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間接照明の暖かな灯りに満たされた空間。トマトやチーズ、バジルの焼かれた香りを内包している。
そこは、彼の行きつけのイタリアンレストランだった。時刻は二十二時半。閉店間際の店内に、人はまばらだった。
「どうだった?」
彼は向かいに座る彼女に、上目遣いに尋ねた。
湯気立つホットコーヒーが、彼が両手で支えるカップの中で揺れる。
「美味しかったです。とても」
彼女が言う。
控えめな声量で。いつものように少し緊張したような面持ちで、縮こまるように肩をすぼめた彼女は、ただでさえ身体が小さいのに更に小さく見える。
「よかった」
彼は安心したようにほほえんだ。彼女も伏し目がちに、ほほえんで見せる。
コーヒーの香りをゆっくりと嗅いで、深呼吸をすると、彼は心を決めた。
(言え。言うんだ)
彼は一度、唇を舐めた。
「あ、あの、俺……」
彼女は目をまんまるにして、彼を見る。
「……すきなんだ。君のことが」
先ほど飲んだワインのアルコールが、遅れて作用してきたように思えた。顔がポォッと、熱くなる。
「で、でも。付き合って欲しいだとか、そんなんじゃないんだ」
彼は自分の心臓の音を聞きながら、弁解するように続けた。
テーブルに付いた、トマトソースによる赤い染みを見つめながら。
「だって、俺は、フリーターだし……だから、君を幸せになんかできないだ。そんなことは、ちゃんとわかっているんだ。でも、どうしようもなく、すきになってしまったんだ。だから、言うことにした。ちゃんと、すきだ、って。
俺、小学校の頃、すきな娘がいてさ。六年間同じクラスで、六年間すきだったんだ。でも、当時は俺も子どもだったし、『付き合いたい』だとか、そんな感情はなくって。でも、卒業した後――その娘とは違う中学に行ったんだけど――成長するにつれ、俺は後悔した。せめて、『すきだ』って一言、言っておけばよかった、って」
彼女は無表情に、彼を見つめていた。
「だから、言わせてほしい。すきだ。君のことが」
「それはエゴだ」
彼女は言った。
「『すきだ』って告白しておいて。でもどうせ無理だって自分でわかってるから、そんなに必死になって言い訳しているんだろう?」
周りが、一気に暗くなる。
二人のテーブルのある部分だけが、スポットライトを当てられているように存在している。
「彼女の身にもなってみろ。出会って二ヶ月も経たない、自分より四個も歳上の男に誘われて。仕方なく食事に行ったら、そこで突然告白される。しかも、『付き合って欲しいだとかじゃないんだ』って? 失礼だろ、そんなの。なんて言い返せばいい? なんて言い返して欲しいんだ? ん?」
彼女は気付けば、彼自身の姿になっていた。
人相の悪い彼の顔が、鏡写しに目の前にあり、彼を睨んでいた。
――彼は、目を開いた。