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  作者: 木下秋
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 ここに、彼の恋愛遍歴を晒す。



 幼稚園時代。五才の時、はじめて彼にはすきな人ができた。彼にっての初恋だ。しかし、これは想いを告げずに終わる。進学先の小学校が、違かったのだ。


 小学校時代。彼は六年間ずっと同じ人に想いを寄せていた。しかし、これも告げることなく終わる。進学先は、違う中学校だった。



 以上。これが彼の人生においての、ささやかな恋愛遍歴だ。彼は誰にも告白することなく、誰かから告白されることもなく、気付けば二十四になっていた。つまり、彼は別に誓いを立てずとも、恋愛に縁が無かった男なのだ。だから彼は、ただひたすらに自分の夢を叶えるためだけに生きれば、それでよかった。ただ、今回予想外のことが起きた。まさか、彼が誰かをすきになろうとは。



 中学校以降ずっと、誰かをすきになることが一度も無かったわけではない。そこはモテない男にはありがちな話だが、アイドルに夢中になっていた時期などがあった。しかし、虚しさに気付いて熱は数年前に冷めた。普通に身の回りにいる人をすきになったのは、十数年ぶりのことだった。彼自身、動揺していた。


 避けようのない出来事だったのだとも思う。音楽においても物語においても、それは何においても言えることだが、“すき”という感情は理性でもってコントロールできるものではない。気付いたらすきになってしまっているものであって、自分の意思によってどうにかできるようなことではない。



 毎日のように、彼は頭に浮かんでくる少し美化された彼女の顔に苦しめられる。すんなり眠れず、そして彼女の顔が浮かんでいる間は、自分にとってとても大切な小説についてもどこかに吹き飛んで、考えられなくなってしまうのだ。


 彼は彼女のことがすきだった。彼女について、性的な魅力についてはあまり感じていなかった。それは、彼女がまだ若いからだろう。どちらかといえば、弟のいる彼にとっては妹のように感じられた。だが、これから成長した彼女が誰かのものになってしまうということは――ただそれを黙って眺めていることしかできないということは、それは無性に嫌だった。まだ彼女と話したかった。何処かへ行き、手を繋ぎたいと思った。叶うのなら、それだけで良かった。恋愛経験の乏しい、シャイでウブな彼は年甲斐もなく、漫画のような甘い恋愛を夢見ていたのだ。しかし、どうにもならない現実がある。経済力のないフリーターという自らの立場。未来への無限の可能性を秘めた若き二十歳の彼女と自分が付き合うだなんて、そんなこと、許されるのだろうか? こんなにも(・・・・・)魅力に乏しい自分が! ……でも、すきだった。黙っていたなら、行動しなければ、可能性はゼロだ。「どうせムリだ」と自分で決めつけて行動せずに、いつか後悔してしまうだなんてそんなのはもう二度とごめんだった。……そもそも、告白すれば付き合えるとでも思っているのか? 自惚れるな! どうせフラれるのだから。当たって砕けるのみ。守るものはもう何もないのだ。何も無いのだから怖いものなしだ。言え!



 ……理性と感情が――夢と現実が、彼を上下左右から板挟みにし、彼の心はその狭間で磨耗されていた。



 擦り傷だらけだった。

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