日記5
vol 81 TM‐4地区で最後通告
再び出発点のOS地区に近づいた。長細い島国の中心にある限り必ず近くを突破しないと向こう半分には行けない。国の半分だけをグルグル回って逃げるにも限界がある。逃げるのにそもそもが向かない国だし海辺の獣を使って国外逃亡もありだろうけど、そうなると重量に限界がでる。ダイスケを野生に返して私だけが行くなら可能なんだ。
野生に返すことが可能な種と、無理な種と、いけない種というのがある。ダイスケは…モイモイは無理な種だ。野生に返しても人を襲うことはない代わりに、狩りも出来なくなるから。そもそも気質が優し過ぎて一度仲間として認識した種を襲わなくなる。獣使いに調教される場合、特に私なんて一度に色んな子を育てる。だから、ダイスケにとってほとんどの獣は同族意識を植え付けてしまっている。狩りができなければ畑を荒らし、果樹を求めるだろう。そうして、人間に害と見なされればダイスケは……。
そんな中、やっぱり隠れきれず顔見知りの騎獣士に見つかり警告を受けた。騎獣隊に戻ること。それを拒否する場合には脱走兵として正式な刑が執行されること。
vol 82 TM‐2地区に弟子?
懐かしい子に会った。
何年も前になる。酷い状態で管理されているキューアを市場で見つけた私は暴れまわってその子を買い取った。虐待されていたのは目に見えて分かっていたから人間に対して凄く怯えて警戒していた。レミと名付けて、格闘状態でぼろくそになりながら世話をした。見た目も酷く虐待されたのが分かる状態で、騎獣になるのは無理だろうし、個人でも貰い手は見つからないだろう。野生に戻せばきっと人間を襲う。だから私が最後まで面倒を見るつもりだった。
だけど処分されそうな獣を私がかくまうため勝手に改造して使ってた廃屋に、少年が迷い込んだの。最後には「レミさんを僕にください」と申し込んできた。子供相手なので最後まで面倒を見るか怪しんだものだけど、なかなかガッツがあるので世話の仕方から何から全部叩き込んで親を説得するところまで見届けて里子に出した。その少年の名は珍しく覚えている。
ダイスケだ。
「僕とレミさんは師匠の味方です。だって師匠のことだから獣達の未来のために戦っているのでしょう!」
誰が師匠やねん。というツッコミはともかく、そう、この人間のダイスケは獣使いを目指している。それ自体は人気のある花形職だし珍しくないが「役人共の買収なら任せてください。抜け道になりそうな街道ですか?お役に立てると思います。もちろん師匠には協力を惜しみませんよ。獣を道具扱いする愚民共など蹴散らしましょう」なかなか見込みがある根性の持ち主なのよね。
vol 83 IW‐6地区でカラサス
各所で衝突を繰り返してるんだから当然だけど、追っ手に見つかりとり囲まれた。ペルピィの言うように人間のダイスケに諮られたということはないだろう。次に突破する関所が何処かなんておおよそ絞られるんだから。
いや、それにしても獣騎士総出とは恐れ入ったわね。私は怪獣か?なりふり構わないにも程がある。
カラサスに乗った騎獣士は素早く敵をさばく。対してモイモイのダイスケは力こそカラサス以上でアクロバットも得意とはいえ、この大群から逃げきることはできない。ダイスケが殺される可能性に賭ける価値は無い。
こうなる事は想定内だったから、その時に取る行動はある程度は考えてあった。ダイスケはロアール辺りに任せようって。あいつ金だけは持ってるし正義感も強い。押しつければ少なくとも世話はするだろう。私はそのまま自害。確実に死ぬための急所ぐらい心得ている。下手な誇示やセリフや前振りがなければ誰に止められる可能性もない。
そう思っていたのに。
取り囲んで槍を私に向けた大半の騎獣士達が次々に地面に振り落とされた。カラサス達が追い詰められている私にすり寄って主である騎獣士達を威嚇したの。
ここ数年で騎獣士は桁違いに増えた。昔は少数精鋭部隊だとか呼ばれていた。その理由は騎獣の絶対数が増えたからだ。天才チェイカル兄妹という調教者の出現によって。つまり、ここにいるほとんどが私のよく知っている子達なのだ。
エトラ、マル、クィート、ゴロク、みんな
私に道を開けて主である騎獣士達を蹴散らして助けてくれる。嬉しいけど、悲しくて、しばらく涙が引っ込められなかった。
vol 84 集まってくるHI‐2地区
仕事で色んな山から獣を連れて帰って仲間にしてたんだけど、その子達以外にも仲良くなった獣達はたくさんいた。この子達が帰ってきた私を心配して着いてきてくれる。素直に嬉しい。
ただ、困ったことにその数が段々と増えて目立つことこの上ない規模になっている。それに今の私の周りは危険に満ちている。間違っても誰かが攻撃される状況は避けたい。どう追い返したものか……。
それにしてもこんなに獣達に囲まれると死んだ皆を思い出してしまう。ロアとペルピィは始終警戒してビビってたけど。大発生した魔物でも思い出して落ち着かないってとこでしょう。そうじゃなくても大抵の奴は落ち着かないみたいだし。
騎獣士達に反抗したカラサスも何十匹か追いかけてきていた。あの後にまさか苛められた子がいなかったか心配したけれど、大丈夫だとカラサスが訴えるのでそういうことにしておいてあげた。この子達にも熱い情というのがある。今や貴重な騎獣を傷つける馬鹿などいまい。
vol 85 KT‐14地区で感じる違和感
調べると同じ子が2人以上いたのよ。なんだかおかしいなと感じて獣達の全員を順に調べたら驚くことが判明した。周りを取り囲んで代わる代わるたくさんの獣が私に構ってくる。でも、さっきあっちで違う種族と恐る恐る関わって対峙しているなんて微笑ましい光景を見たかと思ったら、その子が瞬間移動したみたいに私に頭を擦り寄せて甘えてきたのよ?「同じ毛並みで同じ種族だから見わけがつかないだけじゃないかい?」私がこの子達を見間違えるかっつうの。
知らない子ならともかくよ。そう、仲良くなった子の顔を見間違えるなんてありえない。1人1人の顔を見分けるのなんて造作ないことだ。
同じ個体が2匹以上いたのよ。例えばモイモイが2匹いるんじゃなくてダイスケが2匹いるってことよ。トトとトト。カーラとカーラとカーラ。ヴェヴェとヴェヴェとヴェヴェとヴェヴェヴェヴェヴェー?
ありえない。
どういうこと?
vol 86 KT‐12地区の獣医者
医者とっ捕まえて増殖している子達の検査をさせた。予感通り同じ個体だって判明した。100パーセントの一致をDNAからとったわけではないけど、すぐ簡単に識別できるものを見比べるとまったく同じで、ここまでいくと偶然ではないってさ。そもそも私が知り合いの子を獣違いするってのがありえないんだけど。人違いは日常茶飯事でも。
同一体の子達はそれぞれが意志と命を持っている。だけどまったくが完全な自律というわけでもない。「双子やら五つ子っちゅうよりは分裂したてのアメーバ系の魔物の類みたいじゃ。あれらの単細胞生物ですら全ての検査数値が一致することはない。これ以上は医者の範疇外」ということらしい。もちろん増殖している獣は単細胞生物じゃない。それに、なんらかの理由で分離したのだとしても別れた瞬間からはズレを生じさせる。この子達に判断力はあるが、けして成長せず退化もしない。同一体と寄り添っている。
私の予感が正しければこれは大発生の……。
vol 87 利害一致で共闘するKT‐7地区
騎獣隊のお膝元、OS地区には獣を研究する施設もある。獣使いとして馬鹿兄に引きずり込まれなければ私が引っ張りこまれそうになっていた最悪の職場だ。色々と私の子達を悪用しようと「返却するから」とか「カスタマイズしてあげる」なんて多種多様に喧嘩を売ってきていた。憎過ぎて嫌がらせしまくってたけど、これは偏見で言うわけじゃないわよ。一連の大発生騒ぎの根元には連中がいる。
根拠無いけど。
冗談はさておき大発生に関しては、研究員が犯人であろうとなくと必ずなんらかの情報ぐらいあるはずだ。この事象の解明か、悪行の証拠かが。
というわけでペルピィには特技を生かして侵入してもらうことにした。盗賊であるからには関所は邪魔なわけ。私が国に追われる原因が片付けばあんな無茶な関所の数を維持する経済リスクを続行しやしないだろう。しばらく別行動。これで残るはロア……って、別に追い出しを企んでるんじゃないけどね。
vol 88 傾国感じるKT‐4地区
経済リスクってのね、それもあるけど国の自由な行き来を遮断されている状態にいよいよ不満が溢れている。
獣の大発生に伴う恐怖の中で逃げ道のない不安。関所を維持するための税や物価の高騰への不満。何よりも事件の連続で誰もが疲弊していってる。表面上はピリピリ張りつめて日常を維持しているけれど爆発すれば規則も法律もあったもんじゃないだろうなぁ。
怒りを向ける矛先は私にも向く。そうなると獣達へだって。母、父、大丈夫かしら。
同じようになんでか追われているロアは「人質を取られているみたいで気分が悪いね。でも、ギリギリまでは俺の意思を貫くよ。仕方ない状況にならない限りは、誰かのせいにしたくないからね」だってさ。ロアのくせにたまには良いことを言う、と感心しなくもないかもしれない。
vol 89 KT‐1地区で渦中ある欠片
ヴェヴェの数がまた増えているのに気づく。倍の数がいる。絶対増えてる。外から来たんじゃなく私のとこにいる群れの中でなんかしらしている間に増殖してる。
私は移動の休憩時間にヴェヴェを並べた。丹念に体中を調べ回して、ふと1匹のヴェヴェにだけ違和感を感じたのよ。なんだろう。毛がボッサリ抜け落ちている。後ろ足の裏側。皮膚炎を起こしているみたい。でも、何か裂けたみたいな後もあるし、怪我?いや、何か違うって感じ。
痛がるけど、この怪我の部分を徹底的に調べたら深く何かが埋まりこんでいたの。小さなガラスの欠片みたいだったから、何処かに座った時に刺さったのかもしれない。
でもその欠片を取り除いた瞬間、分裂していたヴェヴェ達がかき消えた。幻想術にでもかけられていたような気分だわ。でも確実にこの欠片が全ての答えを持っている。
vol 90 HG‐6地区であの噂再び
ペルピィの代わりにダイスケが瓦版を拾ってきた。そこにはまた獣の大発生が一面を飾っている。それは……あの子達が、私の千の獣達が眠る山の近く。つまり、HG地区内で電々狼が大発生していると書いてあるのよ、ここに。
なんだかゾッとした。
私の周りに獣達が車に寄り添いながら付き従って囲んでいる。まるであの時みたいに。ダイスケの背中の毛皮にチョロスを思い出して胸が詰まって泣きそうになる。パラプ、セラム、ロイリン、サイラー、ソラス…。苦しんで死んだ。まるで私のただの道具みたいに切り捨てられた。守ってあげられなかった。一緒にいてあげられなかった。
この地をもう二度と荒したくない。静かな眠りの地を、惨状に戻すことを許さない。
vol 91 千の獣と対峙するHG‐10地区
目の前に馬鹿兄が現れた時、ああ、やり直しさせられているんだって気がした。山を覆い尽くす獣を掃討するために私はレオンハルトに呼ばれみんなを引き連れていた。そう、こんな感じで。
「やはりここに来たか。さすがに悪夢のヴェンパーをけしかけられては魔物千匹に勝る厄介さだった。おかげでお前に追いつくだけで随分と手間取らされたぞ」と出会い頭からレオンハルトはキレていた。通りで音沙汰なくここまでこれたと思ってた。
兄貴の後ろにはストーカーとモヒカン率いる役人共もいた。レオンハルトに従う新たな獣達が私達に牙を剥いた。この異変には種があることを教えてやればあっちも研究所にはとっくに人をやったってさ。そりゃね。
私はその原因を探りに行くつもりだと告げた。「獣使いの真価が問われているというのに、救世に手も届く者が自らの手を粗末に扱う愚かなことは許可出来ない」何がなんでも便利な獣を仕立てる私を元の場所に戻したいんだとさ。
レオンハルトの獣は私を組みふせるために、ストーカーと役人は剣を構えて前面衝突する用意を見せた。ダイスケを車から解放してロアに荷物ごと押し付け、私は周りにいる獣達に解散を命じた。一目散に何百の獣が散り散りに走りまわって逃げだし大混乱の末に私は走るカラサスの陰に紛れて場を離脱した。そのカラサスからも途中で姿を消して、私は今、獣一匹もいない本当の一人になった。
vol 92 HG‐12地区の中腹で休憩
電々狼は山中の中にも多く溢れていた。崖の横穴に降りて休憩をとっていれば襲われることはない。彼らは木には登っても岩肌が垂直な壁面は移動できない。ここから下の方に集まっている。人里の無い方面にはいるが、あれだけの数ならきっと食事だってまともに得られやしない。そこに住む獲物となる獣も殲滅されるだろう。
退治ではなく、ただかいくぐるだけなら単身という条件の上では可能だ。電々狼の習性は乾燥した空気中で本来の力が出せる。夜行性で昼は木の上で就寝。肉食。移動方法はピンポン玉のように木から木へ跳ぶ。ただ、この数なら木で休めない子達も多いだろう。疲労してどんどんと移動する。
ゴロゴロと雷音色の鳴き声が本物と大差ない迫力で横穴まで響いてくる。あの中からアレを探すのは雷を1本の針で受け止めるぐらいの難易度。なかなか見つからないまま日付だけ過ぎていく。
でも私は獣使い。群れの長を探し出すのもまた技能。
vol 93 獣使い特殊技能いのいち、誘導の罠
見つけたのよ、ヴェヴェと同じように皮膚病っぽいのがある電々狼…14匹。
マジどうしようと思った。
私の推理ではオリジナルにだけあるもんだとばっかりね。うん、だってヴェヴェはさぁ。
まあそれはいいのよ。分裂か増殖か知らないけど、何度も同じ者を半端なくコピーしていたら例外が出るのもまた必然。この14匹の中にせめてオリジナルがいることを逆に祈るべきだわ。
ひとまずあの子達を見失わないように誘導を仕掛けた。電気石を砕いて溶かした水をぶっかけ回ったの。電気石に強い電気が急激に走ると強力なスパークを発揮する。人間でいうシャックリや咳みたいなもので不快な電々狼はそれを収めるために電気を分け合える同族を探す。スパークは、同じような症状を持った相手とぶつけあって徐々に静まる。14匹が惹かれあい、その他は距離をあける。
つまり、群れから外れた場所に一か所に集められる。
vol 94 最高の助っ人
誘導は狙い通りにいった。しかし考えてもみて欲しい。通常、電々狼を捕まえるなら一匹だけをスパークさせて誘き出し、単身のところに戦闘を仕掛けて私が親分だって文字通り叩き込むわけ。最高の条件はじっとりした霧のある昼間。それが晴れた夕方に狙い通りに寄り添った14匹。私の方が単身ってなもんよ。
それでも飛び移りにくいよう木の幹に水をまいて、湿気ったとこにへばりつきやすいシップの葉を投げつけて、地面に落ちたところをしばき倒したりで善戦してたのよ。
でも私ってね、戦士としては2流なわけ。猛獣を狩る時は獣と一緒に行くわよ。知恵だけじゃ敵わない獣もいる。
徐々に同族の血の匂いに引きつけられた何千もの電々狼が集まってきた。最初から時間の勝負で、最後のターンのつもりで私は一匹に当たりをつけて飛びかかったわ。ああ、もしもこの子がハズレだったら無駄死にだなって考えが頭を過ぎった。
その突撃の瞬間に何十頭もいた外枠の電々狼が空に舞い上がって吹き飛んだ。「やれやれ、我輩は剣を使いたいのに練習に向かぬ環境のせいでついつい手軽な魔術を使ってしまう」露出の激しい二刀流の女が剣先から煙を出しながら爆心地で仁王立ちしていた。まずもってそんな変態はコヨリしかいない。
突撃した電々狼はハズレ。爆発に気をとられたのもつかの間、その子はひとまず私を始末しようと思って飛びかかろうとした。その姿がブレたかと思えば首根っこをつかまれて電々狼よりも軽やかに木の上に連れ去る存在がいた。「化け物集団の正体みたり。ネタは高くつくぜ」ペルピィが書類を私に突きつけて金銭要求してくる。そして下では「ああ、魔術師に転職を決意したにも関わらずいざとなれば剣に頼る自分の未熟さが憎い!だがプシィのためなら!!」とか言いながらゴミを掃き分ける様に右や左に剣で電々狼を吹っ飛ばしていくのがロアールだ。
その戦い方は今までのへっぽこレベルなんてもんじゃない。まして、3人共が名乗った職業と違う戦い方をしている。
呆然と木の上で圧倒的な戦いを見ながら、ハッとした。私はここを殲滅に来たんじゃない。オリジナルを殺されたら元も子もない。慌てて木から下りて、まだパチパチと目印の電気を放っている子に近寄ろうとしたけど、混戦状態でどうにも近寄れない。
どいつもこいつも私の思惑なんて理解してねえ!!と思っていたら、大きな影が私をかっさらって標的の前に着地した。あまりの鮮やかさにそのまま目的の部分に手をやって欠片を探り当てて引き抜くとヴェヴェの時と同じように異常発生していた電々狼が瞬く間にいなくなり、目の前だけに実態が残った。
その実態は横から前足で蹴り倒されて呆気なくダウン。私をソッとおろして賢くお座りしていたのは、私の、私のダイスケだった。
vol 95 その命保護
あの後の追記なんだけど、荒れて開けた山の中で私は電々狼の目が覚めるのを待ったわ。改めて対峙した時には後ろにダイスケがいるから大人しく身を伏せていた。なにはともあれ誰かが討伐に来る前にこの子を捕まえられて良かった。だけどオリジナルだけを残して行ってもきっと原因究明のためと称して捕縛されるか再発を恐れて処理、される。
この子にとったらとんだ人災もいいところだけど、落ち着いたらきっと帰してあげるから今は私と来てもらうよ。
それと、研究所に侵入してペルピィが手に入れてきた資料。専門じゃないとはいえペルピィの中途半端な仕事のせいで詳しい部分がところどころ抜け落ちてるんだけど、食肉や騎獣の育成教育を省いた量産を目的とした物質を作っていたみたい。その試作品を鳥に使って、適合し過ぎたその子が爆発的に増殖、全国に飛び散ったらしい。
で、完全に研究事故よね!周りにはそれ用の試作品が大量にあって、それは飛翔に巻き込まれて空から全域に広がったってのよ。
それこそ迅速に全国へ発表して私に協力を申し出なさいよって話。理由さえ分かればもっと被害を押さえられたわ!この事故の責任問題はかなり深刻よ。なにせ人も獣もあまりに多くが死に過ぎた。増殖させられた獣達はきっと混乱と怒りと恐怖で苦しんだ。オリジナルが殺されるまで永遠に殺され続けるんだ、自分の分身が。酷い悪夢をみせられたものだわ。
vol 96 OS‐18地区の実家で謹慎つうか監禁?
逃げてはみたけど最終的に行く場所がばれてたから待ち伏せされてレオンハルトにとっ捕まった。その流れで私は実家にぶち込まれ私室に。電々狼だけ癇癪起こしまくって狭い部屋の中に連れ込めた。見てない間に馬鹿兄辺りにこの子を解剖施設に送り込まれてたら私は首吊って死ぬ。
私は犯罪者かっつうのっていう扱いされてるけど親は呑気で「せっかくだからプシィの好きなお刺身でも出してあげようねぇ」って。ご近所が眉をしかめて噂するくらい見張りが外にウヨウヨしてるっつうのに。
そうそう、あの3馬鹿はそれぞれどうしているのか知らないわ。そこそこ驚いたけど正体を一皮剥けばとんだ曲者だったわね。
ロアール・ジューダインといえば伝説級の戦いで瓦版を騒がす英雄騎士だし。あいつ内緒で何回か魔物の群れ旅の間もやってたわね。どうりで旅先の近くで瓦版に載ると思ってたわよ。
そんで?ペルピィ・ザカリアル。これも相当有名な無傷の盗賊王の名前よねぇ。軍の総攻撃の中でも飄々とすり抜けては懐を奪っていくってやつ。関所が増えたからって私の車で脱出を試みる腹だったわけね。
更にはコヨリよ。ただの露出狂の変態かと思えば全ての魔術と新たな魔術の掌握者、奇跡の魔術師、悪夢のコヨリ・ヴェンパーだってのよ?
何か癖や裏のある連中だとは思っていたし、実を言うともしかして旅に一人くらいそういう奴が混じっているような気はしていた。ただ、マジでそれが全部自分の車に乗ってるなんざ思わねえっつうの。そうでしょ?人間に興味を持たない私ですら名前を知っているその筋での最高頂点じゃない。何が悲しゅーて才能のない職業に転職(ペルピィは擬態だったけど)してやがるんだか。
嘘つきパーティも良いところね。本来なら物凄いドリームチームだったろうに、凄い馬鹿だわ、笑う。
vol 97 出戻り?使命なんてなOS‐1地区
本部に呼び出された。堅苦しくてうざってぇ年に1回しか行かん方の軍本部。
軍に戻ると思う方がどうかしてる。簡単に私ん家の子を切り捨てたり手ゴマ扱いする連中に従事してられるかっつうの。「辞職を禁止する規則や権利などそちらにありません」って何回も言ってるのに「他はともかく君には無い。調教師として大部分の獣補充を担う君がここを離れることは許可できん」とか知るかっつの。むしろ軍が抱える獣の数が減るかいなくなるのが私の理想なんだから。
そりゃ働かにゃご飯は食べられないし?お金がなければ旅だなんだって言ってられないよ。のんびり金遣いの荒いことしてたのだって、なんだかんだ言ってロアの貯金使ってたんだもん。
にしても最終的に連中、なんて言ったと思う?もしも転職するつもりなら就職先は存在しない。必ず国が敵となって取り潰すことだろうって、ふざけんなっちゅうの!!
いいわ、その挑戦受けてやろうじゃないの。私なら別に山の中でも森の中でも暮らそうと思えば生きていけるんだからな!
vol 98 OS‐2地区で馬鹿じゃない?
「考える期間をやろう。滞在する間のホテルを提供するから賢明な答えを出すがいい」って、こんなボロいカプセルホテルで監禁って、もはや箱詰めにされた子モイモイじゃない。虐待とか、拷問とかもう何処に訴えればいいの?賢明な答えが出るまでここで暮らせっていう長期戦の構えがバリバリだ。
まあ、さすがにカプセルホテルの建物内なら自由に動けるんだけどね。見はりつきで。
はあ、ダイスケや電々狼は元気かしら。きっとダイスケが電々狼の面倒を見てあげているとは思うけど。出てくる前の仲良くじゃれる姿を思い出すとまだ癒されるわ。母さんちゃんと面倒みてくれてるかしら。どうやって抜け出そうかしら。
そんなことを取り留めなく考えてウロウロしていたらロアとホテル内で出くわした。あっちも見張りっていうかストーカー付きだったけど。ロアの場合は自分で帰ろうと思わない限り無理に連れ戻される心配は世論上も実力上も無いらしく、このまま騎士に復職せず水芸や手品魔術で食べていけるようしていくんだって。
で、私も復職は嫌だって近況漏らしたらロアはまるで物凄い良い方法があるとでもいう感じで「永久就職先に俺なんてどう?」とかほざいてた。
断る。
vol 99 関所消滅で私もHG‐3地区まで脱走
私が捕まって維持する必要もなかった関所は各地で暴動も起きていて管理面で既に崩壊していたけど費用も洒落にならないって一気に霧散したんだってさ。で、いつまでたっても私だけが建物の中に繋がれてたわけ。獣使いに繋がれる獣と同じ。
自嘲しちゃうね。
私は鎖に繋いで獣を服従させるやり方は嫌い。出来るだけ自然な状態に置いてそれぞれの種族のやり方で認めてもらうのが流儀よ。それで協力してくれる子だけを仲間にする。無理強いはしたくないからどうしても駄目なら野に返す。でも獣使いのほとんどは強引に洗脳や植え込みで獣を使うから、どうしたって獣達はあれ以上の協力などしない。
屋上で座り込んで考えていた。ダイスケ達を人質にとられたら自害しよう。絶対に復帰したくないがダイスケ達が酷い目に合うのも耐えられない。
死ぬこと考えてたら泣けてきて涙を袖で拭ってた時だった。悲鳴が建物の下から、かと思うと巨体が隣の屋根を蹴って屋上に飛び上がってきた。
あの、電々狼だ。それなりに懐きはしたけど調教なんて何一つしてない、なのにこの子は私を自ら背に乗せた。木を蹴って宙を跳ねまわるこの子には建物から私を連れ去るなんて容易い。座った毛皮から体にかなりの静電気がブワッて溜まった気配がして予想通り後で泣くはめになったんだけど、建物の間を飛び跳ねてどんどんと走り続けるの。
途中で隣にもっと巨体が並走した。ダイスケを見て私はこの子が従わせているんだと分かって目を見張ったわ。
あの戦いでも人を守って生き抜いた。そして旅の間も今も、私にとってダイスケはいつも奇跡だ。
vol 100 墓参りしてからOY‐1地区へ
ちょっと日記を書く間が開いたわね。
その間に何をしたかって、まずはダイスケと新しい仲間の電々狼コイルとでHG‐10地区にある千の獣が眠る墓を全て見舞ってきた。時間をかけて山肌に残っている骨や体を今度こそお墓にいれながらね。山の摂理だからほとんどは別の獣が食べてしまったみたいだけど。
移動している間に何匹か仲の良い獣達が私を見つけてまた着いて来てくれる。肩でも頭でも空でも大地でも寄り添ってくれる私の仲間達。
これからやることは決まってる。もっともっと丁寧に周りを見回して旅をしながら、あの欠片で被害をこうむっている獣達を助け出す。人間の方は軍が守るんだから獣達の味方だっていていいはずだわ。
仕事だ金だ追っ手だなんて洒落臭い。みんながいてくれれば私はなんとでもやっていける。逞しさがなければ獣達に混じって山で過ごすことなんて出来ないんだから。
失った車を改めて買うなんて出来ないから騎乗での旅になるけど、前よりきっと充実した日々になる。日記に書ききれなくなるぐらい素敵なことを見つけに行こう。どこまでもダイスケやコイル達と一緒に。
最後に1つ気になることと言えば瓦版に載っているニュースよね。どこぞの英雄が活躍してたり、盗賊が暴れていたり、悪夢が破壊活動をしている場所が旅の進行方向なのよ。なんだかまたかち会いそ…いや、言うと本当になるから止めとこう。危ない、危ない。
なにはともあれ獣達の黒歴史を終わらせるためにも、私、まだまだ旅を続けるわ。