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7月18日

「あんた、なにそれ。もしかして自衛官とかなの?その割には弱そうね」


「あ、なんでそっちになっちゃうかな…まぁいいか」


陸は頭をポリポリと掻きながら、でも強くは否定しなかった。取り立てて何か悪い事をしている訳ではなくても、警察官だと言うと大抵相手から距離を置かれてしまうからだ。



「私、明日もバイトがあるからこのまま電車乗って帰るけどあんたも電車?」


「いや、僕は車で来ているんだ。こっちの人間じゃないから」


「ふぅん?どこなの?埼玉?」


「いや、群馬だよ」


「えええ!?」


ユウコは思わずアイスの棒を落としてしまった。それを陸が慌てて拾うときちんとゴミ箱に捨てる。


「あんた、群馬からわざわざ私のライブ見に来ているの!?」


「いや、だからキミのライブは今日初めてで…」


「あ、そっかそっか。なに?東京観光?それか、なんかイベントとかあったの?」


普段からの自意識過剰気味な性格の所為で思わず口走った言葉に、さすがのユウコも照れ笑いで誤摩化した。


「いや、昔ねぇちゃんがこっちの病院で入院していたんだ。小児がんに特化した病院だったんだよ。あの頃の事忘れたりはしないけど、でも、こうやって時々来ないとあの日の事が風化しそうで怖いんだ」


そうユウコに話している陸の視線は先ほどから地面ばかりを捉えていた。


(この人のお姉ちゃんって亡くなっているのね。それにしても小児がんに特化した病院ってまさか…)


暫く真剣な面持ちで何かを考えていたユウコだが、意を決したのか俯いている陸の顔を覗き込んだ。


「ねぇ」


「わぁっっ」


眼下いっぱいに突然美しいユウコの瞳が現れ、陸は思わず後ろに飛び跳ねる。


「ななな、なに!?」


「あんたのお姉ちゃんが入院していた病院って?」


「ああ、◯○病院だよ」


(やっぱり…親父あいつの病院だ)


ユウコはギリッと奥歯を噛み締め、眉間にしわを寄せた。


「ど、どうしたの!?」


歌っている時も手入れされたナイフの様に鋭い眼差しをしていたユウコだが、今はどちらかというと返り血が滴り落ちているに日本刀の様な鋭さと危うさだ。

陸は突然の事にただオロオロとするしかなかった。



「僕なんか悪い事を言ってしまったかな?と、というか、ぼーっとしていてゴメンね。キミが目の前にいるのに」


陸の謝罪は全く的を射てなかったが、それでもユウコの表情をほんの少し和らげる効果はあった。


「べつに、あんたは悪くない」


ぶっきらぼうにユウコが答える。彼女は自分でも鞘に納める事が出来ないこの狂気を持て余していた。


「とりあえず今日はもう帰ろ。あんた、明日も私のライブ来れるでしょ?」


このまま一緒に居ても自分をコントロール出来ないままで相手に申し訳ないというユウコなりの気遣いから出た言葉だった。


「あ、いや、明日は夜勤なんだよ」


「夜勤?国家を守る仕事は大変ね」


「………う、うーん、まぁ。その代わり明後日は来るから…いや、来ていいかな?」


頬が染まるのを自分でも気付いた陸はユウコに見られない様に少し俯いた。


「なによ、その言い方。もっと私の歌を聞きたいですって全身で表現してみなよ」


「え、全身!?ど、どうやって??」


陸は自分の手のひらをグーパーしてみたり頭を抱えたりしてみせた。それを見てユウコはすっかり棘が落ちた様に歯を見せて笑い出した。


「あはは、いいよ、もう。じゃあさ、あんたにコレ貸してあげる」


そう言ってユウコは左手首にはめていたドクロとビジューとリボンが付いたブレスレットを陸の手に無理矢理握らせた。


「え?!えええ??」


「これ返すのに絶対明後日来いよ。それから利子として私のCDを二枚買ってね」


ニシシとユウコが小悪魔の笑みを浮かべた。しかし、こんな美しい小悪魔が居たらどの男も言う事を聞いてしまうだろう。勿論、陸も例外ではなかった。


「じゃあなー、必ず返してねー」


手を振りながらユウコは駅へと走って行ってしまった。


「え!?これ!?え!?あ、あの!必ず行くから!必ず!!」


陸は見えなくなった後もユウコの走っていった道をいつまでも見つめていた。



                           ユウコ編 おわり


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