎士が護衛に参加するんだって!」
「きゃあああ! 凄い! もしかして、王都の騎士団の人とお近づきになれるかも!」
「そっか! じゃあ適当なことを言って、明日の隊商に乗せてもらおっか!」
「あったまいい! そうしようよ、休みだし!」
とまあ、何とも心配ごとをそのまま口にしていた。
「お前ら、馬鹿なことを言ってないで、働け! あとな、隊商に参加しようなんて馬鹿なこと言ってるんじゃねえぞ!」
と、やはり彼女達にも当然の様に注意していた。
言われるまでもなく隊商の荷車に乗り込む気がなかったマサヨシは、呆れながらも業務に戻っていった。
※
翌朝早朝、非が昇り切るかという時間帯に、ダンジョンの素材を満載した荷車と、隣の町へ移動する人間を乗せた荷車が、周囲を護送する乗馬した騎士達と、更に護衛者たちに囲まれて出発を待っていた。
「思った以上に、この街を離れる人間が多いですね」
「それが、往復を希望している客が多いようです。おそらくですが……その、我ら騎士団を面白がっている者が多いかと」
「……私の直属が同行することは間違いだったかもしれませんね」
武装しているサンデー王女は、乗客名簿を見ながらそうつぶやいた。
もしかしたら、この客の中に『彼ら』がいないとも限らない。その可能性があるからこそ、乗客の制限はしなかった。もちろん、魔族の出現が確実ではない現状で、彼らの移動を強く制限できないことも理由の一つではあるのだが。
しかし、こうして名簿を見ると普段は馬車に乗らないような若い女性が多い。それも、ほぼ確実に『彼ら』とは無関係であろう、この街に長く暮らしている娘ばかりだった。
それが何を意味するのか、王女にも流石に理解できる。
「危機感が足りなくて困りますね、この街の冒険者ギルドや騎士団の方たちが敏いことに比べると、どうしても……平和ボケしているといいますか」
「仕方がありません、王女様。なにせ今の所貧民街でポイズンスライムが現れて、駆除されただけなのです。目立った被害がない以上は、しかるべき職務に付くもの以外は……」
「パニックとなり、我先にと逃げだすよりはマシと思いましょう」
実際、魔族は何もかもを面白いという理由だけで行う。
だからこそ、全く利益にならないことも、自分が死ぬかもしれないことも平気でやるのだ。
とはいえ、その辺りの危機感を民間人に求めることも間違っている。
なにせ好事家が飼育していたペットが逃げ出しただけで、魔族の仕業だと本気で誰もが恐怖したこともあるのだ。その辺りのうわさや笑い話を知っていれば、真に受けないことも仕方がない。
実際、禁止されているモンスターを好事家がもてあまし、貧民街に捨てたという可能性がないとは言えないのだ。
「それでは、護送をお願いします」
「はい! 全力を尽くします!」
早朝にこの街を出る隊商は、予定では昼頃に隣町で荷物を降ろし、そこで持ち帰る積み荷を乗せ、夕方ごろには帰還する予定になっている。
その予定が上手くいかなければ、それは当然何かあったということになる。
そして、普段でさえ護衛者が守る隊商を、更に完全装備の騎士団が守るとなれば、その予定を乱すことができるのは魔族だけだった。
何も起こらなければそれが一番いい。そう思いつつ、騎士団も護衛者たちも緊張の面持ちで、壁に囲まれた街を出て行った。
「うわあ……馬も人もかっこいい……」
「ちょっと、外が見えないじゃない! 代わってよ!」
「順番よ、順番!」
ご婦人方は陽気なものである。普通に隣町へ行く用事がある男性は迷惑そうにしているが、女性達はその為に金を払ったと言わんばかりに争いながら外の騎士達を見ていた。
なにせ、今回護送に参加しているのは、街に常駐している『田舎騎士』ではなく普段は王都にいる『本物の騎士』だった。装備からして、素人目にも高貴さが違う。
時折視界に入る護衛者たちを邪魔に思いながら、彼女たちは必死で目の保養をしていた。
それに苦笑する騎士達だが、当然気を抜くつもりは一切なかった。
彼女達が憧れる『本物の騎士』だからこそ、その意識はとても高い。
もちろん地方の騎士を軽く見るつもりはないが、特別視されるという意識は当然のように備えていた。
自分達が出向くからには、非常事態である。例え一般人がどう思っていたとしても、最後まで任務を全うするつもりだった。
それでなくとも『町の外』はとても危険なのだから。
「アレガ騎士団ガ護送シテイル隊商カ……」
基本的に、ダンジョンの中にいるモンスターは知性が低い。というよりも、魔族を含めて知性が高いモンスターの殆どがダンジョンの外に生息している。
ゴブリン、モンスターでありながら手製の武器や人間から奪った武器で武装する、知性の高いモンスター。
彼らは普段コロニーを作り生活している。大きな群れと言っても精々百程度で、当然この一団を襲えるほどではない。
護衛者だけでも三十人、更に騎士団が二十人。馬車五台を完全武装で護送中である。
対するに、ゴブリンたちは粗末な装備で数も三十程度。はっきり言って、襲うのは自殺である。
普段なら迷わずに撤退していただろうが、彼らには間違いのない勝算があったのだ。
「本当ニ力ヲ貸シテクレルノカ」
「もちろんだ、これも魔王様の命令だからな」
美しい女性の魔族が、ゴブリンたちを率いていた。
当然ながら、彼女が馬車を襲撃するように提案、命令してきたのである。
「私が魔法で一掃する。その間に、お前達は襲撃して好きなだけ盗み、奪え」
基本的に、移動している側に対して待ち伏せる側は有利である。
具体的に言うと、ほぼ必ず『最初の攻撃』を一方的に繰り出せるからである。
そして、その最初の一撃が強大ならば、そのまま勝負の流れは決すると言ってよかった。
「そこまでは、私が協力する。そこから先は知らないがな」
背中の羽をはばたかせて、魔族が空へ舞い上がる。
木々を見下ろす程度の高度で滞空すると、己の周囲にいくつもの火の玉を生み出す。
それが何を狙っているのかなど、誰が見ても明らかだった。
「……敵襲! 上空に魔族がいるぞ!」
そう、誰もがそれを見て愕然としていた。
手に持っていたクロスボウなどを構えて、上空の魔族へ射撃を行おうとする。
しかし、既に遅かった。
女魔族が自分へ攻撃して来ようとする輩へ、いくつもの火の玉を降り注がせる。
それが人間に着弾すると同時に、炸裂して吹き飛ばしていた。
「ぐああああ!」
「ち、畜生!」
「まだだ、まだ来るぞ! 急いで陣形を整えろ!」
誰もが理解していた、まだ攻撃は終わっていないと。
速やかに立ち上がり守備陣形を整えねば、今の炎から生き残った者たちさえ息絶えていくと。
そう、そんなことはわかり切っていた。
分かり切っていた通りに、武器を持ったゴブリンたちが襲い掛かってくる。
「「「ギャオオオオオオオオ!」」」
当然ではあるが、ゴブリンはそこまで屈強なモンスターではない。
人間の子供程度の大きさで、力もそれ相応。文字通り、武器を持った子供程度の力しかない。
しかし、一切遠慮なく全力で殺しにかかる子供であり、手に武器を持った子供であり、おまけに集団で襲い掛かってくる子供でもある。
それが、機先を制された状態で初手を許すということは、途方もなく致命的なことだった。
警戒していた、できる限りの事をしていた。
だが、結果としてどうしようもないことになっていた。
騎士団も護衛者も、ゴブリンと魔族の前に壊滅していた。




