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母の恋人  作者: jinxx.
16/34

母の狂気5

 そんな時、気配を感じて私から体を離したのは聡だった。


「――君のパパの、ご帰還だ」


父の足跡と、亜矢香の幸せそうな笑い声が聞こえて来た。


「何だ繭美、来てたのか?」


不機嫌そうに冷蔵庫を開けるとビールを掴んで、聡にも差し出す。父は母の代わりに、私を疎んじるのか?上等だ。


「繭美さん、ずーっといらしたの?」


亜矢香の探るような視線が、勘に触った。


「居たら何?ここは私の家なんですけど」

「別に……。ただ、驚いてしまって……」


何で驚く訳?言いそうになったが、聡の堅い表情に気付いて口を閉じた。


「――で、繭美どうしたんだ?」

「ママのことで、話があるの」

「何で今更!アイツは死んだんだ。もういいだろ?」

「私……。ママの日記を、見つけたの。そこに書いてあった。ママと聡のこと」

「そんなのは、アイツの妄想だ!」


父は悲鳴のように、高い声で叫んだ。


「妄想?パパは日記を読んだことあるの?」

「無いが。――大体分かるさ!」


吐き捨てるように言う父に、私は尚も食い下がった。


「パパ教えて!ママは、どうしたの?」

「お前は知らなくていい!もうアイツの話は、うんざりだ」

「パパ!」


そんな親子の会話に、割って入ったのは亜矢香だった。


「御父様の仰る通り、繭美さんのお母様は、精神を病んでいて妄想を……」


その言葉を止めたのは、聡の掌だった。亜矢香の頬が、赤くなっている。聡が亜矢香を殴った?その事実に唖然としていると、怒りに震えた聡の低い声がする。


「亜矢香さん、君は余計なことを話し過ぎる……。この件には、口を挟まないでくれないか」


亜矢香はそれ以上何も言えず、聡の顔を怯えた瞳で見つめ返した。


「――みんな、知ってるんだ……。何なのよ!私を中に入れてよ!一人にしないでよ!」

「お前は一人じゃない」

「じゃあ、お祖母ちゃんに引き取られる時に、どうして一緒に暮らそうって言ってくれなかったの?どうしてママが死んだ夜、電話に出てくれなかったの?私はずーっと一人 だった! 一人だった!」


情けない位に涙に歪んだ顔が、窓ガラスに映っている。小さい頃、悪夢に魘されて母のベッドに潜り込むと、母がこんな泣き顔で抱きしめてくれた。ああ……、母も一人だったんだ。


「もう、いい!」


逃げ出すように玄関に向かう私を追って来たのは、頬を赤く腫らした亜矢香だった。


「もう来ないでいただける?」


亜矢香は世間知らずなお嬢さんが持つ素直な残酷さで、私にそう宣言した。


「私達、結婚を控えてやることが一杯あるの。邪魔されたくないから」

「――それだけ」と、クルリとターンすると、いつもの清楚な白いワンピースの裾が揺れた。

「残念ながら、聡はあんたなんか好きじゃないわよ」


その後ろ姿に、意地の悪さでは負けない私の言葉を投げつける。


「聡はあんたの親に恩義を感じて、あんたと結婚しようとしてるんだよ」

「ふん」亜矢香が鼻で笑う。

「それは貴女の妄想じゃないの?その辺は母親そっくりね。……恐ろしいわ」


でも亜矢香の顔が蒼白なのは、今の言葉を彼女自身も感じていたからだ。


「他の女を愛してる男と、結婚する気持ちってどうなの?」

「彼は私を――、大事に思ってるわ」


大事に思ってる?でも、それは愛じゃない。和之の言葉が蘇った。そう、そんなの「愛の王道」から外れてる。


「私が妄想癖なら、あんたのは暗示じゃないの?聡に愛されてるって、自分に暗示をかけてるだけ!」

「それでも、私は幸せよ!」

「馬鹿な女程、幸せって言うんだよね、可哀想」


捨て台詞を残して、私はそこを後にした。今の言葉が、亜矢香に突き刺さっていることを願って。

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