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母の恋人  作者: jinxx.
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母と娘の真実

結婚前に変なの持って来てすまない。と、何度も何度も謝って、慌てて帰って行く。

 叔父を送り出してから、テーブルに並べられた十枚ほどの紙切れを眺めた。それは、祖母によって破られた、母の日記の最後のページだった。



 ◆十二月二十六日◆


「すみません」


玄関先を掃除している私に、女性が声を掛けた。まだ二十代だろうか?素っ気ないくらいの薄い化粧と、かっちりとした紺のスーツを着ている。


「ちょっと、宜しいですか?」


彼女の後ろには、同じくスーツ姿の中年男性が立っていた。そして、作り笑顔で身分を証明する印を翳した。


「警察の方?何でしょう?」

「今、お一人ですか?」

「娘がおります」


そう答えると、刑事はそっかーと、短髪を掻きむしった。


「ちょっと、お話を伺いたいんですが、いいですかね?署で」

「は、はぁ」


何かの事件で?車に乗りながら暢気に聞く私に、男は苦笑いを返すだけだった。

 取り調べ室は、テレビで見るより随分と狭かった。二畳くらいの部屋に、木製のテーブルが一つ。向かい合うように、目の前に刑事二人が座った。男が女に目配せすると、少し身を乗り出して手帳を開く。


「――柏木聡さん、ご存知ですね?」

「柏木ですか?」


首を傾げると、私と並んで歩く聡の写真を目の前に翳される。


「え?聡がどうかしたんですか?何かあったんですか?」


何か事故に巻き込まれたのだろうか?それとも、何か事件を起こしたのだろうか?私の思考は、どんどん最悪の方向へと向かう。


「そうではなく、貴女が彼にしてることです」

「――え?」


女は表情も変えず、そう言い放った。


「私が、彼にしてること?」

「ねぇ奥さん、立派なご主人と、お嬢さんがいるわけですから、やっぱり考えないと」


言ってる意味が分からなかった。私が聡にしてることで、警察が介入しなくてはいけないことって何だろう?


「話が良く分からないんですが……。私が彼に、何をしてるっていうんですか?」

「これ」


その写真は、私が聡とカズミのアパートに怒鳴りこんだ場面だった。私が恐ろしい顔をして、聡に食って掛かっている。


「これ、貴女ですよね?」


男が張り付いた笑顔のままで、答えを要求する。


「他にも写真はあるんですよ」


ガソリンスタンドの前に車を停めている私、コンビニの前で聡を待つ私、スーパーで聡に話し掛けてる私、女は次から次へと写真を突きつけた。


「どうして、何で?何、この写真!」

「あのね、奥さん。この若い男の子、凄く怖がってるみたいなんだー。ね、奥さんがしてることは、犯罪なの。他にも色々と証拠があるんだよ、だからこっちとしたら事件として送検できるんだけど……」

「事件?証拠?って何の証拠ですか!」

「貴女が、この青年をストーカーしてたっていう証拠に決まってるじゃないですか!」


女が声を荒げて、男がそれを諫める。堪らなかった。若い女の、蔑むような視線が堪らなかった。


「私、ストーカーなんてしていません!」

「恥ずかしくないんですか?この人、貴女の息子くらいの年齢じゃないですか?嘘つかないで、正直に認めたらどうなんです!」


悔しかった。私と聡の関係を暴露してしまいたい。けれど、それはできない。スカートをきつく握りしめる私に、男が優しい声で語りかける。


「この男の子も、奥さんを罰する気持ちはないそうだよ。ただ、今までのようなことは止めて欲しいそうなんだ。ね、もう、しないよね?」

「私ストーカーなんてしてません!聡がそう言ってるんですか?私がストーカーをしてるって」

「被害届、出てるからね。弁護士先生にねじ込まれて、こっちも対応しないわけにはいかなくなったんだよねー。自宅で話しを聞いても良かったんだけど、お嬢さんがいるっていうからさー。こっちも気を遣った訳よ」


怒るなんてとんでもない感謝でもしろよ、というような口ぶりだ。そこでやっと自分の置かれている立場が分かった。これは「任意の事情聴取」っていうやつだ。


「でも奥さんがこんな態度でいるとさ、こっちも捜査しなくちゃなんないし。ご主人とか、周りの人達とか話を聴いてまわらなくちゃなんないでしょ?そんなことになったら、お嬢さんも可哀想でしょ?」


黙り込む私に、男は更に優しい声を出した。


「あれでしょ?最初は良い関係だったんだけど、途中でこの若いのが嫌になって、態度を変えたかなんかでしょ?で、奥さんは腹が立って、ちょっとやり過ぎちゃったんだよね?不倫ってやつでしょ?お二人、付き合ってたんでしょ?」


私は観念して、頷いた。


「でもさ、奥さんは付き合ってたって言うし、向こうはそうじゃないって言うし。水掛け論じゃない?ここはさ、プライドをわきに置いて、賢明な判断をした方がいいんじゃないかな?」

「賢明な判断?」

「百万」

「え?」


男の言ってることが理解できなかった。それは示談にするってことだろうか?警察がお金での解決を勧めることがあるんだろうか。なぜ、真実を追究しようとないのか?


「あんな男とは手切れ金でも払ってさ、綺麗さっぱり関係を断ち切った方が良いよ」

「百万、持ち合わせありません」

「勿論、今出せとは言ってないよ。ね、こっちもさ、痴話喧嘩の縺れをさ、捜査して面倒くさい刑事訴追手続きを踏んでさ、やりたくないわけよ。まーるく収まるようにして欲しいわけ、ね?」


 目の前に並べられた写真の私は、聡を目の前にして嫌になるほど幸せそうに笑っていた。その反面、聡の笑顔は強張っている。はめられた?罠にはまった?こんなにタイミングよく、誰が私達の写真を撮ったんだろうか?


「じゃ、弁護士の先生には、奥さんが示談に応じるって話を言っておくからさ」

「――はい」


 家まで送って来て貰うと、玄関から飛び出して来た夫に胸倉を掴まれた。刑事達はそんな私達を見ぬ振りして、早々に車を発進させた。民事に介入せずか?薄笑いを浮かべると、夫が拳を振り上げた。


「お前、お前って女は!」


頬を思いっきり殴られて、口の中に血の味が広がる。夫もこのことを知ってしまったのだろうか。家の中に引き摺られながら、意識がどんどん遠くなる。私の二年は何だったんだろうか?私は聡と何をしていたんだろうか?

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