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英雄 ジューダインの場合

 一見するとそこまで騒がれる程の特徴が無さそうな男だった。それが世に出てみれば一気にその名は生ける伝説として名を馳せた。その腕は戦いにおいてたぐい稀な力を発揮する。波風をそれなりにかわしながら魔物を退治しつつ町を守り徐々に有名となり人気が出て瓦版に載り、人は彼を英雄と呼ぶようになった。


 TY地区は彼の生まれ故郷であるが、誰しもが羨望と憧憬の目で彼を歓迎し同僚からすら一線を引かれる。それもまた仕方ないだろう。ひとたび剣を振れば必ずそこに勝利をもたらす。象徴ではなくそれは現象であった。「象鯨ゾウゲイが津波で街道に乗り上げ暴れている」という顔を覆いたくなる事態にも「槍鼠針ソウソシンが町に降り注いで襲っている」なんて目を剥く事件にも「100人の盗賊による商隊襲撃の通報」みたいな聞き流したくなる内容であろうともだ。


「俺が先陣を切りましょう」


 ジューダインという男は剣を持ってたたらを踏んでいる誰をも置き去りに単身で現場に向かっては1人で全て片付ける。斬り込み隊長などという生易しい役割では収まらない。その場を勝利して現場で待つ。かの騎士は汗を拭って剣を一振りして鞘に戻し、笑うのだ。

「助かった。後始末を手伝っていただきたい」

 見上げんばかりの象鯨の屍がそれであったり、あるいは町の怪我をした住人であったり、死屍累々として呻く盗賊がそれである。この騎士に恐れるものはないのだと囁かれる。


 英雄ロアール・ジューダイン、彼は戦闘において挫折を知らなかった。




 異常な数の、文字通り山程のオーガの大群の中を肩で息する。周りは血の海と化しオーガの屍がうず高く重なっていた。中には騎士もオーガと共に眠りについて殉職している。だが魔物を1匹も町に侵入させることなく追い返すことができた。

 ロアールは死した仲間に黙祷を捧げていたが、不意に自分も体力の限界を迎えて血の海に膝をつけた。持っている剣は既に何本目か分からないが折れてしまっている。死んだ仲間の手から奪っては斬り、折れては捨て、また拾いを繰り返した。頭から血をかぶって乾いたことで出来上がった薄皮が周囲を見回す動きによってパイをかじった様な音をたてて舞い落ちていく。

「まるで地獄だな」

 無限に沸いてくるのかと思わせるオーガによって周りに生きている存在は誰もいなくなってしまった。


「おーい、大丈夫かー」

 どれだけの時間が経ったものか、遠くから無事だった騎士達が集まりだした。

 生きている人間を見て、守れた者を思い出して笑みを浮かべた。「よし」と息を溜めて気合を入れて立ち上がったはいいがよろけてしまい、自分の姿を見下ろした彼の顔は苦笑に変わる。退治してもしきれない数が襲ってきたのだ。英雄とて不死身ではない。比較的他人より死ぬ確率が低いというだけだ。

「ジューダイン、さすがに今回は駄目かと思ったな」

「いや、半分以上が山に逃げた。まだ終わりじゃないさ。さて、人員を補充して山を囲わないとな」

 剣を杖代わりにしていた騎士が血溜まりに転げて座り込んだ騎士と目を合わせる。それから苦い顔で息を吐く。

「おいおい、半分以上が逃げたってことは今やったの以上の労力がいるってわけだ。もう疲労困憊でとてもじゃない。一度戻って体力を回復すべきだろう」

「しかしオーガ共は興奮状態なままだ。あっちが休憩してくれるとは限らないじゃないか」

 心底疲れた顔の騎士が大きな声で彼の反論をはねつけた。

「頼むよ、こっちは普通の騎士なんだ。いつもみたいにぱぱっと一人でやってきてくれよ」

 ロアールは唖然とした。

 耳の良い騎士が何かを聞き取って町を振り返る。

「ほら、撤退のコールだよ。戻らないなら伝えとくよ、ジューダインはまだやることがあるから戻れませんってね」

 立ち尽くしたロアールに微妙な笑いを残して騎士達は拠点に足を向けて帰っていく。仲間の死体を担ぎ、オーガの死体を踏み越えながら。


 急に体の疲れがドッと増える。一体ずつなら大したこともないオーがも、密集して雪崩のように襲いかかってくれば恐ろしいものだ。親には損な性質だとよく言われたがロアールは疲れも恐怖も顔に出ない。代わりに誤魔化すように少し微笑みを浮かべるものだから余裕ととられるのだ。誰もこの英雄が当たり前に疲れを知る人間であるのを忘れる。

 それでも立ち止まっていたのは、ただオーガが再び襲ってくることを考えれば撤退はありえないという生真面目さにさ迷い、立ち止っていただけだ。


 人は迷う。もちろん騎士とて職業剣士だ。トラブルや圧倒的に不利な敵を殲滅してこいと言われれば躊躇いもするだろう。

 誰もが黙りこんで顔を見合わせ話が進まなくなるともどかしくなり、つい、では自分が、となる。ロアール・ジューダインという男はそういう不器用さと、後ろに下がれない前のめりさで英雄というものになってしまった。そうして誰もが面倒はジューダインが片付けるものと決めてしまい後ろに下がって観客として拍手を送るようになる。共闘しよう、という者は段々と減ってしまった。無茶な命令でも聞いてしまい、なまじ成果をあげてしまうから一歩引かれる。隣で戦おうとしてくれた者が殉職する度に絆は消えてしまった。


 だからと、こういう異常事態に全て投げられてしまうまで孤独な人間になっていたのかと唇を噛んだ。先陣を切って戦う者がいれば戦意は上がるのだと己を奮い立たせてきた今まではなんだったのか。


 俺ならできると期待されているんだ。英雄だから、俺には実力がある。この件も全て殲滅してこいと無言の中で言っている。誰も俺が死ぬとも、しくじるとも思わないか。

 ここで周りと同じよう本当に撤退すれば周りはどう思うだろうか。目を剥いて、何故帰って来たのかと無言の中で問われるのだろうか。


 言葉の端々から本音を読み取れない程に鈍くはなかった。だから退けない。まったく損な性質だった。

「得を、したいわけじゃないけどね」

 ボロボロの剣をさげて見晴らしが良い町までの行く手が限られている掘りに向かう。せめてこちらに再び仕掛けてこようと襲いかかってくるオーガだけでも食い止めなくては。『体勢の立て直し』が出来ない内に町へ辿り着かれれば最悪の惨事が起こるだろう。あの町を守護しに派遣されたのは英雄騎士ジューダインなのだ。誰もが安心し信じている。


 そしてロアール・ジューダインはやはり守りきったのだ。数刻で再び同じだけの数が町に襲いかかってきたにも関わらず、拠点を構えている町が間近にあるのに何故か遅れた仲間達にも関わらず、ほとんどのオーがを討伐し首級をあげたのは英雄だった。

 だが別の町にその残りが全て襲いかかり町は半場壊滅、破壊の限りが尽くされた。そこにも騎士はいたはずだったにも、関わらず。




 瓦版に大きな一面で載ったのはロアールにとって信じられない文言だった。

『ジューダイン、憶す』

『英雄はご休憩中』

『余裕の後手に過信あり!』

 軍部の議席で中心に立たされ、その瓦版を憤怒でテーブルに叩きつける上官部は極めて遺憾であると声高に怒った。指揮官はロアールではなかった。実力上ではロアールに敵う者はいなかったが年が若過ぎた。それに現場で強い者が指揮にも優れているとは限らない。まして規格外の能力を持った者がそれ以下に適した判断をくだせるとも。更に裏を返して本音を言えば便利な英雄を現役の現場から離す事は誰も望まなかった。指揮官とは得てして誰よりも後ろに下がって高みで命じる者なのだ。

 その代わりに責任を負っている。そのはずだ。


 だがここに呼ばれ、失望され、責任を問われているのは誰ぞ。

「何故、オーガの群れを追わなかった。奴らが再び人を襲うのは当然だ。町が1つだけではなかったことぐらい知っていたであろう。地図も読めなかったか。力任せに浅慮なものだ!」

「申し訳ありません」

「一つの町が滅ぶ事態だぞ、申し訳ないですむと思っているのか!?」

 もう何度謝罪したのか。

 延々と前に進まない話はロアールの得意としないところだ。これがもし守り切れなかった住民からの罵りだとするならば黙って聞きもしただろう。だが、これは何をもっての誹りだろうか。


 足元に落ちた瓦版に目を落とす。

『一つの町が全て墓となる。かつてない歴史に残るであろう事件は未然に防げなかったのであろうか?騎士ジューダインはこの現場にいながら片方の町を守り、片方の町を忘れてしまっていた。英雄に忘れ去られた町は老若男女、哀れに儚く散った。その死者の数は』

「英雄と呼ばれながら何という失態。その剣はお飾りなのか!?」

 いくらも守ってきた。戦ってきた。成果をあげた。


 得をしたいわけではない。

 損をしたいわけでもない。

 報われたいわけでもなかった。

 ただ、守るために。この国を守る歯車の一つになれればと願って剣を取った。誰もが先陣を厭うならその最初の一太刀を担う歯車に。戦うための勇気を奮い起すのに時間がかかるのならば時間を稼ぐ歯車に。遅れて間に合わなかったとしても少しずつ周りに勇気を与えられる存在になればいいと、英雄と呼ばれる事にも抵抗はしなかった。それで安心が与えられるのならばと。


 なんてこった。俺には連携っていうチームワークの才能がまるで無いらしい。


 共闘らしい場面が思い出せない。いつもいつの間にか周りに人はいなかった。遥か後ろの方から現れて全て終わった頃に集結する。

 安全が、確保されてから。


 涙が溢れてくる。情けないことに止められない。周りの上官は上の方で、うつむき瓦版を見下ろすロアールの顔がどうなっているかなど誰も気づきはしなかった。

「どう責任をとるつもりだ!?」

 共に歩み続けていく自信などもう無かった。これを仕事に責任を背負っていく自信など。


 騎士に向いてなどいなかったんだな。素直にオヤジの後を継いで魔術師になっていれば良かったんだ。それなら一人で出過ぎる事はなかった。前のめりになって仲間を見失う事も無かっただろう。剣だけを無心に極めた脆弱さが招いた。


 責任を。


 処罰を。


 響き渡る耳鳴りに膝を折った。

「騎士として適任な判断を下せなかった自分は責を負って、本日より騎士を」

 ただ、誰かと繋がる歯車でありたかった。それを誇りたかった。だが、ただ1つで必死に回り続けて空回りしている。

 英雄と呼ばれることがこれほどまでに苦く感じたことはなかった。




 逃げるように軍部を抜け出し、実家に逃げ帰ったロアールは剣を捨てて代わりに魔術書を抱えた。子供の頃に父が買い与えたものだったがまったくページを開かずに今まで放り出していたものだ。ロアールの父は魔術師に転職するという息子に微妙な顔となったが反対もしなかった。歓迎して手放しで喜びはしていないだろう。母は転職に渋っていたが意見を変えないとみると魔術師として一人前になるまで帰ってくるなとまで言い切った。

 母はロアールに厳しかった。やるからには諦めることを許さない。前のめりな性質はこの母の遺伝であると誰もが口をそろえた。


 西に行こう。あっちは雰囲気も違うし、獣騎隊や魔術の本場もある。今までの自分はきっぱり捨て去って真摯に歩むんだ。

 幸い給料は特別手当や節制で使いきれない程にある。少し生き急ぎ過ぎた人生を人並みになるまで緩めるのもいいかもしれない。剣をとらず魔術だけで旅をする。そういうルールをたててみた。


 TY地区を出たロアールは剣を下げていない軽い腰を手で払い、魔術所を見下ろす。

 なんて軽い武器だろう。

 微笑みが浮かぶ。身軽になったこの身には英雄などという重苦しい二つ名は無いくなった。




 剣を捨てて旅に出て、それから彼は山で行き倒れた。たかが狼蛇ロウダにやられたものかと通りかかった旅人は思ったものだが、それはルールを頑なに守ったがためだったのか?


 真実は。

「道に迷って山から出られなくてね、何日もさ迷ってたものだから腹が減って目が回ってさ。街道が草に浸食されて消えちゃって、プシィが通りかかってくれなかったら多分あのまま餓死してたよ!いやぁ、俺、実は方向音痴で」

「乗合馬車に乗れば問題は解決ね、女性の車ではなく。ぜひ乗合所まで送って行くわ」

「とっても美味しい店があるんですけど、ぜひ奢らせてはいただけないでしょうかー!!」


 人は旅に出る。

 そして知る。

 自分の歯車をはめるべき場所を。

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