第二理「いつもの日常の中で」
私立仁鳥高校。そこが俺の通う高校だ。何の変哲もないごく普通の学校。……見た目は。
そんな平和な学校の中で俺は
「まちやがれぇ!!」
全力で走っていた。
「くっそ、三倉の野郎! 捕まえたらぶん殴ってやる!」
三倉の奴はいつも俺にいたずらを仕掛けてくるが、きょうのはいつもよりかなり激しかった。
登校の時に通った公園で、落とし穴に落とされた。
しかもその落とし穴が、落ちた後に蓋がされるタイプだったので余計たちが悪い。
蓋が予想以上に重く、なかなか開かなかった。蓋と格闘すること一時間ようやく蓋が開いたが、時刻はすでに九時半、完璧に遅刻。
「担任の境に遅刻した罰でこの真夏のクッソ暑い中三十分も正座させられた分も加えて恨み晴らさせてもらうゼィ!!」
長い廊下を全力で走る。
走る! 走る。走……る。走…………る。は、し…………る。
「速えーよ!」
走っても走っても全く差が縮まらない。それどころか、徐々に離されていっている。
「そういやアイツ……。陸上で県一位取ってたの忘れてた……。」
だが、俺にも意地がある。何としてでもアイツを捕まえてぶん殴りたい。
「逃がすかぁー!」
俺はポケットの中から緑色の球を取り出して、三倉へ投げつける。
「へっ! 捕まえてみブッフハァア!」
ふり返った三倉の顔面に見事命中。うん、とっても気持ちいい。
で、球の当たった三倉は、
「うおっ!」
一度消えて、俺の目の前に出現。
「つかまえたぜ~」
悪役顔負けの悪い笑いをしながら三倉を掴んで、殴ろうと――
「いやいやちょっと待て。質も――グハァ!」
構わず殴る。
「ちょ、聞けって! 質問するだけだから!」
俺はため息をつきながらもこの犯罪者の質問を聞いてやることにした。
「なんだよ」
「なんでお前が移動球持ってんだよ!!」
移動球とは、文字どうり当たった物体が、自分の目の前に移動する球のことだ。
卒業生が、化学の実験で薬品の分量と種類を間違えてやったら何故かこんなすごいのかどうなのか解らないものができた……らしい。
教師たちはそう話しているが、生徒の間では「軍の秘密兵器をこっそり作って自分たちを実験台にしている」とか「謎の青年が預かって欲しいと置いていったらしい」等の中二臭い噂で考えられている。
……まぁ、学校外に出してはならないようなので、理科室に保管されているのだが。
「ハア? そんなもん理科室からパクッてきたに決まってんだろ。質問は終わりか? 終わりならもう一発殴るぞ」
「いやちょっと待って。まってって――」
「はーい。授業始めるぞー」
ガラッ、っと音のした方を見ると境先生が手で顔を仰ぎながら入ってきていた。
チッ、タイミングの悪い時に……っ!
三倉のホッとした様な笑顔がかなりむかつく。
俺は仕方なく席に着く。
「リョウどうかしたの? ものすごい顔色悪いけど」
隣の席の夜野綾が話しかけてきた。
ポニーテールに結んだ青い髪が肘まで伸びていてるのが特徴的な女の子だ。俺の幼馴染でクラスの女子の中でも可愛いマドンナ的存在――とか思っただけでクラスの馬鹿どもから殺意とカッターが飛んでくるからあまり思わないようにしている。最近は曲がるカッターを持ち出してくるようなったが、何とか回避している。
「ああ、ちょっと全力で走ってただけだ」
「また、三倉君と追いかけっこしてたの?」
「まあな、おかげで長距離走がクラスで十位から二位になった」
「よかったじゃん。でもなんでリョウは三倉君を罠にかけようとか考えないの?」
「な……っ! そんな手があったのか……っ!」
「ほんとバカなのは昔から変わんないねー」
「でもあの三倉が、罠に引っ掛かるか?」
「普通にやっても駄目だろうけど、遼が相手なら三倉君も油断してると思うからいけるんじゃない。」
「はいそこー静かにしろよー」
境先生に注意されて黙る俺と夜野
「じゃあ今日は『空間移動体』を作るぞー」
空間移動体とは(まぁ大体分かってるとは思うが)今の場所から別の場所に飛べる便利なものだ。ただの髪みたいな素材の癖に完成するとハンマーでたたいても傷一つないという摩訶不思議ヘンテコ物体。噂のほうは移動球とまったく同じだ。
『え~』
『まじかよ~』
「はいはい、文句言わない。」
『でもな~』
『めんどくせーし』
「ちなみに、終わったやつは自分の作ったやつ使って、フランスでもアメリカでも月にでもいっていいからね~」
『おっしゃやるぞ!』
皆遊べると聞くとやる気が違うな。もう皆眼が血走ってるし。
「じゃ、俺も始めますか」
そう言って俺は教卓に置いてある作成キットを取りに行く。
《空間移動体簡単作成キット》って箱には書いてあるのにやってみるとすげー難い。説明書があるのが唯一の救いといったところだ。
えーっと最初に部品AとGをHにDを挟んでくっつけて、HにVを入れながらAとBをくっつける。次に、FとSとRの中にモーターを入れて、それをGにくっつけてZの中に入れる。そして入れたものをTとQに重ねて、Xが……。
ギブアップだ。
三十分。こんだけやってまだ作業の半分も行ってない。
他の奴が気になって周りを見てみる。
あ、だめだ。もう四分の三はリタイヤしてる。貧血で保健室行った奴もいるし。
さて、どうしようか。もうやる気失せたし。
「できたー!」
三倉の声だ。今日はいつもより早かったな。
先生は……いないな。そろそろ始まる。
「私はちょっと職員室いってくるけどみんなちゃんと作っとくのよ~」
そう言って境先生は教室から出て行った。
ピシャリという音がした瞬間それは始まった。
「第三十二回空間移動体争奪オークション!」
『フウー!』
まるで芸能人来たかのようなテンションのあがり方だ。やはりみんなも待ち望んでいたようだ。
「さあ、今日の最低落札価格は破格の百円から!」
『おおっ!』
「開始っ!」
『百円!』
『二百円!』
『三百円!』
『五百円!』
皆今日は飛ばしてくるな……っ! だが負けんぞ!
「七百円!」
『八百円!』
くっそ、七百円が全財産だというのに……っ! 昨日ゲームなんか買うんじゃなかった!
「それ以上の奴はいるか?」
誰一人手を上げない
「八百円で落札だ!」
けっきょく加藤が落札し本人はすでにどこかへ行っていた。
皆愚痴を言いながら、自分の席へと帰っていく。
「おい、黒」
三倉が話しかけてきた。
「なんだよ」
「四百円で作ってやろうか?」
「まじで!?」
「ああ、ただし俺も連れて行くという条件付きでな」
「理由は?」
「そっちの方が面白そうだからに決まってんだろ!」
屈託のない笑顔で三倉は言った。
なんか○ョッパーみたいだな。 悪意は……無さそうだ。
「ならいいぜ! ほら四百円」
「まいどっ!」
よっしゃ! これで俺も旅行いける!
「じゃあ作るからちょっと待っといて」
「わかった」
30分ぐらいかかるし、本でも読んどくか。
――30分後――
「できたぜー」
「おお、さすがだな」
「じゃ、いきますか」
「ちょっと待て。行き先がまだ決まってないだろ」
「ああ、そだったな。俺が決めていい?」
「別にいいけど」
「じゃあ、大阪な。たこ焼き食いたいし」
「オッケー」
「きまりだな。行くぞ」
「おうっ!」
俺と三倉は箱の上に手を置き、三倉が箱の上にあるボタンを押した。