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母の恋人  作者: jinxx.
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娘の真実

祥子さんが私を振り返る。


「聡が、繭美さんに代わってですって」


受話器を受け取る時、亜矢香の表情を盗み見ると、「今更、私に遠慮してるの?」と、火照った頬を撫でながら、悪戯っぽい視線を寄越した。


「もしもし?」

「――俺だけど、あ、分かってるか」

「何処にいるの?」

「空港。俺さ、留学しようと思って」

「え?留学?」


皆の視線が、一斉に私に集中しているのが分かる。聡がそのことを自分一人で決めたことが、祥子さんの表情で分かった。


「――うん」

「どうして?どうしてよ!」


胸が痛い。苦しい。聡が私から去って行く。


「色々あった……。だから俺達は、このまま初めてはいけない気がするんだ」

「――だから、私から逃げるの?」


私は亜矢香を見た。亜矢香は、不安げな顔で固まっている。ねぇ亜矢香、あんただったら上手に聡を引き留められるでしょ?教えて欲しかった。どうしたら、聡が私の側にいてくれる?


「逃げるんじゃない」


そして聡は、恐らく用意していただろう台詞を、ゆっくりと言った。


「もし、また何処かの国の何処かの街角で、俺達が偶然会えたら、そしたら、そしたら俺達、何も考えず、一から始めよう?」

「何処かの街角?」


どうしていいか分からなかった。喉がカラカラだ。声が掠れて、上手く話せない。


「俺は自分の運命を信じる。そうすればきっと、運命に勝てると思うんだ」


運命を信じる?運命に勝つ?分からない!分からない!分からない!今すぐ家を飛び出して、空港に向かいたかった。


「あぁ、俺は……、君が好きなんだ」

「――私も」

「ありがとう。本当に、本当に嬉しいよ」


 もっと沢山話すことがあった筈だったと、後になって後悔した。聞いておかなくてはいけないことが沢山あった。どこの国に行くのか?何をしに行くのか?いつ帰って来るのか?それなのにあの時の私は、聡に好きと言われ、また自分の気持ちに素直になれたことに満足で、そのまま受話器を置いてしまった。あの瞬間は、そのことだけが確認できれば十分だった。



◆9月3日◆ 

 

 あれから五年の月日が流れた。あの時反発し合い、憎み合った人達とは折り合いを付けて上手くやっている。

 祥子さんと父はとうとう結婚して、私達は三人で暮らしている。


 聡が日本を離れてから、最初は各国から葉書が届いて、祥子さんは私にもそれを見せてくれていた。けれどその度に私が悲しい顔をするのが耐えられないと、聡の話をしないようになった。だから私は、メールボックスは絶対に見ないようにしている。今、聡が何処で何をしてるのか、全く知らない。

 私は大学を卒業して、翻訳会社で働いている。五年間で私が学んだこと。それは、人が人を理解するのには限界がある。と、いうこと。けれど、理解されないと嘆くのではなく、理解したいと歩みよって来た人の気持ちを汲み取ること。だって、その気持ちは悪意からじゃない。善意なんだから。


「――信じてるの?」


亜矢香から何度も何度も聞かれる。それは「聡を」信じているの?だけど、私は「うん」と迷うことなく答える。


「そう、貴女も相当馬鹿ね」


そんな風に言う亜矢香の顔は、いつも満足そうだ。

 聡が去ってから、何度か恋をした。幾つかは真剣で、幾つかは成り行きで、幾つかは遊びだった。でもどんな人を恋しようと、心の隅には聡の笑顔があり、自分の正直な気持ちに気付いてしまう。


「思春期に恋したからそれが忘れられないだけだよ。他の男をみつけた方がいいんじゃないの?」と、


カズミは憎まれ口を叩く。自分でも、どうなのかは分からない。


 今、私は飛行機の中。アメリカのメンフィス空港に向かって飛んでいる。実はカズミが結婚する!相手は、ドラマー。そして男だ。

 有名な歌手について日本に来ていた彼と、カズミは恋に落ちた。


「女が好きなんじゃなかったの?」


唖然として言うと、


「そうでもなかったんだよ」と。

「JJは黒人だから、私を痛めつけたあの男とは違うんだよ。私、日本人の男が駄目だったのかも」


なんて呑気なメールが来た。私はカズミが初めて愛した男を見てみたいし、祝福したい。だから、結婚式に出席する為にこうしてメンフィスに向かってる。

 カズミが結婚なんて……。人生って面白いし、不思議。私は恋に落ちたカズミに会うのが楽しみだ。


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