七 ──静かな祈りと
天井からぶら下がっている、折れ曲がった配管や構造物。
ガラスが一枚も残っていない、窓。
どれも津波の被害なのだろうか。そんなはずはない、と思った。地震の被害だってきっとあっただろう。そう、私は信じたかったのかもしれない。
そしてそれも、階段を昇って四階に着くまでの話だった。急に立ち止まった華ちゃんが、懐中電灯で壁を照らし出した。
「見て」
見ると、その高さで壁の色が異なっている。上は普通の壁の色、下は……普通の壁の色の上に、泥がうっすらと重なっていた。
訳を説明されなければならないほど、私の勘は鈍くなかった。
「……ここ、四階だよね」
「そうよ。四階の床から、高さ一メートル」
四階と言えば、高さは十メートル近くのはずだ。女将さんの言葉がここでも甦った。──津波の高さ、十一メートル。
「…………」
全身を、激しい悪寒が駆け抜けた。
「今夜は、月が明るい。きっとここから町が見渡せるはずよ」
懐中電灯を廊下の先へと照らしながら、華ちゃんは静かな声で言った。
私たちの進む廊下の壁を、あの“線”がずっと続いている。窓にはガラスがはまっていない。今なら私にも、その訳が理解できる。
突き当たりの一際大きな教室に辿り着くと、私たちは窓際に向かった。懐中電灯の光を受けた黒板に、何かが書かれていた。校舎内に避難してきた人をカウントした表だよ、と華ちゃんが説明してくれた。そしていきなり、懐中電灯を切ってしまった。
「⁉」
「こっちにおいで。ベランダ、あるから」
「う、うん……」
言われるがまま、私は扉のなくなったドアから外に出た。
懐中電灯を切った理由が分かった。高い空に輝く月が、その静かな明かりを波路上の町に深々と落としていたのだった。
この街の高い建物には、どこも『津波浸水深ここまで』と書かれた看板が貼り付けられていた。
“波高”ではなく“浸水深”。初め、その意味が分からなかった私は、一度その旨をKRRAの人に尋ねてみたことがある。
想像しにくいかもしれませんけどねと前置きをして、スタッフさんは説明してくれた。波の部分にだけ高さのある普通の波と違い、壁のように高い波の後ろには、それと同じ高さの海が一緒になってついてくる。それが津波なのだ、と。
その原因は津波の波長の長さにある。津波は地震の揺れによって生まれるのではなくて、地震で発生した海底地形のずれが生み出す現象だ。巨大地震の引き起こした断層のずれは、そのまま海面に隆起に変換されて、高い水圧を保ったまま陸地へと向かう。風で起きる波との最大の違いは、表面だけでなく海全体が、波長の途方もなく大きな一つの波になってしまうことなんだ。
つまり、津波で言う波の高さは、そのまま『この高さまで水没しましたよ』という意味になる。だから“波高”と言わずに“浸水深”と言う……。
地面が十メートル以上もの下に見えるこの場所に立ってみて、あの時は漠然としか掴むことのなかった“浸水深”の意味を、ようやく私は骨の髄から把握した。あの悪寒は、それを把握した瞬間に走ったものだった。
この高さまでが、一時的に『海』になったのだ。
地震を受けて弱っていた家々を跡形もなく押し流すことなど、津波にとっては造作もないことだったんだろう。その残骸が、校舎の四階に達するほどの高さの海を漂流してきた。波そのものだって、いつ屋上に達するか分からない。屋上に避難した人たちはきっと、そんな底知れない恐怖に包まれたに違いないんだ。
それだけではない。これだけ見晴らしの良好な場所なら、町が津波に飲まれていく光景を、あの人たちは否応なしに見せ付けられていたんだろう……。
「信じられないでしょ。私だって、信じられなかった」
華ちゃんが、隣で呟いた。
「“津波てんでんこ”──三陸一帯には、津波避難に関してそんな標語が伝わっているの」
「聞いたこと、ある」
全身を鳥肌に蝕まれながら、私はやっとそんな声を絞り出した。テレビで何度も取り上げられていたっけ。意味は確か、『津波が来たら誰にも構うな、散り散りになってでもとにかく高台へ逃げろ』。
「あの標語そのものは最近になって作られたんだけど、過去に何度も大津波を経験してきたこの地域には、昔からそれに似た行動規範というか、伝承があったの」
華ちゃんはため息をついた。
「伝承が風化したことで被害が拡大した──震災被害を語る時の、メディアの常套句よね。でも、そうでなくても大地震で落ち着きを失っていた上に、誰ひとり大津波を経験していなかった私たちには、津波があんなに恐ろしいものだなんて想像することはできなかった。分かるでしょ。想像なんて及ぶはずのない大きさだったこと」
「…………」
「どうしようも、なかったんだよ」
そう言い切った華ちゃんの声には少し、ほんの少しだけ、震えが混じっていたような気がする。
震災の起きたあの日、この場所から津波に飲まれていく街並みを見つめていた人たちは、どんなに胸を痛めていたことだろう。
その痛みには、私も手が届くのかもしれないと思った。想像のまるで及ばない天変地異を前に、自分たちにできることなど何もなくて、ただ目の前の惨劇を見ているしかない。あの日、自宅のテレビを見ていた私も、きっと同じ気持ちだった。
決定的に違うのは、見ている自分自身にも命の危険が及んでいるか、及んでいないか。
“絶望”という言葉は、まさにその瞬間のために存在したのかもしれない。だとすれば、いや──だからこそ、ここへ逃げ込んだ人たちにできるのは祈ることだけだったんだろうか。何を祈っているのかも分からないまま、ただ必死に救いを求めるしかなかったのか。
こんな、ことって……。
「……もう、ここから出ようか」
華ちゃんがそう声をかけてくれなければ、私はそのままいつまでも、このベランダから動くことができなかったと思う。
二年半前は水底だった道を、二人で歩いた。
嵩上げ工事の準備だろうか。道路脇のあちこちに重機が停められて、街路灯の光を浴びながら静かに眠っている。
地上から見上げる校舎は、改めて見ても高かった。この建物が四階まで飲み込まれる……確かに、想像を絶した。
校舎を出た時から、華ちゃんはまた懐中電灯を切ってしまっていた。行きは気付かなかったけれど、校地の隣には大きくて複雑に絡み合った何本もの煙突が生えている。もうすぐ解体される予定の仮設の被災物焼却施設だと、華ちゃんが教えてくれた。会話を交わしたのはそのくらいで、後はひたすら、黙って歩いた。
登り道の先に、民宿が建っている。民宿の見張らしがいいのは、それより先の建物がほとんど何もかも破壊され、流されてしまったからだ。今、私たちがこうして歩いている場所を、二年半前には瓦礫が漂っていた。
本当に、潰滅と呼ぶのに相応しい出来事だったんだ。
それなのに人々はまだ、海に近いこの場所に住んでいる。華ちゃんの使った怪獣の喩えで言えば、怪獣の眠っている真横で今も暮らしている──そういうことになるのだろうか。
大切なものを奪っていった海をいつも眺めながら、笑って前を向いて生きているんだ。
……私の疑問はいつしか、振出しに戻ってしまっていた。