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私は薄暗い部屋に戻り壁に掛けてあるセーラー服に手をのばした。
去年、高校に入学して以来、ほとんど袖に手を通していないセーラ服。まだ、2、3回ぐらいしか着ていないと思う。
かろうじて着方は覚えていたものの、スカーフの付け方だけは忘れてしまったから諦めた。
そして、玄関のドアノブをゆっくり回した。
扉が開いた瞬間、冷えた空気が私を容赦なく包み込む。そして、外の明るさでやっと肩に積もる埃に気づいた。
埃を叩きながら見上げた空は、まさに陰鬱で私の心そのものだ。こんな日でも雫姉はあんなに元気が有り余っているのだ。不思議で仕方がない。
そういえば、吉田先生は今年から来た新任の先生だった。一度も会ったことがない。行けばわかるのだろうか。もはや、雫姉の方が詳しいだろう。
時刻は10時。普通であれば授業が始まっている時間だから、すれ違う人々に異様な目
を向けられる。
外に出ればいつもこうだ。娘一人に構う時間があればもっと有意義なことに使えばいいものを。
というのは単なる建前で、極力人と関わりたくないので、できれば今ここに蒼井葵は存在しない体でそっとしておいていただきたいのです。というのが本心。
私はそそくさとその場を立ち去り、ひとまず、第一関門を無事突破したのであった。
○ ● ○ ● ○
「やあ、蒼井さん!よく来たね。」
玄関に立つ長身の男。世間一般ではイケメンに部類される女子受けの良さそうな先生だった。頰の赤さからしてだいぶ前から立っていたのだろう。
「随分と暇なんだね。」
「僕、空き時間だったからさ。蒼井さんと会えるって思ったらいてもたってもいられなくて!」
口から飛び出るのは偽善者特有の言葉で、へらへらした口調でそれがより倍増している。
しかし、雫姉はこれを良い奴だという。いったい何を根拠にそんなことを言うのか。
「せっかく、学校に来たんだ。良い機会だから面談しよう。」
苛立ちが露わになりつつある私に、吉田先生は構わず続ける。
「話すことは特にありません。資料をください。」
問われることは概ね決まっている。
どうして学校に来ないのか。
そう問われるといささか答えにくい。なぜなら自分でもよくわからないからだ。
しかし、先生は首を傾げてこう言った。
「資料?なんのこと?」
と。
「は?」
「この前の学費についての手紙ならお姉さんにお渡ししたし …。今日は面談をするという話だったんだけ…あっ!待って!」
私は、目の前から発せられる情報をこれ以上聞きたくなくて思わず門の外に飛び出した。
雫姉は私に学校へ行かせるために、嘘をついたのか。「ごめんね。」はこのことだったのかと。絶望的な気分だった。
やっぱり、外に出るとろくなことがない。
学校付近にある駅まで走ってきた所で、後ろを確認したが、吉田先生が追いかけてくる気配はなかった。