陰謀
外は雨だった。
けど私はそんなことお構いなしに、おばあ様の許しも得ずに庭に出ていた。
冷たい雨が私の体を濡らしていく。
でもどんなに濡れようとも、この寂しい気持ちやテラへの想いは何一つ消えることも冷えることもない。
「……テラ」
私はテラの名を呼んだ。
もうそれは呟くと同じで、雨音で簡単にかき消されてしまっているだろう。
………駄目だ。
外で待っていてもテラは来ない。
それに私が体調を崩してしまったら、テラを迎えれない。
そう思った私は仕方なく、屋敷へと戻ることにした。
何とか扉を開けて屋敷に入ると、すぐ正面にはおばあ様が佇んでいた。
無表情ではなく呆れた顔で。
「お嬢様。まさかあの迷い人を迎えるために外へ出ていたのですか?」
「……そうよ」
「冷静になって下さい。以前お伝えしたように、もう迷い人は来ないと仰ったのです。だから体を壊すような真似はおやめください。私が困ります」
困る?
おばあ様が…?
………そもそもどうしておばあ様は私の世話をしているのだろう。
収入だってあったとしても微々たるものでしょうし、私を大事に思ってはいても私を愛してるようには思えない。
突然の疑問が私の中で膨らみ始めた。
「おばあ様、一つ質問してもいいかしら?」
「何でしょうか?」
「何故おばあ様は何年も私の世話を?」
おばあ様に対しての初めての疑問をぶつけた。
思えばおばあ様がこの屋敷に来る前、何をしていたのか、どんな経緯でここに来たのかすら全く知らない。
十一年も一緒にいるのに。
「お嬢様の亡きご両親に恩と忠義があるからです。だからご両親の代わりにお嬢様の成長を見届けるのが、恩を報いるためで務めだと思っています」
まるで用意してたかのように、おばあ様はそう即答してきた。
そのせいで私は何か釈然とせず、攻撃的な言葉をぶつけてみた。
「見届けるですって?私をこの屋敷に縛っているだけではないのかしら」
その言葉に対して、おばあ様は私の予想外の返答をしてきた。
「だから何なのです。それにご不満があるのですか?縛りつけられた人生の何が嫌なのですか?何も嫌ではなかったはずです。テラという迷い人に会うまでは…」
おばあ様に自覚があったのが驚きだった。
自覚というより、意図的に私を縛っていたかのような発言だ。
「えぇ。その通りですよ、おばあ様。テラに会い、私は変わったのです。もう私はただ受け入れるだけではありません」
そう言い放つと、おばあ様は冷たい目で私を睨んできた。
今までテラばかりに向けていた残酷な視線が、私に向けられている。
「心底呆れました、お嬢様。もうお遊びはおしまいのようですね」
「え?何を言ってるのおばあ様?」
静かに一歩一歩、獲物を狙っている猛獣のようにおばあ様は私に近づいてくる。
感じたことの無い初めての恐怖が、どこからか感じてくる。
でも感じたこと無くても何の恐怖か分かる。
この恐怖は身の危険によるもの。
何で身の危険を感じてしまうか分からない。
「お嬢様、ついて来てください。地下へご案内します」
「地下…?」
私の声は震えていた。
「ええ」
……屋敷に地下があるのは前から知っていた。
ただ、埃が体に良くないからと入らしてくれたことは一度もない。
おばあ様は答えたあと、私に見向きもせずただ地下室へ続く階段の場所へと足を進めた。
私は必死になって、おばあ様の早い歩調に合わせてついて行った。
私は地下の先に何があるかなんて何も知らない。
まるで自分の内臓のように、何が起きてどうなっているか予想も知ることもできないみたいに分からない。
だから私は余計なことは考えず、とにかくおばあ様の後を追う。
地下階段への入り口は厨房の近くにある重い扉で塞がれていて、扉を開けると下りの狭い石階段が続いていた。
その階段の奥を見れば見るほど意識が闇に呑み込まれそうなほど静けさと暗闇が恐ろしく、私は覗き込まないようにして、おばあ様の背中だけを見るようにした。
おばあ様はランタンを片手に、私と階段を降り始める。
だけど地下に入った瞬間、嫌な臭いが私の鼻をついた。
酷い湿気の臭いとかじゃなく、とても生臭い。
酷く生臭い。
とにかく生臭い。
奥へ行くほど生臭さが増して、私には臭いに慣れるのは到底不可能だった。
「おばあ様……、この臭いは何なの…?」
あまりの生臭さに訊いてみたけど、おばあ様は答えないで前へ進むだけだった。
まるで私の声など耳に入っていないみたいだ。
でもどうしても臭いが気になるので、私はもう一度声をかけた。
「おばあ様………」
「うるさいっっ!黙ってついて来なさい!!」
「…っ!!?」
おばあ様が一瞬だけ振り向いて激昂し、私は突然の怒声に反射的に身を震わせた。
初めて見た。
聞いたではなく、見た。
振り返った時のおばあ様の血走った目と、悪魔のようにおぞましい表情を私は確かに見てしまった。
私はあんなおばあ様を知らない。
今まで見たことない。
目の前にいる人がおばあ様じゃないように思えてしまうほど、別人のようだった。
私はこのまま奥へ行くと、知りたくないことや口では言い表せない嫌なことがあるような気がしてならなかった。
今になって引き返したい気持ちに囚われる。
しかし引き返してしまっては、取り返しがつかない気がする。
でもそれ以上に、おばあ様に背中を向けたくない。
背中を向けた瞬間、魂を奪われ、人間の皮が剥がされるような、恐ろしいことがされそうで向けることができない。
ただでさえ暗闇を背にしている今でも、心が恐怖に押し潰されそうな程なのに。
私の精神が恐怖で疲れてきたとき、ちょうど広めの部屋へ出た。
その部屋はやはり暗くて全体が全く分からないけれど、生臭さがより酷いのが嫌なほど分かる。
「お嬢様、この部屋です」
「…ここは何?」
「ここは物置のような所ですよ。お嬢様の大切なものが全てあります」
……私の大切なもの?
人物を除けば、私の本当に大切な物は両親の形見であるペンダントとローブだけ。
おばあ様は部屋の奥の方へ行き、ランタンで隅を照らした。
すると照らされたそこには………。
「え…いや……?!何なの……!おばあ様、それは一体………!!!」
私の顔は一気に青ざめた。
その物体を見た私の体は急激に冷やされたように体調が悪くなり、酷い吐き気がきた。
そのまま吐いてしまいたかったけど、私はその目で見える物体の本当の正体を知るために口を手で押さえ、無理やり吐き気を抑えた。
すると胃の中がグチャグチャと得体知れない生き物がいるみたいにかき乱される。
「教えて……おばあ様!それは何なの!?」
混乱する私と違い、私の問いにおばあ様はまるで何事もないように平然と答えた。
「何と言われても見ての通りですよ。骨ですよ。もっとも骨とは言っても鹿や熊ではなく、人骨ですが」
やはりその物体は人骨だった。
骸骨はそれなりの時間が経っているように見えるけど、私にはよく分からない。
でも問題はそんなことじゃない。
何で骸骨がこんな所にあり、しかも二人分の頭蓋骨があるのか不思議だった。
「その骨は誰なの…?」
「これですか?」
おばあ様は頭蓋骨を踏みつける。
そしてニヤリと口が裂けているように見えるほど頬を引きつり、酷く澱んだ目を見開いてこちらに顔を向けてきた。
「何てことはありません。これはお嬢様のご両親ですよ」




