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母の恋人  作者: jinxx.
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娘の真実4

あぁ……。体中の筋肉が一気に弛む。聡がそこに居る。


「真弓ちゃんでしょ?」


振り返ると、相変わらず乱れた髪の聡が立っている。日焼けした肌に無精髭を生やしていて、随分と精悍になった。思わず伸ばした手が空中で迷う。するとその手を聡が掴んで、彼の胸に自然に倒れ込む形になった。


「やっと、会えたね」

「うん」


何処かの国の、何処かの街角で偶然に会ったら、そしたら俺達は何も考えず一から始めよう。そう言ったよね?聡……、私達また会ったね。初めていいの?その時、カズミのにやけた顔が思い出された。これは……、偶然じゃないかも知れない。


「カズミが、君は結婚式には来ないって言ってたから……、驚いた」

「私も。カズミは何も言ってくれなかったから」


 私達は抱き合いながら、お互いの言葉を待った。そんな時、新しくステージに上がった歌手が歌い始めた。何かをひきずるような低い声が、私の気持ちを歌っている。



貴方が欲しいなんて、私は馬鹿だわ


貴方にキスしたいなんて、私は馬鹿だわ


これが間違ってるって知ってるわ


絶対間違ってる


でも正しいとか


間違ってるとか


どっちだって良いの


貴方なしでは生きられないんだから




――そう。私は貴方無しでは、生きられない。私の中でその答えが、はっきりと形作られる。すると、ずっと心の中に秘めていたその名前が、自然と口から溢れてた。


「聡、聡、聡、聡……。私達、初めてもいいの?」

「うん、もう、いい。きっと、いいよ」


 母が亡くなってから十年経ち、聡との再会から数年経った。

 去年、亜由美がとうとう結婚した。相手は、私の主治医だ。聡との結婚を止めた亜由美はビジネスに目覚め、モーターショップはチェーン化。今では、皆が恐れる敏腕女社長だ。

 カズミは二人目の子供を生んで、すっかり母親体型だ。JJのツアーに同行して、世界中を飛び回っている。私は、聡と暮らしていた。

 翻訳の仕事はフリーになって、聡は画廊に勤め始めた。最近では、売る才能、作品を見極める才能の方があるみたいだ。と、絵を描くこともなくなった。

 もちろん、再会してから色んなことがあった。何度も何度も喧嘩をして、一つ仲直りする度に、少しずつ二人の絆が強くなった。

 カレンダーにはいつの間にか、その日に赤い丸印がついていた。結婚式の日取りが決まると、聡が嬉しそうに赤マジックで大きく丸を描いた。その日は、一ヶ月後に迫っている。


「初恋の人と結婚できる人って、世の中に何人いると思う?」


戯けて聞く聡は、それが奇跡だってことを知っている。勿論、私もだ。でも……。幸せだった。幸せだったけれど、小さな、小さな、染みがあるようでならなかった。その染みは見逃すこともできたけれど、そして、それに気付かない振りをして来たけれど。その染みが、いつも私にこう聞くのだ。


「本当に、これで良かったの?これが正しいの?」と。


 その夜は聡は友人達と飲み会だと言い、私は締め切りが迫った医学書の翻訳を必死になって片付けていた。


「真弓ちゃん、元気そうだね」


急に鳴らされたベルに驚いてドアを開けると、祖母、母の法事の時にしか会わない叔父が、強張った笑顔で立っていた。


こんな夜中に、ごめんね」


「何か、あったの?」


私の顔が曇ったことが分かると、叔父は努めて明るく振る舞った。その目元が、驚くほど母に似ていた。


「埼玉から?」


叔父は祖母が亡くなると、あの埼玉の実家へ引っ越していた。


「うん、車で来た。そんなに遠くはないんだ」

「そうなんだ」


落ち着かない様子の叔父の、視線が泳ぐ。あぁ、聡を探しているのか。


「聡は、今日は遅いの」

「そ、そうか」


何しに来たのだろうか。そわそわしている叔父を落ち着かせようと、台所でコーヒーを煎れて戻ると、テーブルの上に折り畳んだ紙切れが乗せてあった。


「どうぞ」

「繭美ちゃん、あのな」


叔父がその紙の皺を伸ばして、一枚ずつ私の目の前に並べた。その文字を見た途端に、喉の奥で異様な音がした。それは、母の筆跡だった。


「これは、姉さんの字だね」

「はい……。母の字です。これを、どこで?」


「母さんの黒留袖、ほら、うちのが形見分けして貰ってたんだけど。今度、繭美ちゃんの結婚式に着ようと思って中を見たら、これが入ってた。内容が内容だったから、うちのが真弓ちゃんには見せるなって言ったんだけどねー」


叔父は冷えてしまったコーヒーを、少し口に含んだ。


「けど。母さんが生前、うちのに黒留袖は着て欲しいって何度も何度も言ってたからさ、そこにこの手紙が入ってたってことは……って、因縁っていうか、叔父さんも色々考えてね」

「はい」


そして少し躊躇した後、叔父はその決心を突き放した。


「これ、置いて行くからさ、繭美ちゃんは、読むか、捨てるか、自分で決めてくれないかな?」

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