序 ──この場所で
宮城県気仙沼市中部の、岩井崎。
小高い丘が半島のように突き出した形をした二つの岬の間には、すらりと美しい姿をした堤防が延びている。
打ち寄せる高波を受けて、真っ白な飛沫を跳ね上げる姿は力強い。自然の創り出した形と、人の造り出した形が、ここでは不思議に調和している。
そんな弧状の堤防に守られた陸地の一角には、今日もたくさんの花たちが寄り集まって葉を広げている場所がある。
海のよく見える場所だ。ここへ来るたびに、何度改めてそう感じただろう。
気仙沼市の中心部から、JR気仙沼線BRTに揺られて数十分。最寄りの陸前階上駅を下りてここまで歩いてくると、辺りをふんわりと漂う潮の香りが、自然に私の鼻腔に馴染んでいく感覚がする。海の近くに棲むって、こういう感覚なんだね。無言でそう、問いかけてみたくなる。
市街地の方の花屋さんで買ったたくさんの花束を、腕に抱えて。今日もまた私は、この場所を訪れる。
汗の匂いにも似た、穏やかな磯の香り。それから花たちの放つ芳しい香り。混ざりあってマーブルのようになった香りに、包まれて。
太平洋の向こうから渡ってくる青々とした海と。陽の光を浴びて一心に輝く、緑や赤や黄色の鮮やかな花たちと。たくさんの色に囲まれて。
『華の浜』──そう墨書された木の立て札が、その場所には立っている。
ずっと潮風を浴びているんだもの。一年前よりも少し、朽ちてきたかな。砂を払い落とした私は、買ってきた花束をその根本にそっと置いて、それから一歩、引いてみた。こんな風に置いてしまうと、なんだかここがお墓のように見えてしまう。
ダメだね。やっぱりお花は袋じゃなくて、地面に植わっていた方がよさそうだ。
くす、と思わず浮かんでしまった微笑みを、私はそのまま声に乗せてみた。
「また、来たよ」
不意に耳元を吹き抜けた秋初めの磯風のいななきに、ふと、懐かしいあの声を聞いたような気がした。