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ユウコ 7月18日

じっとりと湿気を帯びた夜の風が人通りの多い渋谷の街を人々と共にうねり歩く。


夜11時を回ってもまだここは若者で溢れていた。


そんな渋谷の一画で、少女の叫ぶ様な歌声とアコースティックギターが鳴り響いていた。


「とんだクソ野郎だよてめーーはーーー、同棲しようって言ったら急に「実は俺には奥さんと大事な一人娘が」とか言出しやがったーーーなんで今更そんな告白するんだよこのピー(自主規制音)野郎ーーてめぇの面は二度とみたくねぇ!!お前なんか室伏ハンマーに叩き潰されてしまえばいいんだーー娘を悲しませたくないから別れてくれ?ああ、別れてやるよ、別れてやるさ、ただ別れる前にあんたに投げたいハンマーをーーああ〜むーろふしーーーーハンマー、ハンマー投げの室伏親子ーー上腕二頭筋が唸りを上げるぜー」


この続きはとてもじゃないがここには書けない様なスラングを吐き散らかし、彼女は荒々しくギターをかき鳴らしていた。


しかし、そんな彼女の容姿は紡ぎ出される言葉達とは裏腹にとても美しかったのだ。


肩までのおかっぱ頭に、艶を帯びた白い肌、長くカールされたまつ毛に大きな黒い瞳。クオーターという事もありすっと通った鼻筋。こんな歌でもなければ、もっと多くの客が彼女を囲っただろうに。


今、彼女の周りに居るのは数人の男達のみだった。生きる見本の様な年齢不詳のオタク男と、酔っぱらいのチャラついた若者2人、それから一人だけ真面目そうな20代前半の好青年が彼女の周りに立っていた。


「さんきゅーーー、新曲「ハンマー室伏」でした」


ジャンとギターを鳴らし、彼女は満足そうな顔をした。拍手をしたのはオタクと好青年だけで、酔っぱらいはおぼつかない足元でヨタヨタと彼女に近づいて行った。


「可愛いねー彼女ー、パンツみせてくれたらお金出してあげるよーーぐへへ」


パニエから出た白く細い少女の太ももを舐め回す様に男達は見てきた。


「散れ、ゴミども!!」


そう言うが早く、彼女は肩から下げていたギターで男達の顔面を強打してやった。


「ぎゃあっ」

「いでぇええ何すんだよてめーー」


「なんだゴミ共!もう一発くらいたいのか!?ああん?」


殴られた勢いで男達はヨタヨタとそのまま地面に尻餅を着く。


「ちょっ、ちょっとまずいよ」


そう言うと好青年が思わず彼女の腕を掴んだ。青年は一瞬その細さに驚いたが、すぐさま彼女を引っ張る様に走り出した。


「てめーーぶっ殺すぞーー」


男達の叫び声が背中越しに聞こえてきたが、相手は酔っぱらいだ。すぐに遠くなっていった。






「ちょっと!!!離してよ!!」


暫く走った所で少女は青年の手を振り払いだ。2人の足が止まる。


「はっっはあはぁ、ご、ごめん」


青年は大きく肩で息をする。彼のTシャツにはうっすらと汗で模様が出来ていた。


「痛いじゃない」


彼に掴まれていた方の手首を少女はさすりながら言った。彼女の手首には彼の指跡がしっかりと付いていた。


「ご、ごめん」


荒くなった息を整えながら彼は申し訳なさそうな顔をしてみせる。


「ちょっと、あんた運動不足何じゃない?とりあえず冷たいものでも買って休憩しよ」


少女はコンビニを見つけると勝手に一人で入って行ってしまった。その後を青年も追う。


「やっぱりコーラよね、あ、それからガリガリ君とポテチも」


コンビニに入るとすぐに、彼女は買うものを決めていたかの様に買い物かごにポイポイと商品を放り込んでいった。


「あんたは?何にする?」


「え、あ、僕は」


オロオロとしている青年を見て少女はフンと言うと勝手にミネラルウォーターをかごに入れた。


「あんたは水ね、あと、お会計」


そう言ってずいとカゴを青年に渡した。


「じゃ、私外で待っているから」


「え、あ、はい」


さっさと出て行く少女の背中を見送りながら青年は暫し呆然としていた。





「ありがとうございました〜」


コンビニの自動ドアが開くとすぐに少女が仁王立ちをしていた。


「遅い!」


「あ、ご、ごめん」


膨れっ面のまま少女は手のひらを上にして突き出してきた。


「?」


「コーラ、ほら早く。私歌っていたし、走ったしでのどか湧いているんだけど」


「あ、そっかそっかごめん」


レジ袋から青年がペットボトルを取り出すと、彼女は奪い取る様に持っていった。


彼女の小さな唇にペットボトルの口が押し当てられる。思わず青年はその姿に見惚れてしまった。


「なに、みてんのよ」


口元を手で拭いきながらジロリと少女は睨んだ。


「あ、いや」


「あんた、前も私のライブに来ていた?」


少女は歩道に設置されている手すりに体をもたれて、今度はアイスを催促してきた。


青年は辺りを見渡し、ここが裏通りで通行人があまり居ない事を確認すると仕方なくアイスを手渡した。


「いや、今日初めてキミのライヴを聴いたんだ」


「そ、で、どう?ファンになった?」


どこからその自信が溢れてくるのか。しかし、その美しさと純粋さが残る瞳には何か憎めないものがあった。青年はこくりと頷く。


「本当!?嬉しいな」


無邪気に歯を見せて笑う姿はまるで小学生みたいだった。


「あ、私はユウコ。だいたい夜は渋谷で路上ライブやってるよ。まぁ、警察に撤去されるまでの間だけどね」


「ぼ、僕は佐藤 陸っていいます」


陸はビシッと姿勢をただし、いつもの癖で敬礼をしてしまった。


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