表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 木下秋
1/6

1

 間接照明の暖かな灯りに満たされた空間。トマトやチーズ、バジルの焼かれた香りを内包している。


 そこは、彼の行きつけのイタリアンレストランだった。時刻は二十二時半。閉店間際の店内に、人はまばらだった。


「どうだった?」


 彼は向かいに座る彼女に、上目遣いに尋ねた。


 湯気立つホットコーヒーが、彼が両手で支えるカップの中で揺れる。


「美味しかったです。とても」


 彼女が言う。


 控えめな声量で。いつものように少し緊張したような面持ちで、縮こまるように肩をすぼめた彼女は、ただでさえ身体が小さいのに更に小さく見える。


「よかった」


 彼は安心したようにほほえんだ。彼女も伏し目がちに、ほほえんで見せる。


 コーヒーの香りをゆっくりと嗅いで、深呼吸をすると、彼は心を決めた。


(言え。言うんだ)


 彼は一度、唇を舐めた。


「あ、あの、俺……」


 彼女は目をまんまるにして、彼を見る。


「……すきなんだ。君のことが」


 先ほど飲んだワインのアルコールが、遅れて作用してきたように思えた。顔がポォッと、熱くなる。


「で、でも。付き合って欲しいだとか、そんなんじゃないんだ」


 彼は自分の心臓の音を聞きながら、弁解するように続けた。


 テーブルに付いた、トマトソースによる赤い染みを見つめながら。


「だって、俺は、フリーターだし……だから、君を幸せになんかできないだ。そんなことは、ちゃんとわかっているんだ。でも、どうしようもなく、すきになってしまったんだ。だから、言うことにした。ちゃんと、すきだ、って。

 俺、小学校の頃、すきながいてさ。六年間同じクラスで、六年間すきだったんだ。でも、当時は俺も子どもだったし、『付き合いたい』だとか、そんな感情はなくって。でも、卒業した後――その娘とは違う中学に行ったんだけど――成長するにつれ、俺は後悔した。せめて、『すきだ』って一言(ひとこと)、言っておけばよかった、って」


 彼女は無表情に、彼を見つめていた。


「だから、言わせてほしい。すきだ。君のことが」


「それはエゴ(・・)だ」


 彼女は言った。


「『すきだ』って告白しておいて。でもどうせ無理だって自分でわかってるから、そんなに必死になって言い訳しているんだろう?」


 周りが、一気に暗くなる。


 二人のテーブルのある部分だけが、スポットライトを当てられているように存在している。


「彼女の身にもなってみろ。出会って二ヶ月も経たない、自分より四個も歳上の男に誘われて。仕方なく(・・・・)食事に行ったら、そこで突然告白される。しかも、『付き合って欲しいだとかじゃないんだ』って? 失礼だろ、そんなの。なんて言い返せばいい? なんて言い返して欲しいんだ? ん?」


 彼女は気付けば、彼自身の姿になっていた。


 人相の悪い彼の顔が、鏡写しに目の前にあり、彼を睨んでいた。




 ――彼は、目を開いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ