エピソード2 『切断されたロープ』(5)
横からの声。
「なんだ。ミクモ=ヒチリキと言ったか。何か用でも?」
アトスは手を止めて振り向き、鼻で笑う。
「大有りだ。君は召還をされたと言ったが……君は一体、何が出来るというのだ? ミラカナ様の為になるような男なのか?」
ミクモは険しい顔で、アトスに詰め寄る。
「俺を疑っていると判断していいのかな?」
「そうだ。貴様こそがノルドシュトルムという可能性もある」
「何をおかしなことを。俺自身がそんな悪の権化なら、敵と戦う事などしない。それにな、一つ話を聞いてくれないか、ミクモ」
「……なんだ」
「そもそもあそこに現れたのは俺の意思ではない。だが、俺は協力こそするが人の為になるなどといった高尚な犠牲趣味は持っていない。俺は奴の部下でもなければ、飯の世話を受けている以上はないからな」
「何だと?」
「食い扶持くらいは協力するが、それ以上はないという事だ」
「……お前に忠義は無いのか?」
「会って二日の人間に命を掛けられるか? そこまでの信頼はまだ私自身も得ていないだろうしこちらも手探りなのだよ」
「ーーそうか」
ミクモは唸る。
「ならば、表に出てもらおうか。アトス。手合わせ願いたい」
「傲岸だな」
アトスは小馬鹿にすると、その前に机の上の書籍を片付けさせてからにしろとだけ言う。
「いいだろう、手伝ってやる」
ミクモはアトスに敵意を飛ばしながらも、そう吐いた。
国立図書館、屋上。
普段は閉鎖されている此処には、二つの影しかない。
アトスと、ミクモ。それぞれの目には、緊迫した力があった。
「ミラカナ様の手前だ、殺した場合は失踪した、と告げておいてやろう」
ミクモはそう言うと、レイピアを構える。
「生憎ながら俺自身もレイピア使いだった過去がある。生半可にはやられるつもりはないがな。まぁいい、理由無く人に喧嘩を吹っかけるような男には手ほどきをしてやろう」
アトスは告げ、タマチルツルギの底部にそっと手をかける。
「貴様、剣は無いのか」
ミクモが尋ねるので、
「こいつが、『武器』だ。来るがいい」
アトスは耀く紫の刃を、展開した。
「……伸びている」
独り言のように、付け加えて。
<……私が憑いているからな、それによって君は強化されているはずだ。多少は魔力の最大値が伸びているのだろう>
アトスの耳にそう聞こえていたのは、ミクモには伝わらなかった。
それぞれが剣を構え、互いに右回りで歩き伺いながら、一足一刀の間合いまでにじり寄る。
「すり足ではない、か」
ミクモはアトスを分析するように言った。
「俺のスタイルは数種類の流派が混在していてね。全て過去得た掛け替えの無いものだ」
緊張しつつも、さらに剣先を近付けていくアトス。
「それに、な。ミクモ」
「何がいいたい」
「此処は既に俺の間合いだ。『ゲイルテンペスト!』」
アトスは剣を構えると、ほぼノーモーションで突きを繰り出す。
「ッチィ!」
ミクモは飛びのき、斬撃波を瞬時に避ける。斬撃はそのまま図書館のフェンスを破り、彼方に飛んでいった。
「……驚いた、2mも無かったのにあれを避けるとは」
感心したアトスが、そう呟く。
「メートル? 何の事だ。……だが、確かに君が常人では無い事は認めなくてはならないか」
ミクモは難なく言い、再度剣を構えた。