母の真実
「あれ?ギャラリーを閉める時間なんだけど?」
カズミは舌打ちをして、私を見上げた。
「――話が、ある」
皆が示し合わせて、私に何か隠しているのは分かった。そして、それを絶対に明かさないことも。けれどカズミだけは、真っ直ぐな言葉をくれる思った。手首にできたあの傷で、カズミはいろんなことを悟っている。きっと私が知らない、私に必要な真理を、説いてくれると思った。
「え、何だよ」
「あんたに、解いて欲しい謎がある。」
「――謎?」
カズミが入れたコーヒーは、濃くて妙に甘ったるかった。
「私のママに、会ったことがあるでしょ?」
「あるよ。何度も」
カズミはかったるそうに、例のリストバンドの下を掻いた。
「ママと聡のことを知りたいの」
「どの程度?レベルで言うならどの辺?」
「マックス」
「了解。でも取り乱したりしないでね。ヒステリックな女は、うざい」
私は無言で頷いた。
「全てはあの絵から始まるんだけどね……」
「嘆き?」
「そう。聡は昔、駅前で自分が描いた絵を売ってたんだ。そこで、あんたのママと知り合ったらしい」
「ガソリンスタンドじゃなく?」
カズミは言いにくそうに、大きな溜息を吐いた。
「確かに聡は、ガソリンスタンドで働いてたけど――。それはあんたのママが、聡をつけ回して探し当てたんだ」
キーンと耳鳴りがした。いや……、それは母の心の闇が開く音かも知れなかった。
「聡も絵を買ってくれた人だから、感じ良くしてたんだけど。その内、聡の行く先々に現れるようになって……」
「ストーカー?」
私は反射的にその言葉を使ったが、カズミは苦い顔をして首を振った。
「止めてよ!私はその言葉が嫌いなんだ。好きになったら、女はちょっとおかしくなる。当然だろ?」
「ママは、ちょっと、おかしかった訳?」
「――いや、凄く、だよ」
カズミの表情から、私はその行動の異常さを察知した。
「聡に頼まれて彼女の振りをしたり、けど、効果なかった。終いには、家まで探し当ててさ。怒鳴り込まれたよ」
「――あんたのママは、完全に狂ってた」と、カズミが私を真っ直ぐ見詰めて断言した。
「じゃママの日記は、やっぱり妄想だったの?」
「日記?」
「私、どうしても信じられない。これがママの妄想なんて」
カズミは私から日記を受け取って、パラパラ捲ると「怖いな」と呟いた。
「私はこの日記とあんたと、どっちを信じればいいの?」
「あんたのママが二年も聡をつけ回したから、あいつ、警察に被害届けを出したんだ。そのせいで、あんたのママが死んだんじゃないかって……、今でも思ってる」
私は急に、母が死んだ夜のことを思い出した。
「そうさせたのは、貴方なのよ!」
「貴方は世間体ばかり気にする!」
「そんなのデタラメよ!」
母が電話で話していた内容……。いつものように父と喧嘩をしてるのだと思ったけど、この件で口論してたんだろうか――。混乱していた。でも、聡を直ぐには信じられない。そして母の日記を、妄想だとは片付けられない。
「――でも、そんなママにしたのはパパだから」
「それはどうかな……。あんたのパパは真面目な人だって、聡は言ってたよ。浮気って、誰から聞いたの?」
え?思考回路が一瞬停止して、ゆっくりと巻き戻される。パパが浮気している、いや、他に女がいると思うようになったは、何故か……?
何がきっかけだったのか?