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母の恋人  作者: jinxx.
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母の過ち

◆十一月十五日◆



 

 実は彼にまた会うのが怖くて、少し離れたスーパーまで行っていた。無意識に、彼の姿を探してしまう自分が嫌だった。欲求不満の中年の女が、若い男に狂って欲情に身を焦がしている。少しだけ残っていた自尊心が、そんな自分を許せなかった。

 でも今日は土砂降りの雨で、遠くまで行くのは億劫だ。それは言い訳。彼の気持ちを知りたかった。あの日の彼の態度から、私への好意が感じられたから。感じるだけではなく、はっきりと言葉で欲しくなった。欲しくて、欲しくて、我慢ならなくなった。

 でも、もしその好意がはっきりしたら……?それに溺れて、溺れて、歯止めが効かなくなるかも知れない。でも……。溺れていっそ、こんな家庭なんてボロボロのガタガタに壊れてしまえばいいんだ。


「すみません」


ふいに腕を捕まれた時、私は驚いて身を竦ませた。何故なら、その声の主が直ぐに分かったからだ。


「この間は、どうも……」


 先日の気まずさなんか微塵もない、爽やかで陽気な笑顔の聡君がそこに立っていた。私は嬉しさと動揺と、彼に触れられた感動とが一気に押し寄せて来て、腰が抜けそうになった。ふらつく私を、聡君がしっかり支えてくれる。


「大丈夫ですか?具合、悪いのかな?……やっと会えましたね」

「この間は、ごめんなさい。変な態度をとってしまって」


私の声は消え入りそうで、我ながら情けない。



「いえいえ、俺、気にしてませんから」


抱えている籠がまた目に入った。前回と同じ、もやし、キャベツ、ピーマン、豚肉、焼きそばの麺。


「焼きそば?また?」

「はあ、ほんとワンパターンっすね」


髪に手を伸ばす彼が、悪戯っ子のような瞳で私を見た。


「俺、貴女が髪を直してくれるから、わざとクシャクシャにしてるんですよ」


ギャフン、となった。私は彼の全てに圧倒され、打ちのめされ、惨敗してしまった。もう、自尊心もへったくれもない。彼が欲しくて、欲しくて、堪らない。肉体だけでなく、全て。


全ての、全て。


アパートの畳は太陽の光で変色して、表面がボロボロになっていた。聡が私の上で激しく動いた痕跡が、黒いニットの背中に残っている。


「うぁ!ごめんね。うちの畳だよね?」


彼が全裸のままで、それをガムテープで取ってくれる。ちょっと、感動した。男性経験は余りないが、男とはことが終わると腕枕でロマンティックに語るか、逆にその行為自体を後悔して、気まずくなるのかと思っていた。

 むくっと起きあがった彼は、にっこり微笑んで、お腹すいたなーと台所へ向かった。

 私は急に恥ずかしくなって、捲れ上がったニットを下ろして身繕いをし始める。するとチーズを咥えたまま走り寄って来て、背中についた屑を取り始めたのだ。若い男って、こうなんだ。その行為の後でも、こんなに「普通」にはしゃぎ回れるんだ。


「お腹空いたの?何か作ろうか?」

「やったー、本当ですか?」


彼の裸体は思ったよりがっしりしていて、無駄な肉は付いておらず夫のそれとはどこもかしこも違っていた。引き締まった臀部に見とれていると、恥ずかしいなあ、と、やっとトランクスを履く。その仕草も、若い。可愛い私の、若い男。


「年上の主婦フェチなの? 」


どうしても気になったので、私の作ったチャーハンを食べる彼に聞いてみた。


「えぇーッ!フェチ?何っすかそれぇー! 」

「私、貴方より随分と年上よ」

「幾つなんですか?」


チャーハンを目一杯頬張った彼が無神経に聞くから、ちょっとムッとしてしまった。それを敏感に察したのか、今度は彼が憮然とした態度で言い放った。


「貴女が何歳かなんて、関係ないじゃないですか。年上だって言うから、流れで聞いただけですよ」

「四十四歳になったわ」


さっきまで自分の年齢を誤魔化そうと思っていたが、「関係ない」と強がる彼を試したかった。本当に、関係ないか。


「俺、もうすぐ二十二歳になります。で、さっきの答えですけど、フェチじゃないです。って言うかー、主婦なのかやっぱり。そうじゃ無いといいけどって、思ってたけど」

「嫌でしょ?」

「物事が複雑になるのが嫌なだけで、それ自体が嫌って訳じゃないかな。嫌ってより、しょうがない。ですよね?」

「そう、しょうがないわね」


最近の若い子は、随分合理的に考えるもんだ。何だか悲しいような、楽なような、変な気持ちになった。


「後悔したり、自分を責めたりしないでくださいよ」


帰り際に、彼が私の心を見透かしたように言うから、少しだけ彼が逞しく見えた。


「ええ、分かったわ」


「俺、聡です」


「私、ゆ、祐子です」


思わず、偽名を使ってしまった。若い子と、こんな関係になってしまったことへの罪悪感。そして、全く違う自分になりたかったから。




 ◆十一月二十一日◆


 

 そう言えば私達は次の約束もせず、彼の電話番号も聞かなかった。それとも次の約束を口にしなかったことは、つまり……、一回きりの関係ということだろうか?彼の職場にホイホイと行くことは、野暮だろうか?


「おばさん、そんな意味も知らないの?」


そう言う顔で見られるだろうか?不思議と後悔や、まして自分を責める気持ちにはならなかった。それよりもっと違う感情が溢れて来る。女としての自信?それに近い、でも、もっと、もっと、ドス黒い感情。ああ、言葉では表せない!

 子宮からジワジワと生暖かいものが上がって来て、鳩尾辺りを擽るのだ。そのモヤモヤした気持ちが我慢できず、彼の働くコンビニの前で待ち続けた。


「何してるんですか?」


古びたダウンジャケットの彼が、車の中を覗き込んでいた。


「良く分かったわね」

「この車の色、目立ちますから。ビックリしました。もう、俺に会いたくないのかなって思ったから」

「貴方こそ。次の約束を口にしなかったから、会いたくないのかと思って」

「だって。祐子さんは既婚者でしょ?俺が会いたい!って、言える立場じゃないですよ」

「取り敢えず車に乗らない?寒いでしょ」

「会いたかったです」


 車に乗り込んだ聡が急に真剣な顔でそう呟くから、私は彼に吸い寄せられるようにくちづけた。


何度も、何度も…。

フロントガラスが曇るほどに。



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