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母の恋人  作者: jinxx.
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母と娘の真実5

▼二月十日▼



 柏木親子が引っ越して行ったのは、噂のせいであることが分かった。勿論、私が撒いた噂が発端だ。親子は茨城に引っ越したが、暫くすると夫の浮気に我慢できなくなった母親が出て行ったそうだ。直ぐに若い後妻さんを貰ったはいいが、父親は事故死。若い後妻さんへの配慮から、聡は出て行った母親の元へ返された。しかし、たいした収入もない母親では、聡にまともな教育を受けさせてやれない。母親は聡を、親戚の家へ養子に出すことを決心した。そこが、溝呂木家。

 近所の奥さん連中に聞くと、色んな連絡網を使って調べてくれた。いきなりこんなことを聞いてくる私に不信感を抱くよりも、他人の不幸をネタに盛り上がる楽しさの方が勝るらしい。勿論、私自身がそのネタになることもあるだろうが、今はそんなことを気にする余裕はない。

 聡は私を恨んでいたのか?だから私と接触を持って、最後には地獄へ叩き落としたのか?それだけなら、いい。もう十分に、楽しんだだろう。


「繭美ちゃん、元気?」

「これが最後です。俺から“貴女”に接触することは、これが最後」


聡は、「私に接触することは最後」と言った。しかし、繭美は?少年の恋心が、数年の月日を経て醜い感情に変化しているとしたら?


「最近、変な視線を感じるんだよね」

「――え?」

「携帯にも、非通知の着信があったりするんだ」


繭美がご飯を食べながら、独り言のように呟いた。


「変な視線って?あんた夜遅く帰って来るの止めなさい!もし遅くなったら、ママに電話して。迎えに行くから」

「ちょっと、ママどうしたの?怖い顔して」

「だって、あんた昔……」


言って口籠もる私へ、いつもの冷たい視線を寄越す繭美。


「だって、何?」

「ううん。何でもない。早く食べなさい」

「もうお腹いっぱい」


そう言って、自分の部屋へ駆け上がろうとする繭美が、ふと立ち止まって振り向いた。


「ママ、心配してくれて、ありがとう」


ママ、頭痛いの?

ママ、疲れた?

ママ、大丈夫?


繭美は小さい頃から、私の顔色ばかり伺う子供だった。それは、私に優しくされたい一心であることには気付いていた。でもどうしても、その小さな体を抱きしめてやることができなかった。いつからだろう、そんな繭美が、私を避けるようになったのは。


「――貴女の母親だもの、心配するのは当然でしょ?」


聡に、もう一度会おう。会って、謝ろう。私がしてしまったことを。そして、許してもらおう。娘を守る為に。そして私は、繭美のいい母親になろう。


――繭美、こんなママでごめんね。




  ‥ ◇ ‥ ◇ ‥


 この手紙を書いた後、母は出掛けて行った。そして、亡くなった。事故で?自殺?最後に、聡とは何を話したのだろう?いや、話せなかった?

 祖母は、何故この手紙を隠したのだろうか?母が私を殺そうとしていたからか?それとも母が、聡親子にしたこと?母親を亡くして直ぐの私には、衝撃的過ぎると思ったのか?


「ただいまー」


聡は花束を持って、帰宅した。今まで見たことないくらいに、輝いた笑顔だ。


「――お帰り」

「ただいまー、赤ちゃん」

と、直ぐさま私のお腹辺りに抱きついて、そこに頬ずりする。


「少年の恋心が、数年の月日を経て醜い感情に変化しているとしたら?」


母の日記が、頭を過ぎる。こんなに嬉しそうにしてる聡が、日記の中の執念深いストーカーな筈はない。


「お花、花瓶に入れるね」

「うん」


 花瓶に水を注ぐ私の後ろから、聡の不安な声がする。


「どうかしたの?」

「貴方に見せたい物があるの。子供できたし、結婚するし、やっぱり自分が納得するまで、話したい」

「――お母さんの、こと?」


ソファーに座り込んで頭を抱える聡の目の前に、赤い表紙の日記帳と破られた数枚を静かに置いた。


「だから、あれは君のお母さんの妄想だって!繭美も納得してくれたよね?」

「信じようとしたんだよ、聡のことが好きだから。それが真実とか妄想とか、そんなことじゃなく、好きだから聡を信じたかったんだよ」

「じゃ、そのまま信じてよ」

「――日記、読んで」

「読まない。俺は君のお母さんの妄想で、自分の人生をダメにされたくない。君と結婚して、子供も生まれる。やっと普通の家庭が持てるんだ、それなのに……」


繭美、ごめんね。その言葉が狂った母の言葉だとは、どうしても思えなかった。


「どうしていいか分からないよ……。俺は十年近くかけて、日記の聡とは別人だって君に証明して来たのに。まだ、足りないの?」


 聡が言う通り、私達は十年かけて絡み合った運命を解いて来た。聡は精一杯の愛情を示してくれたし、そんな彼を心の底から信じていた筈だった。けれど――。何色をその上から重ねようと、真っ黒な染みが浮かび上がって来る。


「女はそれが真実だから信じるんじゃない。信じたいから信じるんだ」


母は正しかった。私は信じたい聡を、信じた。何故、このまま信じることができないのだろうか。


「真実を知ったら、君は幸せになれるの?」

「――え?」

「でも、君が納得するような真実を、知ることは不可能なんだ。何故なら、君のママは亡くなってるからなんだよ!どうして分からないのかな……」


肩を落とす聡の隣に腰掛ける。さっきの聡の言葉に、答えることができなかった。真実を知って、私は幸せになるのか?


「ごめんね、聡。妊娠がはっきりして、ちょっと不安になったの」


私の胸に顔を埋める聡の手が、子供の位置を探る。同じように、私もそこに手を重ねる。すると、胸の奥の蟠りが、少し溶け出したのを感じた。こうして子供と聡と三人で、ずっと暮らすことが、私の幸せ。私と子供の幸せの為に、信じたい聡を信じる。それで、いい。亡くなった母の真実を探るより、私の今の幸せを考える方が大事だ。



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