再来
いつの間にか私の中で、外に対する強い欲望が溢れてた。
長い間私は外を見ながら外の世界を妄想していたけれど、何か見慣れない動物が屋敷に向かって走ってきたのが視界に入り、我に返った。
何だろう?
遠くて見づらいけどその動物には人が乗っている。
誰なのか視認しようと目を凝らすが、その人は帽子を被っていて、上からでは顔がよく見えない。
その人は帽子の先を指で掴み上げながら、こちらを見上げた。
その時、その人の顔が見えて、思わず私は声をあげる。
「あっ…!」
テラだ!
私は心の中で歓喜した。
嬉しさのあまり私は椅子から勢いよく立ち上がり、最高の笑顔を浮かべてしまう。
テラが会いに来てくれたと思うと、居てもたってもいられない。
だから私はテラに会いに行こうと、慌ただしくすぐに部屋から出て行った。
この時、不思議とおばあ様に怒られるなど考えていなかった。
それどころか自分が風邪であることすら忘れていたほどだった。
テラと話したい。
そんな一心で私は玄関ホールへ向かった。
しかし向かう途中、運悪くとでもいうべきか、おばあ様にばったりと出会ってしまった。
「お嬢様!」
叫び声に似た驚きの声をだしたおばあ様は今までに無いくらい目を見開き、呆然と口を開けていた。
こんなおばあ様のみっともない顔を見れたのは、人生で初めてな気がするわ。
「あぁ、おばあ様ご自愛なさらなくてごめんなさい。でも、急いでいるの」
そんなことを言っても当然おばあ様は納得せず、顔をしかめた。
「どうしたのですか?今度は盗賊でも見かけたのですか?」
「違うわ。テラさんが来たの!またここに!」
思わぬ出来事に興奮してしまい、つい声が大きくなる。
するとおばあ様は小さくふっと一息つけて、いつもの落ち着いた様子で私に言いつけてきた。
「いいですか、お嬢様。教えなかった私がいけなかったことですが、お客様を迎え入れる時は身だしなみを整えて、落ち着いて丁寧にお願いします。動作の指定まではありませんが、賢いお嬢様なら分かるでしょう?」
……落ち着いて考えればおばあ様の言ってることは、すぐに分かることだった。
服は昨日から同じで、髪も整えていない。
これでは汚らしくて、テラにとても失礼。
「分かりましたわ、おばあ様。私はすぐに身だしなみを整えてきます。風邪なのは大目に見て下さい」
「かしこまりました。では迷い人は応接間にご案内しておきます」
「ありがとう」
私は方向転換し、自分の部屋に戻ることにした。
すぐに私は身だしなみを整え終わると、途中軽いめまいに襲われながらもすぐに応接間へ向かった。
「お待たせしました」
扉を開けると長方形の木のテーブルを挟むように、向かい合っているソファの片側にテラが座っていた。
そしてもう片側のソファにおばあ様がいる。
近づいてテーブルに目をやると、上にはあの苦い紅茶が入ったカップとポットが置いてあり、昼過ぎでもあるためか軽食も置いてあった。
けど、手を出した様子はない。
「こんにちは、セイナさん。もう大丈夫なのかい?」
テラが昨日と変わらない様子で、優しい口調でそう尋ねてきた。
相変わらずテラを見てると、温かい気持ちにさせられる。
私はおばあ様の隣に座ってから、余計な心配をさせないように無理して笑顔をつくった。
「少なくとも今は大丈夫ですよ。不思議と調子が良いんです」
「そうか。でも無理はよくないよ」
「えぇ、よく存じています。それよりテラさん。何ですぐにここへ来たのですか?」
テラは軽く笑いながら座り直す。
「実はセイナさんが風邪だと聞いて、急いで帰って街から薬を持ってきたんだよ。どうやら余計なお世話だったみたいだけどね」
「あ、いえ……、そんなことなかったと思います。薬の在庫が少なくなってきていたでしょうから。ありがたいですよね、おばあ様」
私はおばあ様に顔を向けて、無理に同意を求めた。
するとさすがのおばあ様も会話の流れを読み、無表情でだけど頷いてくれる。
「ええ、ありがたいです。調合するにも大変な手間が必要ですし、材料を採っている間はお嬢様を一人にしなくてはいけないので」
つまりあくまで私が心配だからテラの行為はありがたい、ってことね。
感謝をしているのはとても良いことだけど、何か釈然としない。
もしかしたら単に私がテラに気を遣い過ぎて、そう感じているだけかもしれないけど。
「あ…」
テラは突然何かを思い出したように短く呟き、少し間を空けてから話し始めた。
「そういえばセイナさんにプレゼントがあるんだ。今、馬にかけてあるから取って来るよ」
そう言うとテラはソファから立ち上がり、おばあ様が付き添いとして一緒に応接間を出て行った。
プレゼント?
テラが私に?
なんだか恥ずかしいな。
プレゼントなんて初めてだからかな。
それよりプレゼントって一体何だろう?
もしかして街の物かな。
だとしたら何だろう。
私はワクワクと胸をときめかせながら想像を膨らました。
興奮をし過ぎたせいか、軽い目眩と頭痛が私を襲った。
それだけで私には景色が歪んで見えてしまい、体力の無い私は辛くてそのままソファに倒れてしまおうかと思った。
だけど今倒れてしまったら、戻ってきたおばあ様とテラが驚いてしまう。
そう思うと倒れるわけにはいかず、私は何とか平然を保とうと胸を押さえながら深呼吸を始める。
「---ふぅ……」
しばらくしそうしていると、心なしか容態が落ち着いてきた。
そして力んでいた私の手は安心したと同時に、掴んでいた胸の辺りをスルリと離れた。
……何だかおかしい。
目眩とかは落ち着いたけど、今度は体全体に力が入らない。
ここまでぐったりとしてしまうなんて、ただの風邪ではなく何かの病だと思わされる。
汗が……額からにじみ出る。
そんな状態の私を見られたくは無かったけど、ちょうど戻ってくるテラとおばあ様の足音が聞こえてきた。
戻ってくるのは嬉しいけど、正直タイミングが悪い気がしてならない。
また、テラに不安にさせちゃうかな。
私がそんな心配をしていると、何事もないように扉は至って普通に開かれた。
「……お嬢様?」
始めに私の調子に気が付いたのは、先に入ってきたと思われるおばあ様だった。
おばあ様は早足で私に近づき、いつもの冷静な表情で私を見つめて顔に触れてきた。
「……こんなにもお顔が熱い。少し無理をし過ぎましたね。やはり部屋に戻りましょう。安静にしなくては」
私に有無を言わさず、おばあ様は私を抱きかかえようとしてきた。
するとその様子を見かねたのか、テラが丁寧に一声かけてくる。
「私が連れて行きましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
おばあ様はキッパリとそう答えた。
やはり態度が冷たいのね。
私の意識はぼんやりとしているけど、今の口調で十分にそう感じ取れる。
おばあ様はテラが予想していたよりもずっと容易く私を抱きかかえ、扉は器用におばあ様自身が開けて応接間から出て行った。
まるで言葉だけではなく、行動でもテラのお節介は無用だとおばあ様は示しているみたい。
でも一見冷静に思えるおばあ様は内心焦っているのか、少しばかり駆け足で進んでいく。
もしかしたら本当はテラの手助けが欲しくても、単に屋敷を仕切っているという立場でのプライドが許さないのかもしれない。
よく考えてみれば、おばあ様はいつもそうだ。
私が何もできないとは言え、全ておばあ様が仕切っている。
私には何も言わず………。
本当に…何も言わない…………。
私の寝室に着くと、おばあ様は素早く丁寧に私をベッドに寝そべらせる。
「お嬢様。今は必要な薬を持ち合わせていませんので、取りに行かせて頂きます。お客様、大変申し訳ありませんが私が戻ってくるまでお嬢様を看ておいて下さい」
おばあ様は初めて、テラに頼った。
でも頼ったというより、緊急時の建て前のようにも思える。
「分かりました」
テラがそう快く引き受けると、おばあ様は急いで寝室から出て行く。
つまり今の寝室にいるのは当然私とテラだけだ。
なんだか不思議と恥ずかしいような気持ちになる。
「セイナさん、どうやら私のせいで無理をさせたみたいだね。すまない……」
テラは近づいて申し訳なさそうな表情で、いつもより低めのトーンで謝ってきた。
それに対して私は何ともないように笑顔を見せようとしたけど、上手く表情は作れず、首を横に振ることも叶わない。
その時、私の視界が朦朧としてさっきまで気づかなかったけど、テラがとても大きな紙袋を持っていることに気が付いた。
私がその紙袋に視線をやるとテラは気が付いたようで、紙袋の口を開けだした。
「あぁ…、これをセイナさんにあげようと思っていたんだ。こんな時だけど、受け取ってくれるかい?」
テラが紙袋から取り出したのは、五十センチほどの可愛らしいクマのぬいぐるみだった。
私はそれを見て思わず本心から喜び、自然と微笑んだ。
作り笑顔はできなくても、本当に嬉しい時は肉体的に苦しくても笑顔ができてしまうんだね。
何とか私が手を差し出すと、テラは喜んで私にクマのぬいぐるみを手渡してくれた。
心が落ち着く優しい温もりがして、ふわりと触り心地がとても良い。
一体何の素材でできているのか分からないけど、かなり高い技術で作られているのは分かる。
「あり……がとう」
私がぬいぐるみを抱きかかえながら礼を言うと、テラは私以上の優しい微笑みを浮かべた。
「なに、礼には及ばないよ。私は外の世界の極一部を見せてあげただけさ。何より君が喜んでくれたら、私はそれで十分だ」
そう言って、テラは私の手に軽く触れてきた。
「今回は無理だが、次は是非君を外の世界へ連れ出したい。だからゆっくりと眠るといい。起きていては病は治らないからね」
「はい……」
私が力無く呟くように返事をすると、テラは私の応答に笑顔で返してきた。
テラは私に眠るように促してきたけど、眠りたくない。
だって起きた時にはテラがいない気がするから。
おばあ様が薬を手にして戻ってきたら、きっとテラは帰ってしまう。
まだちゃんとプレゼントのお礼を言えてないのに。
テラのおかげで、こんなに私が嬉しい気持ちになっているのを伝えたい。
今日はまだテラと沢山お話していない。
だから話したい。
そしてテラと一緒にいたい。
私は無性にテラを恋しく思っていた。
それだけではなく、いつの間にか私はテラを強く求めている。
この気持ちは何か分からない。
とにかくテラがここに居なくては、私の心が脆く崩れ去ってしまいそうだった。
帰ってしまうと思うと、胸の内が酷く痛い。
これは病のせいじゃないと、私にですらはっきりと分かっていた。
全てはこのよく分からない気持ちのせいだ。
そう、きっと私は……テラのことが…………。
「テラさん……」
「…どうしたんだい?」
私の弱々しい呼びかけにテラは気が付いてくれたようで、耳を傾けるように顔を少しだけ近づけてきた。
「次、来たとき…外の世界に連れて行くって………、誓って欲しいの…」
「分かった。……君の信ずる神にでも誓えばいいかい?」
「いいえ、私の唇に……誓いと…誓いの証を……」
おそらくテラは私の言葉の意味が分かるはず。
恥ずかしい気はするけど、こうでもしなければ私は寂しくて頭がおかしくなる。
「お願い…テラ」
私が懇願すると、テラは黙って私に顔を近づけてきた。
変なことかもしれないけど、なんだか少し怖い。
「目は瞑るといい」
私は言われるがままに、言葉に従って目を瞑る。
視界が暗闇に覆われて、できるだけ何も考えないようにした。
考えたとしても、テラのことだけを頭に思い浮かべよう。
今は外の世界や病のこととかはどうでもいい。
テラから与えられる安らぎだけが欲しい。
テラのことばかりを考えていると、気が付いたらもう私の唇はテラの唇に触れていた。
私が思っていたより誓いの口づけは、優しさも何も伝わってこない。
でも、テラと一緒にいるというのは確かに認識できた。
「……っ」
元から息苦しいせいもあり、すぐに唇は離れてしまった。
けど私には一瞬でも十分なほどに幸せ。
「病気、移してしまったら……ごめんなさい」
「大丈夫。私は丈夫な体の持ち主だ。病気ぐらいなんてことはない。それより、もう眠るといい。無理はよくない」
私は今度はその言葉に従い、眠ることにした。
もう不安はない。
テラは私を外に連れていってくれる。




