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閉じ込められた

作者: きりん

 私が「今日」から抜け出せなくなったのは、丁度就職して一年経った頃だった。

 「体感での昨日」と同じ時間に起き、同じ電車に乗り、同じ挨拶を交わし、同じ仕事をする。お昼休みになれば上司が私を昼ごはんにつき合わせるのも昨日と一緒だし、仕事が終わった後「一杯どうだ?」と同僚に誘われるのも昨日と一緒。

 もちろん微妙な変化はある。

 わざと乗る電車の時間をずらせば乗客の顔ぶれは変わるし、昨日と同じ仕事を昨日より早く終わらせれば昨日にはなかった新しい仕事を任されたりもする。

 しかし、それらはやはり、私にはほとんど変化とは感じられないほどの微妙な変化なのである。

 何か、劇的な変化が欲しい。ちゃんとした変化が欲しい。今日から抜けだしたい。

 そう思って一日会社を無断で休み、遠くまで出かけたこともある。会社からひっきりなしに電話がかかってきたり、今まで見たこともなかったような景色を見たり、それはまさに劇的な変化だった。昨日とは違う今日だった。

 でも、結局それも寝て起きれば一緒だった。今日を抜けだしたことにはならなかった。

 昨日と同じ朝、同じ顔ぶれ、同じ声、同じ作業。何もかもが同じ。

 気が狂いそうだった。

 一度帰りに寄った居酒屋で同僚に相談したことがある。「今日から抜け出せなくなってしまった」と。同僚はちらりと私の顔を見て、それから何かを考えた後、

「やっぱり疲れてるんだろ。少し休みをとったらどうだ」

 そう言ってビールを啜った。


 誰も理解をしてくれない。


 両親や学生時代の友人にもそれとなく相談をした。しかし皆が皆同じ反応をした。

「疲れているんじゃないか」

 無駄だと半ば諦めつつも両親に三回目の相談をした時には病院に行くことまで勧められた。

 そうじゃない、そうじゃないんだ。

 どうせ病院に行って何かが変わったように感じても、また寝て起きれば元通りなんだ。それじゃ根本的な解決にはなっていない。

 とうとう私はこの問題を完全に放り出してしまった。変化を求めることを諦めた。そうして、死人のように毎日毎日同じことの繰り返しを過ごした。

 しかし、そんな地獄のような日々はある日唐突に終わりを告げた。

 振りかえってみれば数日にも数年にも数十年にも感じられた「今日の繰り返し」から、私は何の前触れもなく脱却した。

「今までお疲れ様でした!」

 花束を渡され、それと同時に同僚や部下が私に拍手を送る。

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 こんなことは今までなかった。私から何かはたらきかけたわけでもないのに、勝手に昨日との違いが生まれることは、今までなかった。

「終わった……のか?」

 無意識に呟いた私に、部下が笑顔で答える。

「いやいや、まだまだこれからですよ。いいお店とってありますんで」

 その日は、本当に何から何までがいつもと違った。いつもと違う雰囲気の良い居酒屋で、同僚だけではないたくさんの人と一緒にお酒を飲み、ご飯を食べ、カラオケにまで行った。

 部下に担がれるようにしてタクシーに乗り、家まで送ってもらって、倒れこむようにして眠った。

 そして目を覚ました時、私はもう会社に行く必要がなくなっていた。繰り返される「今日」からの脱却。確かな変化。

 その日は全てのことが新鮮で、何をしても楽しく、何を食べても美味しかった。夜には、明日はどこへ行こう、何をしよう、何を食べようと、遠足の前日にはしゃぐ子供のように胸をときめかせ、ろくに寝付けなかった。

 だが、そうして幾日か楽しい日々を過ごした後で、私はふと気付いた。


 気付いてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。ストーリーに共感して、引き込まれました。 文章が凄く巧いと思います。 [気になる点] 引き込まれすぎたのか、最後の終わり方に若干戸惑いました。余韻を残す方法も嫌…
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