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駆け抜けろ、第四のヒーロー! 『地獄の猟犬ティンダロス』! 起

 当然だが、人知れずに善意を尽くしたヒーローが去った後の翌朝、貧民街は神の奇跡に感動しながら誰かへの感謝の言葉を奉げていた。

 道の真ん中に何やら奇怪な死体の痕跡があり、自分達は全員病状が一気に改善している。

 それで『病気の元になっていたモンスターを誰かが倒したから、自分達は元気になったんだ』と思ったところで不思議ではあるまい。

 それに、順番はともかく概ねは正解していた。


「処置されたポイズンスライムの死体が見つかったのですね?」


 貧民たちはそれでよかった。彼らは自分達の健康を喜びながら、奇跡を甘受すればよかった。問題はこの街の秩序を維持する騎士団である。

 今回の奇跡に関しては、神がもたらした慈悲でもなんでもなく、ただ一重に何者かの『処置』だった。

 誰が夜のうちにポイズンスライムを倒し、死体そのものや周辺の毒を処置し、更に病魔に侵された貧民を治療したのだ。

 順番は色々とあるだろうが、とにかく『誰か』が全部解決したのだ。


「なるほど……確かにこの街で異常が頻発していますね」


 既に騎士団は今回の件が一地方の騎士団の裁量を越えると判断して、国家に報告し応援を呼んでいた。その報告書に、鋭利な刃物で切断された『錠』と『鎖』を添えて。

 確かに尋常ならざる事態と認めた『モニング王国』は、サンデー王女を始めとする王国騎士団を送り込んでいた。

 精強で知られる騎士団を、勇敢で知られるサンデー王女が率いるということで、王国の本気度がうかがえるというものだった。

 誰もが恐縮し、王女に対して指示を待っていた。


「この街の名産品が流行に乗った、これは別に問題ではありません。その結果暴徒が発生した、これも不思議ではありません。加えて、それによってダンジョン内の魔物が活性化し、中層のモンスターが表層へ出てきた、これも常識の範疇です。そしてそれによって冒険者が捕らえられることも……」


 ホイッスル、シイクレット。この二人、と言っていいのかわからないが、とにかく二人の戦士に関しては対処した事件に問題はない。

 問題なのは、今回の一件だ。


「ポイズンスライムが、この街の警備をすり抜けて貧民街に潜んでいた。これはあり得ないのです」


 当たり前だが、スライムは基本的に俊敏ではない。例外がいないわけではないが、ポイズンスライムは俊敏どころか他のスライムと比べても遅いのだ。

 加えて、壁面にへばりついて乗り越えるとか、そういう神出鬼没さもない。

 基本的にまき散らした病魔で周囲を汚染し、その死体を食うのがこのスライムの生態なのだ。

 それが、街の中に侵入できるわけもない。そう、誰かが持ち込まない限り。


「では、このスライムはホイッスルやシイクレットの同類がやっていたと?」

「そうはいっていません。完全に無関係という可能性もあるでしょう。ですが、その場合の方が厄介です。この街に対して、何者かが干渉しようとしているのですから」


 基本的に、ポイズンスライムはこの周辺には生息していない。であれば、誰かが運び込んだとしか思えない。

 これが、ホイッスルなどの仲間が送り込んだのならまだマシだった。

 問題は、それこそ人類の敵である魔族が絡んでいた場合である。


「もちろん、ホイッスルやシイクレットの件を軽く見るわけではありません。ですが、今回の一件は本質的に異なっている。ポイズンスライムの投入は、はっきり言ってこの街への攻撃です」


 これには全員が無言で肯定していた。

 ある意味タイミングが良かったともいえる。危険度の高い案件が発生した直後に、それ以上に危険性の高い案件が発生したのだから。


「シイクレットなどが属する集団がスライムを実験のために投入したか、もしくは魔族が戯れで投入したか。過去に例がないわけではありませんからね、ダンジョンが封鎖された街にポイズンスライムなどの有毒性が高いモンスターが送り込まれるのは」


 言うまでもないが、深刻なのは後者である。前者なら最悪でも利益を得るためのマッチポンプだが、後者の場合街が滅びることもあり得るのだ。


「魔族に関しては防御を固めるしかありませんが、ホイッスルたちの一団に関しても調査しましょう……今の所三つの件には共通点があります」


 今の所、『人間を無傷で取り押さえる』、『潜入して脱出する』、『病毒に対処する』という三つの装備が確認されている。

 それには一切共通点がない、ように見える。そう、装備そのものにはないのだ。


「一つは原則として善行であること。もう一つは一回ずつ、一人ずつしか活動していない事です」


 大分絞り切れていないが、概ねは正しかった。

 とにかく一切情報がない相手なので、その方向で絞るしかない。


「そして……ある程度噂になってから行動しているということもですね」


 それが自分の活動を広めるためなのか、それとも情報網が貧弱だからなのか。それはわからないが、とにかく噂になってから『彼ら』は行動する。であれば、彼らの動きはある程度予測できる。


「優先順位は下がりましたが、『彼ら』の捕縛も重要です。依然として『彼ら』がポイズンスライムを街に放った可能性も残っています……仮に『彼ら』の行動に対して思うところがあったとしても、『彼ら』の正体を明らかにすることこそが目的であると周知させなさい」


 サンデー王女の言葉に誰もが頷いていた。

 結局のところ、彼らのやっていることを善行としても、このままでは犯罪者としてとらえるしかなくなってしまうのだ。



 ともあれ、当然の様に騎士団が冒険者ギルドに駐留することになった。

 シイクレットが姿を見せた一件において、一番騒ぎが起こっていたのはここだから当然である。

 それはつまり、ギルドの職員や酒場に勤めている人間の事も、候補に入っているということだった。


「まあ、そりゃあそうなるよな」


 騎士団が駐留し監視しているところを、マサヨシは当然のように眺めていた。

 なにせまともな情報があるわけもないホイッスルやシイクレットを探すなら、此処ぐらいしか足取りを追えるところはない。

 もちろん、ここだけが唯一絶対の場所だとまでは思っていないだろうが、人数がいるならここに監視を置いても当然だと分かっていた。

もちろんやましいところがあるのでつい凝視してしまうが、それは自分だけではなく多くの人間が該当している。ギルドにいつもはいない騎士団がいたら、そりゃあそうもなるだろう。

 とはいえ、この街に最近訪れた余所者が怪しいのは当然であり、遠からず自分に捜査が及ぶ可能性もあった。

 結局、正体不明の謎のヒーローなど、その街で暮していればそのうち見つかって当然である。

 特権階級でもない下働きの自分が、部屋を探させてもらう段階になって拒否することなどできはしないだろう。

 つまり、その段階までいったら完全に詰みということだ。そして今はその手前である。


「もう本当に駄目だな、まったくもって駄目だ」


 元々巨悪や秘密結社と戦っていたわけではないし、高い志があったわけでもない。

 今まで使っていなかったヒーローの力を使えば、この街を壊滅させてそのまま他の町へ逃げることもできるが、そんな度胸があるわけでもない。

 とにかく、もう完全に何もしなければいいだけだった。

 前回のスライムだってそうだが、自分がいなければ世界が滅ぶとか、そんなことは一切なかったのだ。

 まあマサヨシが動かなかったら死んだ人は結構いたとは思うが、それだってマサヨシに責任があるわけでもない。

 この葛藤も散々やりつくしてきたので打ち切るが、いよいよ本格的にヒーローごっこなどしている場合ではなかった。


 今度こそもう絶対に、何が何でも動かない。危機感をもって心に誓ったマサヨシは、床の掃除を全力で行うのだった。

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