エピソード1『3つ目のバトンタッチ』(8)
「それでは僕は印鑑を押す仕事に入るので」
適度な書類をアトスに預けて、僕は自分のデスクに向き直り印鑑押しと配送業務に入る。
今からやるべき事は国境警備班の装備強化につける特殊強化予算の承認と、国内パトロール人員の増強案二つ。
案については後々会議に掛けなくてはいけないが、予算は通しておこう。
僕はパトロール人員の増強案の書類を持ち、溜息を吐いた。
ひとつの事を決めるにも、20枚の紙に目を通さなければならない。
それだけではまぁ仕事の愚痴ではあるがもちろん、こんな簡単な書類の事だけが頭を抱える要因なのではない。
今重要なのは目先ではなく未来への展望。今後どうするか、も大きな課題だからだ。ノルドシュトルムという脅威に対し、どう現実レベルで向き合っていけるか。幾ら自分が13人衆の席次で高くないからとはいえ、何も考えずに人に投げるなどという事は出来ない。
平日学生をやっていられる自分にしても、急遽対応しなくちゃいけない事ってのはあると予測可能だ。だからこそ、アトスが重要になるだろう。
……アトスは協力的だから、組織内で示しをつけるには彼に部下も付けなくちゃいけない。でも、そうなると色々何処かから人員を持ってこなくちゃいけないな。……いっそ、公募で雇うか? だが、それで実績の無い人が集まってきても困るものだな。既に強い人たちは元の職場から移ってこちらにくるとは思えないし……うーん。
自分一人の意見で組織が動くわけでもないという事実に、頭を抱えざるを得ない。
どうしようか、本当に。
「ミラカナ。ひとまずは君がくれた書類は頭の中には入ったが……後は生物や植物に関する書類を頂きたいな。……この世界について知らない事がまだ俺には多い。たとえば野草の類でも何が食えるのか、何が食えないのかだとかは知りたいものだ」
現在のレティウス国の政治的情報、ノルドシュトルムというものの危機に関する注意を渡した後にアトスが提案してきたのは、そのような話だった。
「分かりました。では、国立図書館のプレミアムパスポートを申請しておきます」
僕はそう告げる。
「プレミアム?」
「えぇ、この国の図書館には秘匿指定情報や生物もありましてね。ですから殆どの書類を閲覧できるよう、アトスさんには肩書きを持ってもらいます」
「不便なんだな、一般市民には」
「そういうものなんですよ」
僕はそう告げ、棚から拳ほどの厚さのある図鑑を一つ取り出す。
もちろんこれは業務には関係ない、僕の私物だ。
「とりあえずさしあたってこの世界の動物の図鑑です。味などは書いていませんが生態くらいは分かるので見ておいて下さい」
僕は告げて、アトスに手渡した。
「ーーそうか、助かる。俺にとってこの体験は研鑽の糧になる。大切に見るよ」
アトスはそう礼を言いながら、近くのソファに腰掛けた。




