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お嬢様とおばあ様

ある国の、山奥に建てられた大きくて古びた屋敷。

私はそこに住んでいる。

屋敷の中は最低限の家具類しか置いておらず、とても味気ない。

だが住み慣れてしまっている私には、屋敷自体の造りが豪華な雰囲気もあったので、特に嫌に思ったり不便に感じることは無かった。

そんな何もないような屋敷で、おばあ様と私の二人暮らし。

おばあ様と言っても、血の繋がりは全くない。

私が勝手におばあ様と呼んでいるだけ。

そして私には両親がいない。

私が五歳の頃に事故で死んでしまったらしい。

らしい、というのはおばあ様からそう口伝されただけだから。

おばあ様が言うには、山火事で焼かれてしまって死体すら見つからなかったそうだ。

その時、私は山火事を見たことがなくてどういうものか分からなかったが、死体が残らないほどまでに焼き尽くすというのを小さかった私はそう認識した。


おばあ様との二人暮らしが始まったのも、両親が死んでしまってからだ。

身の周りの世話をしてくれる人は他にもいたけれど、両親が死んだせいか、みんな街に帰ってしまったらしい。

恩義があるわけでもないから、当然だと思う。

そんな寂しい屋敷でするおばあ様との二人暮らしが始まって、もう十一年が経とうとしていた。


私は木製のタンスやベット、テーブルぐらいの家具しかない広い自室の椅子に腰をかけ、雨で濡れているガラスの窓を通して、外を眺めていた。

外を見ている私のバイオレットの瞳には、外の天気の灰色と降り続ける大量の雨を映している。

私は雨は嫌いだ。

だって、大好きな外へ出れないもの。

でも私の体が弱いせいか、外と言っても庭までしかおばあ様は出してくれない。


「はぁ………」


私は思わずため息を吐き、ガックリとしたように深く頭をうつむかせた。

さらに自分が着用している白のローブを見て、少し悲しくなる。

今着ているローブは、二つしかない両親の形見の一つ。

もう一つは、首にかけてペンダント代わりに使っている両親の写真が入ったロケットだ。


私は虚しい気持ちになりながらもロケットを開けて、両親の写真を見る。

写真の中の母親はずっと優しい笑顔を浮かべていて、私と同じ綺麗な金色の長髪で、瞳は異色のレッド。

父親はかなりの長身でとてもたくましく、真面目な顔で写っていて、とても短い金髪に鮮やかなブルーの瞳をしている。


「あぁ、お母様とお父様。もう一度私にお話を聞かせて………」


私は両親との少ない記憶を思い出して、涙を流しながらそっとロケットペンダントを手で包んで抱き締めるように胸に当てた。

私が感傷に浸っていると、無粋にもドアからノック音と共に私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

軽く三回のノック音、そしてどこかしっかりとしている女性の声。


「お嬢様。ご夕食の用意ができました」


この声はおばあ様だ。

とは言っても屋敷には私の他におばあ様しかいないから、おばあ様の声なのは当然なのだけれど。


「分かったわ、おばあ様。すぐに行くから食卓で待っていてちょうだい」


「かしこまりました」


おばあ様は扉越しにそう言って、向こうへ歩いて行く足音が聞こえてきた。

おばあ様が去ってから私はロケットを閉じて、素早くローブの中にしまい込んだ。

そしてカーテンを閉めようとした時、外で何かが動いているのが見えた。

最初はウサギか狐が雨で慌てているのかと思ったけれど、どうやら違うみたい。

だってその何かが、のそりのそりとお屋敷に向かってやってきているんだもの。

もしかして……熊?

目を凝らすけど、雨と暗さで影絵のように見えて正体が分からない。

熊だったらどうしよう。

お屋敷の周りには高い塀があるけど、とても木登りが得意な熊だったら簡単によじ登られる。

私はランタンを手に取り、慌てて部屋を出た。

薄暗い廊下と階段を少し急ぎ気味に駆けていき、すぐに食卓に向かっておばあ様を呼んだ。


「おばあ様!おばあ様どこにいます!?」


私が息荒くしているという事を下品に感じたのか、おばあ様は困り顔というより呆れた表情でひょっこりと姿を現した。


「お嬢様、そんなに慌ててどうしたんですか?」


私はおばあ様を見つけたことにより少し落ち着き、息を整えながら言った。


「外に熊らしき生き物がいるわ」


「熊らしき生き物?……あぁ、はい。分かりました。お嬢様は食堂で待っていて下さい。私が様子を見に行きます」


おばあ様はそう言うとすぐにフード付きのコートを身に纏い、猟銃を準備した。

そしておばあ様が外に出て行こうと玄関の扉に手をかけた時、私は後ろから出掛ける様子を見守った。

するとおばあ様は扉から手を離し、私に微笑んで言った。


「安心して下さい。すぐにお戻りしますので」


「おばあ様、気を付けて」


「はい、気を付けます」


おばあ様はそう言って扉を静かに開けた。

そして身を闇に溶け込ませるように、ゆったりと静かに雨の中へ足を進めて行ってしまう。

おばあ様は外に出ると扉を閉めて、外の様子が全く分からなくなった。

私はおばあ様の身が心配だったが、ここで待っていると怒られると思い、私は仕方なく言いつけ通りに食堂へ歩いて行った。

私はロウソクの灯りに照らされている食堂で、しばらく黙って椅子に座っていた。

屋敷内に鳴り響く外の雨の音がよく聴こえてきて、妙な寂しさを感じさせてくる。

そして落ち着かなくなって、私が席を立ったときだ。


ガチャリ、と玄関が開く音が私の耳に届いた。

おばあ様が帰ってきたんだ。

私はそう思い、駆け足で食堂から出て玄関に向かった。

すると玄関には、猟銃を壁に掛けてコートを脱ぐおばあ様がいた。

でも、居たのはおばあ様だけじゃない。

おばあ様の後ろには素敵なコートを着た背の高い人が………。

その人は帽子を深く被っているため顔がよく見えない。

おばあ様は私の方を見ると真剣な眼差しで、後ろにいる人について説明してきた。


「お嬢様、迷い人です。温かいお飲み物を用意したいので、暖炉の方へ案内して頂けますか?」


「分かりました、おばあ様」


私は背の高い人に近づき、軽く頭を下げて一礼をした。

するとその人は濡れた帽子を手に取り、同じように頭を軽く下げてくる。

私はその人の顔を見て少し驚いた。

男の人だ。

鮮やかな青い瞳をしていて、金色の短髪。

そして男らしく体格がガッチリとしていて、若者みたく幼さはあるものたくましい雰囲気を纏っている。

私は男性から帽子とコートを受け取って、暖炉が設置されているリビングへ案内した。

男性は黙って私の後について来て、リビングに入ると少し待つよう私は男性に言った。

急いで暖炉の火の強さを調整して、木の椅子を暖炉の近くに移動させる。


「どうぞ。お座りください」


「ああ、どうもありがとう」


男性は微笑んでお礼を言ってから、椅子に座った。

素敵な人だな。

素直にそう思った。

私は男性の帽子とコートを壁のフックに掛けて、リビングから出ようとしたが、男性は私に声をかけてきた。


「君はここであの婦人と二人暮らしなのかい?」


「あ、はい。私が小さい頃に両親が山火事で亡くなってしまって……」


「ん?山火事……?この近くでかい?」


「はい。私はそう聞いていますが」


「……そうか。そうだとしたら気に障ることを言ってしまったね。無神経ですまない」


この人は優しい人だな。

今の時代、女性にこうまで気を遣うなんて。

平等主義者なのかな。


「いえ、大丈夫です。えっと、その……街の人ですよね?」


「そうだよ。それが?」


「え、あの……。街の人は珍しいもので……、こんな所に人が来ることなんてありませんし」


「あはは、そうだろうね」


そう言って男性は優しく笑った。

男性は暖炉で燃え盛る炎を見ながら、私に質問をしてきた。


「君は街に行ったことはあるかい?」


「いえ、ないです」


「そうか。なら少し街の話をしてあげようか」


「本当ですか!?」


それを聞いた瞬間、私は興奮し、心の底から喜んだ。

街にはとても興味があったが、一度も行かずに命尽きてしまうと思っていたからだ。

私は男性の向かい側にもう一つの椅子を置き、丁寧に座り込む。

そしてソワソワと落ち着かない様子ながらも、私は男性の話に耳を傾けた。


「私が住んでいる街は大きな所でね。沢山の大きな建物に沢山の売店で賑わっているんだ。そして広場には大きな噴水があり、そこでは旅芸人が様々な芸をしている。空を見上げれば鳥が舞い、石の道には馬車が走っていて、たまに家畜の動物が歩いていたりもする」


それだけを聞くと私の頭の中では、この男性が住んでいる街はとても賑やかで楽しそうに思えた。

それに栄えていて、沢山の人の出会いとふれ合いがある。

やっぱり街に行ってみたい。

男性は街の話を続けて聞かせてくれた。

祭りや行事、私が知らないような様々な食べ物などについて。

それで私が嬉しそうに聞いてるのを見てか、男性はこんな質問をしてきた。


「今度、私と街に行ってみないか?」


「え…!?」


ドキッとした。

街に行こうと誘われるなんて思ってもみなかったからだ。

思わず私は街道を歩く自分の姿を想像して、胸が高鳴る。

行きたい。

私はそう即答したかった。

でも、そう答えてはダメ。

だって……。


「とても嬉しい申し出ですが、ご遠慮させていただきます」


「どうしてだい?さっきの君を見てると、街に行きたそうに見えたんだが」


「本心を申し上げますと、行きたいです。でも、駄目なんです。おばあ様が許しませんし、私は体がとても弱いですから」


「………そうか。なら無理にはとは言わないよ。見知らぬ男性と一緒に、街に行くわけにもいかないだろうからね」


「すいません」


私はせっかくの申し出に悪く思い、謝りの言葉を口にしながら小さくお辞儀した。

すると男性は優しい表情で、私を許す言葉をかけてくれた。


「大丈夫だ、私は気にしていない。まぁ、迷惑でなければまた誘うよ。その時は婦人に許可をもらっておいてくれ。もし駄目なら私からも頼むことにする」


「そんな……。また屋敷に来るなんて大変ですし、そんなに迷惑をかけられません」


「あはは、いいんだよ。これは私のワガママだ。だから君が悪く思う必要はない」


この方は本当に優しい人だな。

街への興味は常に大きいものだけど、この男性にも多少の興味が湧いてきていた。

おばあ様から聞いていた話では、もう少し雑で乱暴な男性をイメージさせる話が多かったからかな。

それにこの男性はよく見ると少しお父様の顔に似ていて、温かい気持ちにさせられる。

ちょっとした沈黙が流れてしまってもいたので、私は何となく質問をしてみた。


「あの、お名前を聞いてもいいでしょうか?」


尋ねると、少し視線を落としていた男性は私に再び顔を向け、優しい微笑みを浮かべた。

そして気兼ねなく答えてくれる。


「名前かい?いいよ。私の名前はテラだ。よろしく」


テラ、ちょっと変わった名前。

フルネームで言わないのは何でだろう?

言えない事情でもあるのかな?

私がそう疑問に思っていると、テラは言葉を続けた。


「君の名前は?」


「あ、はい…。えっと、私はセイナ・ミィラ・ルミエルです」


自分の名前をこんなはっきり言ったのは初めてかな。

ずっと屋敷に住んでいるから、誰にも言う機会が無いからね。

私の名前を聞いたテラは少し驚いた表情を浮かべて、慌てたように早口で言ってきた。


「ミィラ?有力だった貴族の名の一つじゃないか。どうりで立派な屋敷に住んでいるわけだな」


そう、私の家系は有力な貴族だったらしい。

生まれた時からこの屋敷に住んでいるためそんな自覚は全く無いのだけど、おばあ様から聞いた話では、お父様とお母様は街で貴族の中でも上流階級だったみたい。

それがどうしてこんな山中に屋敷を建てて住んでいるのかは、おばあ様と私には分からない。


「そうみたいですね。今では廃れてしまっていて平民並の生活ですが」


「ふむ?でも、廃れたと言っても財産はあるだろう?」


「財産なんて…、僅かも無いはずです」


生活に関しては全ておばあ様が管理しているため確信は無かったけど、たまにおばあ様が困った顔を見せるからおそらくそうだと思う。


「それは妙だな。皇帝との約束は破棄されてるのかい?」


「……え?約束とは何ですか?」


「知らないのかい?有力の貴族は廃れようが、一定の財産が国に支援されているんだよ。特に強い権限を持つ貴族を、簡単に失うわけにはいかないからね」


「そうだったんですか」


初耳だ。

けどその話が本当だしても、屋敷は確かに立派な造りはされていても装飾されているわけじゃないから外装が豪華ではないのが妙だ。

この屋敷を建ててから、お父様とお母様はその皇帝との約束とやらを破棄してしまったのかな。

それにしても何でテラはそんなことを知っているのだろう。

街では常識なのかな。


「あの……」


私が口を開いた時、この部屋と玄関ホールを繋ぐ扉が重く開かれた。

その開かれた扉から入ってきたのは、ポットやカップを乗せたワゴンを手押ししてきたおばあ様の姿。

おばあ様は部屋に入ってくると丁寧に扉を閉め、ワゴンをテラの近くに置いてから私の方へ軽くお辞儀した。


「お嬢様、ご案内ありがとうございます。ご夕食になさってもよろしいですよ」


「分かりました。でも私はこの方のお話を聞きたいので、もう少しここに居させて下さい」


「かしこまりました」


おばあ様はもう一度私にお辞儀し、顔を上げれば淡々と機械のようにポットから小皿に乗っているカップへと紅茶を注いだ。

そしてそのままカップをテラに差し出す。

そういえばおばあ様手製の紅茶は相当苦いらしいけど、テラは予想外の味に噴き出してしまわないか心配だ。

そんなことがあったら誰でもそうかもしれないけど、おばあ様が内心激怒してしまう。


「どうぞ」


「ありがとう御座います」


テラは愛想よくカップを受け取り、早速カップを口につけた。

私は慣れているため分からないが、客人に出した紅茶とは言えおそらく苦いはず。

しかしその割にはテラは苦いのを表情に出さない。

我慢しているのか、おばあ様がいつもと違う紅茶をだしているのか、分からない。

テラはカップから口を離すと、おばあ様に対して見ていて心落ち着くような優しい微笑みを見せた。


「味は苦めですが、後味が心地よくてとても良い香りですね。雨で濡れて不愉快だった気持ちも、すっかり忘れさせられます」


「ありがとうございます」


テラの賞賛に、おばあ様はいつもの真剣な表情でお辞儀をするだけだった。

お世辞なのは私でも何となく理解できるけど、テラだと本心から言っているように思える。

そんなことを考えながら私は紅茶を飲むテラの姿を見ていると、あることを唐突に思いついた。


「そうだわ、おばあ様。この方をご夕食にお誘いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


私がそう提案するとおばあ様は困った、というより嫌そうな顔を露骨ではないが浮かべた。

おそらくその態度の変化は、長年一緒にいた私でないと分からない変化。


「…その男性が構わないのなら」


「ありがとう、おばあ様。テラさん、勝手なお誘いですが、ご夕食を一緒にどうでしょうか?」


断るのも悪いと考えているのか、テラは渋りながらも答えた。


「…そう、だね。お言葉に甘えさせて頂くよ」


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