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母の恋人  作者: jinxx.
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母と娘の真実4

 ◆一月十七日◆



 聡と繭美は、四歳の年の差がある。出会ったのは、小学校か?勿論、繭美は子供の頃からストーカーされたり、男に好かれる雰囲気があった。だから、学校だけが接点ではないかも知れない。……ストーカー?繭美が十歳の時の、あの事件。あの時の少年は、確か中学生だった。名前を、何と言っただろうか?

 町内会の、連絡網を探し出す。あの少年の家は近所で、何度が母親とも話したことがあった。しかし、ぱらぱらと茶褐色に変色したコピー紙を捲っても、なかなか記憶は蘇らない。もしあの少年が溝呂木なら?聡の名前を知った時点で直ぐに思い出した筈だ。……考え過ぎだろうか。私はやっぱり、おかしくなっているのだろうか。


「あの子は受験を前にして、色々とストレスもあって。主人が茨城の工場へ行ってることがあるって、私と二人きりなのも原因かも知れません。ただ、お宅のお嬢さんへの純粋な思いだけが、あの子の支えだったんです」


母親は白く柔らかい頬を引きつらせて、そう反論した。うちの息子は異常者ではない。女の子につきまとって、家に忍び込むような子じゃない。少年はそんな母親の後ろで、私を睨み付けていた。

 謝りに来た母親を見ると、夫は「子供のしたことですから。純粋な恋心だったのでしょう」と、警察沙汰にするつもりはないことを告げた。その夫の嫌らしい態度が、私の神経に障った。あの人は、いつも女の前では良い格好をする。


「息子さん学校では成績優秀で、品行方正で、学級委員長らしいじゃない。何を血迷ったのかしら。お宅の家に忍び込むなんて」


近所のお喋り主婦はことの顛末を聞くと大袈裟に眉を顰め、キンキンした声を張り上げた。


「茨城からご主人が帰らないのも、向こうに女を囲ってるせいらしいわよ」


それどころか、新しい情報まで教えてくれた。この女も確か夫に逃げられ、二人の子供を育てる為に実家に帰って来たのだ。他人の不幸話が、何よりのストレス解消になるらしい。話に尾鰭を付けて、あることないこと広めるのが得意だ。それを知ってて、ストーカー事件を話したのだ。噂がどんどん広がると、あの母親の白い頬は更に釣り上がるのだろうか。結果、耐えられなくなった親子は、何処かへ引っ越して行った。

 あのお喋りな女は、今頃何処にいるのだろうか?両親が亡くなると自宅を売って、どこか田舎に引っ越すって言っていた。そう言えば、数年は年賀状が届いていた。押し入れのどこかに、しまってある筈だ。




‥ ◇ ‥ ◇ ‥



 眩暈の原因が妊娠だということに、薄々気付いていた。医者が、おめでとうございます。と言うので、無言で頭を下げる。


「――予定外の、妊娠だったんですか?」


私の反応が鈍かったからか、若い男性の医者が控えめに聞いた。


「もう直ぐ、結婚するんです」

「それは、おめでとうごいざいます!」


エコー写真を撮られ、六週目くらいだろうと医者は言った。渡された写真に、胎芽が映っている。恐ろしかった。子供を持つことが恐ろしかった。子供を産んだら、自分も母のようになってしまうのではないか。

 聡には内緒にしよう。と、いう考えも頭を過ぎった。母の最後がはっきりするまで、黙っていようか。それとも、あの日記を破り捨ててしまおうか。何も知らず、何も疑うことをしないまま、このまま聡と家庭を築こう。


「え、え、え、本当に!?」


聡の職場に電話すると、嬉しそうに何度も本当か?と繰り返した。父親を早くに亡くし養子に行った聡は、結婚して子供を持つことが夢だった。絵を辞めた理由も、私と結婚する為には安定した収入が必要だと考えたからだった。そんな聡に、黙っておくことはできなかった。


「今すぐ家に帰りたいよ!早退させて貰おうかな!」

「止めて。落ち着いて、ちゃんと仕事して」

「繭美、大丈夫?なんか声が暗いけど。気持ち悪いの?」

「うん、大丈夫。早く、仕事戻って」


聡が戻って来るまでに、母の日記を全部読む。そうすれば、自分の気持ちに決着がつけられそうな気がした




 ◆一月二十四日◆


 

 女の年賀状は直ぐに見つかった。田舎だとばかり思っていたが、単に都心から離れただけなのが、住所から分かった。電話番号も書かれていたが、約八年振りくらいに連絡する理由がみつからない。


「急に思い出して」

「お隣さんと話したら貴女の話題になって」

「年賀状の整理をしていたら懐かしくなって」


よし、これがいい。私は震える指で、ダイヤルを押した。


「――もしもし?」


若い女の声がした。年賀状の写真ではまだ小さかった、彼女の娘だろうか?


「お母さんいらっしゃる?」

「え、はい。お待ちください」


おかあさーんと電話口で、女を呼んでいる声がする。


「え、ええ、覚えてますとも!あら、奥さん、どうしたの?まぁ、久しぶり!」

「そ、そうね、お久しぶりです」


八年ぶりに電話した理由を早口で言うと、女は疑うこともなく笑い声を上げた。


「本当、懐かしいわねー。元気?」

「はい、何とかやってますよ。色々あるけどねー」

「お嬢さんは元気?」


好都合だった。こっちから話を切り出す前に、女から口火を切ってくれる。


「娘は元気だけど、あのことがあってから気難しくなってねー」

「あー、柏木さんとこの息子でしょ?あの子、なんて言ったからしら」

「柏木!」


私の叫び声に、女は驚いて黙り込む。浅い呼吸を繰り返す私を、探るような声が尋ねた。


「どうしたの?何か、あった?」

「う、ううん。何でもないの。何でも、ない」


足の力が抜けて、立っていられなくなる。こんなことになっても、聡との二年間に愛情の欠片くらいはあると思っていたのだ。しかし、これっぽっちもなかった。


 女は近況をべらべらと話した挙げ句、「今度会いましょうよ」と、パートの時間だからと電話を切った。

 しかし、女から「柏木」の名前を聞いても、ピンとこなかった。よく考えてみれば、あの母親が謝罪に現れた時、夫が殆ど対応したのだった。私は夫の肩越しに、項垂れる女を眺めていただけ――。


「警察か学校に、連絡した方がいいんじゃない?」

「そんな大袈裟にしたら、繭美も可哀想だろ?あの子だって、ショックだったんだから、もうそっとしておきなさい」


夫はあの事件に関して、一切の口出しを許さなかった。夫は過剰に、あの親子を庇った。もしかしたら夫は、あの母親と何か関係があったのだろうか?


「主人が茨城の工場へ行ってることがあるって、私と二人きりなのも原因かも知れません」


そんな母親に、同情的だった夫。


「ねぇ、どうです?警察で事情聴取を受ける感じ。自分が異常者のように扱われる感じ。どうです?」


聡の言葉が蘇ると、意識が遠のくほどの衝撃が襲う。つまり、自分が受けた辱めを、私へ返したのか?仕返しの、為に?



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