くっ、クトゥルフでしゅっ……あ、すみませ……
秋葉原まなちゃんから誘われて、やっと念願のTRPGができることになりました。
一年間ずっとやりたくて、毎日のように実況を見ていて、わたしもやりたいなー、と思っていたのですが、友達がほとんどいないわたしができるはずもなく……。
まなちゃんに誘われたときは、バカにされたと勘違いして怒ってしまいましたが、でも、彼女のおかげでTRPGができるようになって感激です!
***
「じゃあ、四人とも本名のままでいいのか?」
渋谷くんに言われてわたしたちは頷きました。
普通は自分の分身に名前をつけるものですが、池袋みなみちゃんの「名前を覚えるのが大変」という理由により、本名のままプレイすることになりました。
「では、ここは病院です。秋葉原さんと池袋さんは病院の同僚です。二人とも新米で初出勤だったのですが……病院の廊下を歩いていると、後ろから襲われて気絶して攫われました」
「ぐぼぁ!」
「きゃあ!」
……二人とも、求められてもいないのに、演技が上手です。
「じゃあ馬場さん」
「は、はひっ!」
思わず声が裏返ってしまいました。恥ずかしくて顔があげられません。
渋谷くんが苦笑交じりの声で言いました。
「探偵さんは……どんな理由で病院に来たことにします?」
「ええと……この病院の、へ、変な噂を聞いて……」
つっかえながら答えると、渋谷くんは困ったように言いました。
「残念ながらそれじゃまずいんだよ」
偶然事件に巻き込まれたようにしたいのでしょうか。
「えと……じゃあ、助手が前の事件によってけがをしたので、お見舞いに来たということで」
「了解」
渋谷くんの言葉にひとまず安心しました。
「ちょっと待って」
また秋葉原まなちゃんの「ちょっと待って」が始まりました。
「その助手ってどんな奴?」
尋ねられた渋谷くんは、驚いたような困ったような顔で答えました。
「それは多分、彼女のほうが詳しいよ」
「えっ」
私は困り果てました。でもイメージ的には大好きな漫画「北斗の拳」の……。
「筋肉ムキムキのマッチョで、真面目で頼れるやつだと思います」
「へえ!」
「まあとにかく」
まなちゃんに任せると話が進まないので、渋谷くんは軌道修正をしました。
「馬場高子さんはお見舞いに来たけど、彼の病室に向かう途中で後ろからこっそりやって来た何者かにいきなり変な薬をつけたハンカチを手に当てられ、気絶します」
「えっ、と、ここで『聞き耳』を使って、相手がやってきたか気づけないんですかっ?」
『聞き耳』は名前のとおり聞き耳を立てる能力。
渋谷くんは驚いたように目を丸くして答えました。
「まあ、結果は変わらないけど、やってみてもいいよ」
私は二つのダイス(サイコロ)を振りました。十の位のダイスが三、一の位のダイスが四を表します。
TRPGで技を使う場合は、数が小さければ小さいほどいいのです。
そして各技能によって決まった数値以下を出さなければ、その技は失敗ということになります。
「成功、だね」
渋谷くんは諦めたように溜息を吐きました。
「いいよ。馬場さんは、直前で誰かが近づいてきたことを察知した。でも振り返った瞬間ハンカチを口元に押し当てられて気絶・誘拐された」
やっぱり結果は変わりませんでしたか……。
「そして、目白、お前はどうする?」
渋谷くんの質問に目白くんは考えるような仕草をしました。
「総合病院だろ?」
「うん」
「健康な方が戦いやすいもんな……。じゃあニキビで皮膚科に行った」
「ニキビかよ」
渋谷くんは笑いました。
「まあそれで、病院の駐車場で目白も何者かに襲われて誘拐されるのな」
「は、はいっ」
私は身を乗り出して一生懸命話を聞きました。
「そんなに緊張しなくていいよ。まあそれで、四人は病院の地下のだれも居ない部屋で寝かしつけられる。それでみんなが起きました!」
まなちゃんが一番に声を発しました。
「ここはどこ!」
「俺も知らねえ!」
「いやあ! お家に帰りたい!!」
みんなテンション高いなあ。
とりあえず、私達は目星を使って部屋の様子を確認しました。
まなちゃん以外の全員が目星に成功したので、ゲームマスターの渋谷くんは教えてくれました。
「扉が二つあります。またエレベーターもあります。そして白い布がかかっている死体が……じゃない、ベッドがありました」
薄々勘付いてはいましたが、彼はゲームマスターにあまり慣れていないようです。とはいっても、ゲームマスターをしているだけで、私にとって渋谷くんは雲の上のような存在でした。
とりあえず私は渋谷くんが気の毒になったので、死体を調べる為に布を捲りました。
そしてまた目星を使って死体を観察しました。
ダイスを振ります。成功です!
「死体はまだ腐っていません。首元には何かを刺した後があり、血が抜かれています」
渋谷くんの説明に、まなちゃんはぱあっと顔色を明るくさせました。
「わかった! 死体は生きたまま殺されたんだ!!」
「そんなの当たり前でしょ」
池袋みなみちゃんは普段のぶりっこを忘れて冷たいツッコミを入れました。
「ぶわははははははははははははは!」
それが面白かったようで、目白くんはツボに入ります。
まなちゃんはそんな目白くんに驚きつつも、やがて愛おしそうに彼を見つめました。
昔みたいに笑ってくれて、嬉しいのでしょう。
みんなで協力して、この部屋の観察は終わりました。
エレベーターは壊れていて動かないことがわかりました。
また、二つの扉のうち一つは手術室で、医者のまなちゃんは救急セットを、心理学者だけど筋力値が高いみなみちゃんは、武器代わりに手術刀をその部屋から持ち出しました。
そうして、もう一つの廊下に繋がる扉を開けて、私達は進みました。