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日記3

 vol 41 HMー5地区の薄皮饅頭


 今度は名前を頑なに呼ばなかった。話しかけられてもシカト。これで少しは居心地悪くなればいいんだわ。乗車料払えとか声をかけるのも嫌で……。

 それでも学者と剣士は元からこっちに気を使う性格でもなし、あいかわらず人の車で好き勝手に何かやってやがる。逆に魔術師は初めの頃から一貫してこちらに構ってくる。HM名物の薄皮饅頭を地蔵への供え物の如く人の前に備えてみたり、新しい魔術が使えるようになったと本を読みながらションボリした水芸をしてみせたり。

 それでもツンと顔をそらせば溜息をついて御者台の近くに座って『めげない魔術師』が無言になっていた。つうか、溜息つきたいのはこっちだっつうの!


 それにしても学者と剣士は少しぐらいダメージを受けても良いんじゃない!?




 vol 42 玉羊羹と剣士とHMー2地区


 剣士が夜に玉羊羹を御者台に持って乗り込んできた。玉羊羹は魔術師からだそうだ。日々の食事すらたかってくる剣士からだとは最初から思ってなかったけど。

 露出狂剣士は玉羊羹を突きながらいつもの変な喋り方で私に説教を始めやがった。最年少の私にパラサイトしてる最年長のオバンのくせになんて偉そうな。


 でも確かに剣士の言う通り、私は関所越えで借りを作っている状態。私とダイスケだけで突破するとなると車があれば派手になるのは避けられないし、優雅な旅は諦めなければならない可能性も高かった。

 でもその程度の恩のアダに命がけの厄介事に巻き込むのはいくら私でも駄目だろうって思ってるんじゃないの。

 義理があるって言うのなら、私は突き放してこそ果たせられる。

 私は大事な物を守るために人間を拒絶する。もしも追いつかれれば命懸けで抵抗するつもりでいるわ。それが、あの時に私が選んだ道だから。


 玉羊羹に穴をあけてプルンと包みが弾けると、甘くて冷たくてまん丸い羊羹が美味しくて、苦く感じた。




 vol 43 MGー6地区で心霊スポ……いやいやいや


 うふふふふふふふ、冗談じゃないわ。


 昼間に学者から聞いた話によれば、この辺りではこの季節になると夜な夜な長い棒がたくさん窓の外を揺ら揺らと蠢き出すんだとか。空にはテラテラといくつも赤い光る目があって地面に倒れかかるようにして炎を吐くときた。それはどんな獣でもなくて、目撃者によるとこの世のものとは思えない不思議な光景だったと興奮して語るばかりだという。

 何?一体どこのドラゴン?いえ、むしろ怪獣?「だからMGに現れる幽」みなまで言わせるもんか、学者!!うっかり書きかけたわ!


 私は何も聞かなかったわ。早く寝るから夜に現われる何かなんて目撃することもない。いや、夜になる前にMGを脱出すればいいのよね!もう日記書いてる時点で夕日が落ちてるけどもね!!

 あああぁ、私は正体不明の怪しいモンスターやゴニョゴニョだけはちょっと……ううう、ああああ。こうなったら獣車の中に引きこもって!いやでもそれだとダイスケがモロに……そうじゃなくても新手の魔物だった場合は寝てる場合じゃ。


 もう、もう、もう、変な噂拾ってくんなよ、学者めええええ!?




 vol 44 眠れぬ夜のMG-2地区


 余計なことを考えてダイスケにくるまって寝ること幾日、昨日、泣きべそを久しぶりにかいた。奇妙な低い声が合唱して、ユラユラ高い位置でオレンジの光がたくさん揺れてたら幽霊か化け物かって思うじゃん。


 思うじゃん!!


 MGチョウチン祭りというチョウチンを鈴なりにした5mある棒を持った男たちが森を練り歩く行事だなんて普通に気持ち悪いわ!よもや、ビックリしすぎて私ったら気絶したなんて……。

 起きたのは次の日だったのね。つまり今日ね。ハッと気づいたら頭が硬い膝にのっけられてたわけさ。もう御者台で手綱を引いているフリすらしていない獣車はダイスケによって自立走行を続けていた。私を膝にのっけたまま魔術師は外を眺めていた。朝方にチョロリしているまだ剃ってない不精ひげを見つめていると「おはよう」って笑顔。手が私の顔に伸びてきて、ちょっと残ってる私の涙の跡が拭われた。


 癪に障ったのでパンチを顎にお見舞いしたったわ。


 爆笑してやがった学者と剣士は荷物を車から放り捨てる粛清に処す。幽霊に怯えている乙女に「滑稽」だの「お笑い草」だの、私の怒りを思い知れ。




 vol 45 雲行き怪しいITー9地区


  疲れた。

 IT地区に入ってさっそく、あのモンスター大発生に遭遇したのよ。今度は蝶葉チョウハの山よ、山!あれは確かに花畑の如くブワーッて生えてきてババババッて飛び回ってるけど山一面を覆ってるのはやり過ぎじゃない!?

 近隣の町では鱗粉が充満して鱗粉症りんぷんしょうが大流行していた。そのせいでラリッた住人が町に溢れかえっていて目も当てられない状態。本当ならこの病気は山で何も考えずに花畑と勘違いした人間が蝶葉の群れに突っ込みでもしなければかかるものでもないのに。


「山を燃やせば大移動して被害が広がるぞ」って学者が珍しく頭の良さそうな助言をしてきた。人間が移動して町を放棄するしかないって。山の中でこれと遭遇したらアジトを変えるのが賊の常識なんだって。魔術師も「だが正気じゃない彼らを保護して避難させるには莫大な人力が必要になる。俺達だけでは」と深刻な表情だ。剣士は爪を磨きながら「鱗粉を大量につけた状態で無闇に連れ出せば被害も拡大するであろうし、専門家である医者がおらねば議論しても仕方なきことではないか」なんて他人事ながらごもっともなことを言う。


 町から一度離れた。




 vol 46 ITー8地区から秘密の斥候


 行く先々でも蝶葉について議論がなされていたけれど、誰も解決策を見いだせなくて言い争いで終始していた。蝶葉を止められないことには鱗粉症患者を救出するどうこうの話にもいかないらしい。

 だから私は自分ルールを破って、森の中で野生の鳥鳥チョウチョウを捕獲し集めた。そうよ、私になら蝶葉を蹴散らせる方法がある。もう獣の調教はしない予定だったけど仕方ない。弱肉強食のバランスが崩れた山には天敵がいなくてはならない。

 虫ならなんでも平気な体の大きい逞しい鳥鳥に『蝶葉だけ』を食べるよう命じた。こうも短期間の調教だとそんなに長い時間は命令に従ってくれないだろうが、ここまで食料が豊作なら鳥鳥も自ずと捕食対象にしてくれる。時間はかかるけど蝶葉が減って自然な状態になれば元の静かな森に戻るはずだわ。それまで鳥鳥には偏食をしてもらうしかない。


 病気については、私が出来ることはないわね。出来るだけ早く鳥鳥に蝶葉を減らすよう仲間を更に呼び寄せてもらうぐらいしか出来ないわ。

 天災に近いモンスターの被害、異常な各地の大発生、これはもしかして他でも起きているんじゃないかしら。何か不味いことが引き金になって。


 駄目。もう私には関係ない。




 vol 47 ITー5地区にやっと到達


 蝶葉の現場から離れるのを渋る魔術師が瓦版で鳥鳥達の謎の活躍を見たことで、ようやく納得して再出発することが出来た。車を止めるために例の馬鹿力でダイスケの手綱を引っ張って妨害された日には常識はずれの力に恐怖を覚えたわ。モイモイって中型獣がどれだけの力持ちだと思ってんのよ。ダイスケびっくりしてたじゃない。


 鳥鳥達はちゃんと蝶葉を着実に減らしてくれているみたいね。あの子達が頑張ってくれているみたいで予想を上回るスピードで収束に向かっている。あの虫はそんなに美味しかったのかしら。蝶葉の鱗粉は鳥鳥には効かないはずだから鳥鳥がラリッてるわけはないだろうし。


 ダイスケには鱗粉を吸わないように大きなマスクをさせていたから息苦しい思いをさせて悪かったわ。IT地区の美味しい物を調べて一緒に何か食べましょうね。

 でも時間をとられたせいでまた関所が周りに出現し始めたわ。目の前塞がれる前には急いでIT地区を抜けなきゃね。

 うん、美味しい物を食べてからだけど。




 vol 48 長かったけどITー2地区


 エビせんべい、生姜せんべい、胡桃せんべい、イクラせんべい、チョコレートせんべい、バリバリバリバリ無言で食べ続ける。

 焼きたてを道すがら買って、食べて、店を見つけて買って、食べて、獣用せんべいをダイスケにあげて自分も食べて。

 剣士が横から勝手に手を伸ばして飽きたと文句を言うのにも無言。

 まだまだ麦ゴマせんべい、イカせんべい、豆せんべい、全部食べるんだから。レーズンバターせんべい、落花生せんべい、林檎せんべい、炭酸せんべい。


 最近ゆっくり味わって食べるってことができていない気がして、私はとにかくせんべいを味わうことにしてた。焼きたてってところがミソだから今のうちにしっかり食べるのよ、ダイスケ。


 そろそろ最北地区に辿り着く。

 広大過ぎて人の手がつけられていない部分が大半を占める、私の目的地。追ってがかかれば身を潜めようと定めていた予定の場所。




 vol 49 ARー6地区現地の人間が食べない


 林檎王国。

 どんなお菓子にも、なんの料理にもとにかく林檎が入っている。右向けば林檎、左向けば林檎、民家にも林檎、お店の棚に7割の林檎。CB地区のナッツレベルで特産品に固執したメニューの数々。

 私は悩んだ。

 特産品を味わって食べようと思ってた傍ら、やはり3食をリンゴで済ますのは辛過ぎる。しかもこれはIT地区の如く色んな味のせんべいというわけではなくAR特産のリンゴオンリー。


 私は迷った。

 白いご飯にかかっている林檎、その名も林檎丼を食すべきかどうか。

 地元の人間はイクラ丼や親子丼などを食べている。店員が強引にお勧めだと差し出してきた林檎丼。私はダイスケの前にそっと林檎丼を置いてみた。

 美味しそうに食べていた。

 私はお店でもう一度イクラ丼を頼み直して食べた。美味しかった。


 なんだか店員が残念がっていたけど、名物を地元の人間が食べない時には警戒して然るべきよね。




 vol 50 ARー1地区で迫る


 瓦版を例の如く学者が拾って来て読み上げた。

 騎獣隊の獣訓練士プリシラ・チェイカルの目撃証言を元に国の東方へ捜索が行われているが未だに捕縛すること叶わず。このため関所の乱立により不便さが全国的に目立ち、軍人の乱暴な取り締まりで治安が強化されるどころか住民らに混乱を招いている。

 苦情殺到。


 学者は音読して「そこまでしてなんでチェイカルが追われてんだか。無駄な取り締まりの強化なんざしてねえで別のことに金使いやがれよ。俺に寄越すとか」なんて瓦版に文句をつける。

 さてね。置き土産のせいなのか、いよいよ手駒を消耗し過ぎて活動に支障をきたしてきたのか。どちらにせよ捕まったところで協力なんて絶対にしないわよ。死に敬意を払わない連中のためなんかに。


 ここらは星が綺麗。

 随分遠くに来たけれど、母に事情も話さずちょっと旅に出るだなんて言ってみたけれど、父は最後に会いもしなかったんだけれど、手紙の1つも出さずにテレパシーだけ送ってみたりするわ。もしも二度と会うことがなかったとしたらこの日記を最後の言葉として読んでちょうだい。


 私は獣使いのプリシラ・チェイカル。もうこの子達を道具にはさせたりしない。そう扱う場所で彼らに死ねと命じるのなら、私は逆の命令を出して消えてやるわ。

 私に従う賢く勇敢で優しい子達。殺させたりしないわ。もう2度と消耗品だなんて呼ばせない。




 vol 51 終わりの始めHDー27地区


 最北HD地区は、見渡す限りの平面と突然地面から飛び出した山、川、畑で構成されている。

 店を指差して「ジンギスカン食べようか」って、呑気な魔術師が言う。私も笑って「そうだね、楽しみだわ」って答えたら喜んでいた。学者は初めてまともに応えた私のことをかなり疑わしそうにしていたけれど、特に何も言ってはこなかった。剣士は田舎はつまらないって騒いでいて、いつも通り話すら聞いていなかったわね。


 羊は美味しかった。

 手を合わせて、私の血肉となる生きとしいける者全てに感謝の気持ちを忘れない。それが獣使いの心得だと私は思っているから。ついでだけれど「ありがとう、魔術師。美味しかったよ」とも言っておいた。


 それから真夜中、私は予定通り車とダイスケを繋ぐ縄を解いて最低限の物だけダイスケの背中に積んた。そして、ダイスケにまたがって山へ姿をくらます。

 旅の終着予定地。ここで永遠に逃げることが出来ればだけれど。




 vol 52 野と山とHDー24地区


 山篭りなんて久しぶり。仕事してるとなかなか出来ないものね。サバイバル生活の感もやっと戻ってきたって感じ。ダイスケに騎乗して人智を超えた樹海の中を駆け抜けると獣のみんなと過ごした昔を思い出す。何日も帰らないと兄が探しにきて家に帰ると母が「そういえば、最近見かけなかった!」ってセンベイ齧りながら娘の存在を思い出すの。


 重くて目立つ車を切り離したダイスケは機動力があがって広いHD地区の山々も簡単に越える。時々は人里の様子を見ながら冬が来る前には住処を決めるつもり。最北だから冬はきっと雪で苦労するだろうけどダイスケが温まれるぐらい地味に広くて温泉がわく洞窟もあった。

 とはいえ、地の利を把握せずに一箇所に潜むわけにいかないでしょ。いつ発見されるとも知れないわけだし逃げた先で寒くて凍死とか洒落にならないもん。

 いくつか休息をとれるポイントをチェックしながら、ついでに食料を集めていかなきゃね。冬山じゃ備えはいくらあっても足りないから。とりあえず、私の事が世間から忘れられるか、騒ぎが収まるまでは美味しいものもおあずけなのよねー。


 ……なんか、ここまで来る間が騒がしかったせいかやけに静けさが身に染みるわね、ダイスケ。




 vol 53 HDー15地区で人力車


 世紀の馬鹿大発見。


 信じられない、私が乗り捨てた車が走ってた。それがどうしたかって目を疑ったのは、ダイスケの代わりに車を引いてるのが馬でもカバでも陸烏賊リクイカでもなく魔術師だったって部分よ。魔術師、あの馬鹿力で魔術書を読みながら低レベルの魔法しか使えない例のあいつよ!

 遠目からギョッとして姿を隠したけど、置き捨てた地区からここまで結構な距離よ?そこからまさか人力で車引いてくるなんて馬鹿だわ。馬鹿過ぎるわ!


 獣の中でも力持ちなモイモイのダイスケでこそ1匹で引ける獣車だけど、馬になると2頭は必要になるの。魔術師の財布の中身なんて知らないけれど散財具合から考えれば馬くらい買えるでしょう!?だいたい、あんなことをするぐらいなら普通に歩いた方がどれだけ楽なことか。後の2人は姿を確認できなかった。ダイスケの大きな体があちら側から見られないように、すぐにそこから離れたから。


 ……なんのつもりなの?そこにダイスケが戻ってくるからとでも思っているって言うの?

 乗り合い獣車としての利用価値すら無くなった私達を探してどうだって言うつもりよ。本当に、霊長類人科ほど理解し難い生き物はないわ。




 vol 54 HD-5地区にてレオンハルト遭遇


 本気で現れやがった分からず屋の兄貴。遠くからこっちが先に発見できたから兄貴側の見張りを探すのに匂いを消して近づいた。近くの茂みに到達する前に周囲に潜んでいた忍鼠ニンソの群れを見つけて1匹残らず捕まえて閉じ込めておいたわ。もちろん遠くに行ってから後で開放したけど。

 忍鼠は見張りをする以外は報告する知恵もないから問題ないのよ。本来なら群れて素早い忍鼠を全て捕まえるなんて、あまつさえ潜むなんて出来やしないと思ってるんだろうけどコツを知ってる獣使いには無効よ。だって獣に気取られるようじゃ獣使いなんて名乗れやしないでしょう。

 兄貴の場合は、対獣使いを想定したことが無いのかしら?


 それにしてもいらないことを聞いてしまった。兄貴と役人の話に聞き耳をたてて手に入れた情報は、私の推測を裏付けるだけだったからよ。

「例の大発生がHD地区でも認められました」

「プシィを捕まえるのが先決だ。いちいち各所の事件に構ってられるか。地元の連中に解決させろ」

「それが、被害は甚大で戦える者が端から殉死していくような始末で。このままでは住民が皆殺しに」

「だからこそ、あの愚妹が必要なのだ。私だけでは獣の補充が間に合わん。底を尽けば最低限の守りすら……考えたくもない!」


 全国的にこの異常事態は起きている。だから、また私にダイスケ達を戦場に引きずり出して道具のように使えと?また、あの時みたいに。




 vol 55 悩んでみるHDー1地区


 最北端の出っ張った岩に立つダイスケの背に横座りで景色を眺めていた。随分長い間考え事をしていたみたい。目が覚めてから日が沈むまで海を見ていたから。

 冷たい風が崖下から吹き上げて髪が空気を含ませて跳ね上がる。『飛び降りる前に相談を』なんて看板がいくつか崖沿いにあった。確かに、ここにはそんなゾッとする魅力も感じなくはないわ。


 被害甚大か……。

 人間が死ねば大騒ぎする。獣はいくら死んでも必要な犠牲だというくせにね、ダイスケ。思い出すわ、龍牙舞(タツガブ)が大発生した日を。そう、アレはダイスケの初陣にして最悪の任務だった。

 龍牙舞に囲まれた山頂にはよりにもよって村があった。救出のために戦いに投入された私の可愛い子達は想像以上の戦場を前に次々と死んでいった。絶望的な状況だった。引き返して助けを呼ぶべきだった。撤退を命じようとした私を押さえつけて同じ獣使いであるレオンハルトは何と言った?

「獣はまた調教し直せばいい」それから「無駄な消費は望まない。新しい獣は投入せず、こいつらだけでなんとか山を制圧する」だってさ。

 レオンハルト達が引きあげた後、誰も帰ってこない山の中で見つけた生き残りは1匹。丸くなって震えていたダイスケだけだった。無理やり戦いに駆り出されて、怖かったでしょう、苦しかったでしょう。私、守ってあげれなかった!!


 人が死ねば良いと思ってるんじゃない。だけど、だからって代わりに獣をぶつけるなんて耐えられない。そんな獣使いなんて、獣からの信用を逆手にとった裏切り者以外のなんでもないじゃない!




 vol 56 問題直面HDー8地区


 広い野にひしめく木木木キボクモクが町に襲いかかっていた。町には騎獣隊がいて、彼らがなぎ払いはしてるけど塀は壊され煙が町の中で立ち昇ってく。それでも退治とまではいかなくて木木木は追い払うに留まっていた。恐らくまた別の場所か、再びここを襲うと思う。

 怪我人の呻く声がこんな遠くまで聞こえるはずないのだけれど、何故か私を批難する言葉は届いた気がする。


「どうして多くの獣達に戦わないよう命令して消えたのか」

「戦える獣が減っている時に多くの獣を補充する要となっていた訓練士が姿を消すなど」

「助けを求める人々を見捨てるというのか、プリシラ・チェイカル」


 うるさい、うるさい!ダイスケ達に代わりに死ねって言うの!?あの子たちは望んで人間を守るだなんて言ってない。私が、そう、私が命令を聞くように調教しただけなのよ。

 あの子達を殺さないで。死んでこいなんて言わないで。戦えって言うんだったら一緒に戦ったらどうなの!




 vol 57 HDー13地区は力を合わせて


 町を襲った木木木が逃げていく後を私は追った。それから今日まであの子達が人里に向かいそうになるたびに森へ誘導してきた。魔物に分類される者でも意思の疎通に成功したことはある。けれど、駄目だった。あの子達は落ち着く場所に立てず高揚していき、数が多くて鎮めることもできない。

 どうにか出来ないか森の様子をダイスケと見て回った先、最悪、魔術師達と鉢合わせになった。あの車こそ引いてなかったものの、そろいもそろってレベル1の分際で木木木にエンカウントしたらどうするつもりよ!ってそりゃ私は焦るわよ。お陰で少々危険だけれどダイスケには頑張って木木木の間を駆け抜けてもらって、あいつらと逆方向に誘導する骨を折らなきゃならなかった。


 で、なんでこんな所にいたのか周りを探索してみたらそこら中に戦闘要員がウジャウジャ募られていた。どうも木木木を退治する方向で民間の戦力を固めているみたいね。ダイスケとの時間稼ぎも体制を整える役にくらいはたってことかしら。


 でも、これで大丈夫なんて思わない。ダイスケが、たくさんの狩猟獣達が、力を合わせて戦った結果を私は一度見た。どうしたってあの血の惨状はすぐに記憶へ浮かぶ。ましてや親父の隠し芸レベルの魔術と、偏った雑学と、切れない剣技を披露するあのメンツが無事でいる確率は……どうなる?




 vol 58 HDー18地区で騎獣士として


 森の中で木木木の群れなんて相手にするのは自殺行為。だから人間が戦いやすい野原に誘導したのよ。私の計画通りに寄せ集めくさい討伐隊は木木木達を見つけて交戦開始はしたんだけど、もののついでに私も発見されるとはね。まさかレオンハルトが民間軍の前線なんかに加わってるとは思わなかったのよ。

 でもまあそんな場合じゃなし、レオンハルトも目の前の敵に集中するかと思えば「やっと見つけたぞ。人を守る責務から逃げた罪は」とか「今度こそ命を賭けて仕事をまっとう」がどうとか言って私の捕縛を優先してきやがった。

 実の兄ながら頭痛い男ねえ!!

 だから私は命を守るための命の犠牲なんて認めてないっつうのよ!ダイスケ達の命、軽い気持ちで振るわせたりしない。そして自分の命の使いどころも自分で決める。


 なんて、言って通じるなら最初から話はこじれないわけで。ダイスケに乗った私にあっちは獣を使って襲い掛かる。木木木と交戦するのに散らばっていた獣達も呼び寄せやがって、私は血生臭いことになる前にとっとと逃げたんだよね。

 その時、不意にダイスケが向きを変えて自由に走り始めるもんだから私は驚いたまま木木木の背後に連れて来られた。その向こうにはやっぱりヘッピリ腰で剣を振るっていたり、ションボリ魔術で戦おうとしている馬鹿2人が木木木に容赦なく枝を振り上げられている光景があって。

 後ろから迫ってくる兄貴なんて構ってられるか。

 命じるよりも先にダイスケは木木木の幹を蹴りあげ、跳ぶ。私は剣を構えて広がる枝の根元から木木木の腕を切り落とし、ダイスケは着地する。でも別の木木木の枝で私はダイスケの上から叩き落とされた。


 ボンヤリと意識が落ちてレオンハルトの姿が見えた気がして「あ、捕まる」と思ったその後。目が覚めたらいたのは兄貴じゃなく魔術師と学者と剣士だったのよ。

「おはよう」と笑う魔術師の固い膝から、ダイスケが獣車をひいているのが見えた。




 vol 59 HDー21地区で事の顛末を知る


 騒ぎに乗じてダイスケはちゃっかり私をくわえ、兄貴から逃げてくれたんだそうな。ついでに魔術師達も一緒に付いてきちゃったけど。

 木木木の群れはどうなったのか気になって聞いてみれば、剣士に瓦版を渡された。でたらめな内容だった。私が気絶した後に木木木の全てが炎に包まれて大爆発を起こし、一瞬で燃え尽きたんだと。

 なんでも、戦える者を集ってできた討伐隊の中に世紀の大魔術師『悪夢のヴェンパー』が混じっていたのが事の始まりで、ヴェンパーは討伐隊全員の武器に魔術をかけると言い出したらしい。その武器で傷つけられた木木木にはヴェンパーの魔術の通り道と繋がる爆印が刻まれてピンポイントで灰にできるんだとか。それで手筈どおりに木木木達は燃やし尽くされた。


 噂には聞いていたけど悪夢のヴェンパー、なんて空恐ろしい魔術師なのよ。1つの武器に魔術をかけるならともかくあれだけの人間の武器に一気に呪いをかけて、しかもピンポイントで敵を燃やすだなんて聞いたこともないわ。

 大体、こんな僻地になんでそんな大物がいたわけ?ヴェンパーって言えば南の魔術師支部の研究所で隠居してるんじゃなかった?


 あんまりにもおかしくて笑っちゃった。獣がいなくたって襲ってくる群れに太刀打ちは出来るんだ。それが一部の非常識なツワモノだったとしてもダイスケ達が犠牲にならなくたって解決出来るんだわ。


 ところで何気なく勝手に獣車をダイスケに引かせているけど、魔術師も学者も剣士も何事もなかったかの如くそのまま旅を再開させようとしてない?またまた私は1人で怪我をして車で寝そべったままだし。


 けどまあ、今はしょうがないか。日記を書くぐらいしかできないんだし、もう今日は眠るだけで。




 vol 60 折り返しのHDー23地区


 なりふり構わない兄貴と追撃にうんざりした。もうこうなったら、HD地区で潜むのを諦めて離れるしかないわね。獣を呼び集められて一斉に捜索されたんじゃ、潜むどころでもないし。それにまさかとは思うけど、悪夢のヴェンパーに協力要請でもされた日には目も当てらんないわ。獣使いなんて準備期間がなかったら無力なもんよ。


 それにしても「さて、次はAK地区だね。蜂蜜と鳥肉と鹿肉が美味しいんじゃなかったかな」「お前、慣れてきたなロアール。ついでに酒も買ってこいよ」「我が輩は全部食べたいのだ」いつもながら混沌としている車の中だ。

 御者台の近くで寝そべっている私は、黙って人間観察。だって動くと痛いんだもの。


 うん、痛いわ。だから当分は追い出す体力なんてなさそうだわ。仕方ないわよね。

「おいプリシラ、もっと早くダイスケを走らせろよ。腹減ったぞ、酒飲みてえ!」「もういっそのこと何かの動物に持ってこさせるのだ。獣使いらしく速やかに、エレガントに」


 本当にいいの、私?この馬鹿共追い出さなくていいの、私!?

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