娘の真実3
ビールストリートは、廃れた観光地だ。土産物屋や名物のバーベキューレストランが両サイドに並ぶが、どこも閑散としている。東洋人が独りもいないからか、好奇の視線が突き刺さる。それを居心地悪く感じ始めた頃、あの公園に着いた。
沢山のパイプ椅子が並べられ、ステージではミニコンサートが行われている最中のようだった。私は何気なく、一番後ろの席の黒人のお爺さんの隣りに腰掛ける。痩せて乾燥した手で、並々とビールが注がれた紙カップを掴んでいる。足がリズムを刻んでいるのを見ると、その風貌より実年齢は若いのかもしれない。
「――どこから来たのかね?」
その華奢な体に似合わない、低く力強い声だ。
「日本です」
「ほう、日本かい」
「ブルースは好きかい?」
「はい。詳しくはないけど」
「そうかい」
ぐびぐびとビールを飲み干して、「日本からだって?」と何か思い出したように聞き返した。
「ええ」
「そう言えば、向こうで絵を描いてる少年が、日本から来てると言っていたなー」
「え?絵描きの少年ですか?」
「黒人みたいなナッピーヘッドで、真っ黒な顔をして。わしは、昔ネイビーで日本にいたこともあるんだが、あんな日本人は見たことがないよ」
面白そうに笑う、お爺さんの手を掴む。縮れた髪の毛、そんなことだけで過剰に反応してしまう自分が嫌だ。けれど、幼馴染みのカズミの結婚式があるのだから、「彼」が来ていてもおかしくないじゃないか。そんなこと、ちっとも考えてみなかった。
「どっちですか?」
「ああ、あそこの白いテント。あれだったと思うよ」
お爺さんが指差す方向を見るのが恐かった。期待して、裏切られたらどうしよう。
「ありがとうございます」
「なんだか分からんけど、どういたしまして」
曲が終わり、盛大な拍手に我に返る。
「行かないのかい?」
「――恐くて」
「じゃ、これを聞いたら、行きたくなるよ。あの少年が描いてた肖像画、あんたに似てるよ」
そう言って、お爺さんは私の顔を覗き込んだ。
「随分綺麗な人だな、恋人かい?って聞いたら、愛した人ですって。彼はそう答えたよ」
勢いよく立ち上がる。期待しては駄目だ。アメリカ人なんて、東洋人はみんな同じに見えるもんだ。
足が震えた。気持ちばかり焦るのに、そのテントまでの距離はなかなか縮まない。
聡だったら?聡だったら何と言う?久しぶり?覚えてる?元気だった?まだ、私のことが好きですか?でも、どの言葉も陳腐に聞こえて、決めかねてる内にそのテントに着いた。
油絵のキャンバスがビニールシートの上に並べてある。画用紙にスケッチしている男の人の背中、その広くて骨張った背中には確かに見覚えがあった。時々、描くのを休んで頭を掻く仕草。間違いない!聡だ。
「あ、あの……すいません」
「エ?」
振り返った男は、聡ではなかった。落胆を隠しきれず、力なく「何でもない」と頭を振る私に、彼は口をパクパクと動かし大袈裟な仕草で何かを伝えようと必死になっているように見えた。
「――何ですか?」
「アノ……ワタシ、アナタ、シッテル」
「え?私のこと?」
かくかくと大きく頷いたその中国語訛の男は、シーツの掛かったキャンバスの前に私を案内する。
「ミテ」
じゃじゃーんと効果音付きでシーツが取り外されると、私ははっと息を飲んだ。
「コレ、アナタ、アナタ、アル」
「私……?」
あのお爺さんが言ったことは、本当だった。ならば……、さっきから後ろに気配を感じているけど、私は恐くて振り返ることができない。
「サトシ、オマエノカノジョ、キタ」
「――繭美ちゃん?」