セイナとテラ
食事は晩餐とは言え、とても質素なもの。
アンティパストにちょっとした肉料理、そして塩辛いスープぐらい。
ちなみに魚料理はたまにしか出ない。
それは単におばあ様が魚を獲る技術と知識が乏しいからで、川があるし別に採れないわけではない。
街についてのちょっとした談笑をしながらで食事は終わり、テラは笑顔で私達に向かって小さく頭を下げた。
「とても美味でした。ありがとうございます」
それはどちらかというとおばあ様への賛辞だったけど、やはりおばあ様はそっけない様子だった。
おばあ様はいつもは優しいのに、何でテラにはあんな態度なのだろう。
客人とはいえ、迷い人だから?
私にはよく分からない。
「テラさん。この後、私の部屋に来て下さいますか?」
私がそう頼むと、テラだけではなくおばあ様も僅かながら驚きの表情を見せた。
私、何か変なことを言ったのかな。
「え?」
「突然で申し訳ありません。よろしくないでしょうか?」
「いや、私は全く構わないよ。ただ………」
テラはおばあ様へと視線を向けた。
私はその意味を察し、私もおばあ様へと視線を向ける。
するとおばあ様は視線を落としたまま、厳しい口調で答えてきた。
「お嬢様。いくらご好意でも見知らぬ人を部屋に招くのは、些かどうかと思われますよ」
つまりおばあ様は私の誘いには反対。
でも、どうしても私はテラと話したい。
一生に一度来るか来ないかの客人だからね。
「おばあ様、もし気になさることがあってそう仰るならご心配なさらないで下さい。少し話すだけです」
私は普段しない真剣な目で、おばあ様を強く見つめた。
いえ、それは睨みつけたに近いかもしれない。
「………」
「………」
おばあ様も鋭い目で私を見返し、そのまま沈黙してしまう。
この調子だと埒があかない上に、テラが困っちゃうよね。
何より、厳しいけど大好きなおばあ様と言い争いになるのは一番嫌だ。
「お願いです、おばあ様」
真剣な目からはうって変わり、私は哀れみをかけて欲しいような目で弱々しく懇願した。
するとおばあ様は少々呆れ気味に浅いため息を吐き、さっきとは違って優しく言ってくれた。
「分かりました。ただし、同じ部屋で眠ることだけはおやめ下さい」
そう許しが出ると、私はつい心底からの明るく嬉しい気持ちを表情に出した。
「大丈夫です。それは重々と承知しています」
おばあ様から了承を得ては、すぐに私とテラは席を立った。
私はランタンを片手にテラを連れて、暗い廊下を静かに歩き進んでいく。
廊下には雨音と私とテラの足音が鳴り響いた。
「テラさん、こちらです」
私は自室の前に着くと素早く扉を開け、先に部屋へと入り込んだ。
そして流れるように後からテラも部屋に入ってきて、その後はジッと部屋を見つめて黙ったまま。
そのままテラは何か探すように周りを見渡す。
外見は立派な屋敷なのに、中は大して何も無いのが不思議なんだろうね。
「……殺風景ですよね」
苦しみ紛れのような微笑みを浮かべて私がぼそりと呟くと、テラはハッとして慌てたように言ってきた。
「あ、いや。まぁ…、そうだね。しかしこういうのも悪くないよ。とある東の国の言い方では趣がある、って言う雰囲気だ」
「趣、ですか?」
テラの言葉の意味は全く理解できないけど、私に気を遣っているのはすぐに分かった。
初対面の人に気を遣わせてしまうなんて、失言だったかな。
「それにしても、他国についてよく知ってるのですね。素晴らしいです」
そう言いながら私が椅子を近くへ移動させると、テラは軽い笑顔を浮かべながら勧められるがままに椅子に座り込んだ。
「実は他国へ行ったことがあるんだよ。とは言っても父親の後をついていったようなものだ。それに幼かったから、残念ながら覚えてないことも多い」
そう言って、小さく乾いた笑い声をあげて苦笑した。
つられて私も苦笑したけど、もう一つの椅子をテラの前へ移動させながら質問を続けた。
「どれほど遠くへ行ったのですか?」
私はテラと向き合うようにして椅子に座る。
それからテラは両手を組み合わせて、少し考えながらゆっくりとした口調で答えてくれた。
「そうだね……。ここからだと、ずっと南東にある諸島までだな。約八年ぐらいの旅だったよ」
「八年もですか?」
「いや、僅か八年さ。ほとんど世界一周したようなものだから、たいした期間じゃない。むしろ相当早いぐらいだね」
少し得意げな口調でテラはそう教えてくれた。
「そうなんですか。それでも楽しかったんじゃないですか?」
「そうだな、しかし楽しいってより興奮したよ。自分の世界が広まったみたいでね。何よりこの国には存在しないものが沢山あったのが、一番の驚きであり面白みだったかな」
自分の世界が広まる………。
私の世界の広さは屋敷と庭ぐらいで、テラのような旅はとても羨ましい。
自国の街ですら私には遠い国のようなもので、その街には全てがあると思っていた。
でも、そうじゃない。
私も、外の世界へ行ってみたいな。
私達の話はどんどんと弾んでしまい、真夜中まで続いた。
こんなに長時間会話をするなんて、きっと一生無いだろうな。
そんなことをふっと思ったとき、テラが手で口を隠しながらも大きくあくびをした。
「ん、失礼」
「あ、いえ。お疲れでしょうに長話をさせてしまい、ごめんなさい。すぐに寝室へご案内します」
「悪いけどお願いするよ。セイナさん」
不意に名前を呼ばれると、胸が高鳴る恥ずかしさ混じりの違和感を覚えた。
そして思わずテラに背中を向けて、はしたない表情を見えないようにする。
名前を呼ばれるなんて実に十年以上ぶり。
自分の名前を聞けるって、意外に嬉しいことなんだね。
私はランタンを手にとり、テラを連れて部屋を出て行った。
廊下は当然しんと静まり返っており、とても薄暗くて少し寒い。
暗闇が苦手な私に妙な不安を与えてくる雰囲気で、見慣れた建物内でもちょっと怖い。
「ついて来て下さい」
私は静かに先へと進み、ランタンの灯りで廊下を照らす。
それからテラと歩き出せば、コツコツと靴と床のぶつかる音が寂しく響き渡っていく。
たまに後ろの様子を見ると、真っ直ぐ前を見ているテラと目が合ってしまう。
暗いとはいえ、つい照れてしまう私は視線を逸らすために前へ慌てて向き直り、壁に絵画が飾ってないのを後悔する。
だって絵画があれば見栄えは良いし、何よりテラの目線は絵画に向けられるからね。
そうすれば目線が合わないから、くすぐったい気持ちにはなることはない。
でも絵画があったら、暗闇の時には十分なホラー演出となって夜になれば私は廊下を歩けない。
怖いのはとっても苦手だから。
「こちらです」
私は昔の執事達が使っていた部屋へと案内して、ランタンをテラに差し出した。
この部屋はずっと使う必要がなかったため灯りはなく、もしかしたら私の部屋より家具が無いかもしれない。
しかしおばあ様が掃除をしているから、使わないからといって汚いことはないはず。
「では、何もありませんがごゆっくり」
テラがランタンを受け取ると、灯りではっきりとテラの姿が見えた。
「ああ、わざわざありがとう。それじゃあ、お休み」
「はい、お休みなさい」
私は丁寧にお辞儀すると、テラもお辞儀で返してきた。
そして部屋に入ったテラが静かに扉を閉めると、寂しい廊下へ私は取り残される。
ふぅ、と息を吐き、私はぼやいた。
「困ったな、灯りがない…」




