表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母の恋人  作者: jinxx.
14/34

母の狂気3

 ギャラリーを出ると、聡の驚いた顔をぶつかった。


「あれ?来てたの?」


私達は数日前の衝動的な行動を、忘れてしまったかのように振る舞った。そうすることで、互いの気まずさを誤魔化すことができる。


「もう帰るの?」

「あの子と、かなり深い話をしたよ」

「カズミと?あいつ、君と話したの?」

「色々と、カミングアウトしてくれたよ」


聡が「まいったなぁ」とくしゃくしゃと髪を掻き上げる。私は母がしたように、自然に、自分でも驚くほど自然に、聡の髪を直してやる。


「――ありがとう」


母が言うように黒目がちな大きな瞳。その奥には何があるのか?私には分からない。


「恋人と、一緒?」


恋人なんて古くさい言葉で、聡が私との間に壁を作ったのを感じた。柔らかな、拒否。


「一人」

「それに」


私は意を決して告白する。


「彼は恋人じゃない。奥さんがいるもん」

「へ~」


彼の瞳が、一回り大きくなった。


「彼の結婚生活は、不幸なの?」

「不幸というより、退屈なんだと思う」

「退屈?じゃあ、幸せな結婚なんだな。狡いな、男は狡い」

「貴方も?貴方も、狡い?」

「そうだな……。狡いな、きっと」


くしゃくしゃと髪を掻き毟ると、大げさに肩の力を抜いた。


「時々、自分の馬鹿さ加減に嫌気が差す」

「――傷つけた、女がいるの?」

「そんなつもりはなかったんだけど……。これは言い訳か。俺は最初から、その人の優しさを、利用しようと思ってたから」

「ふん」


私は鼻を鳴らす。


「貴方でも、反省するのね」

「繭美ちゃんの中で、俺って相当の悪人なんだね」

「実際そうでしょう?」

「そうかも知れないな……。繭美ちゃんには、嘘がつけないよ」


真っ直ぐに私を見つめる瞳の奥には、聡と母の過去は見えない。その奥が、見たい。


「じゃ、帰る」


 私の小指に、聡の手が一瞬触れた。それは偶然だったか、何かの合図だったか……。私はそれを確めもせず、その場を後にした。確かめたくなかった。知りたくなかった。聡の本心など。



 また、あの日記を手に取ってしまった。そして、明かに薄くなったことに気付く。パラパラと捲ると、最後の数ページが乱暴に破られていた。祖母だ。日記を、読んだんだ。また、私を無菌室に入れようとしている。


真実から遠ざけようとしている。


「――どうして?」


台所に立つ祖母は、「何?」と弾かれたように振り返った。


「日記。読んだでしょ?」

「ああ、それ――」

「勝手に部屋に入るのはしょうがないことなのよね?ここはお祖母ちゃんの家なんだから」

「そんな……」


祖母は一瞬、悲しそうな顔をしたが、直ぐにいつもの優しい表情が戻った。


「ママの日記、読んだの?」

「――ええ」

「最後のページを、破ったの?」

「栞が挟まってた。繭美ちゃんはまだ、読んでないわよね?」


祖母は私の質問には答えず、まずそのことを確認した。


「読んでない……。何が書いてあったか、教えて」


私が家族の誰かに意志表示したのは、これが初めてかも知れない。祖母は家事に気を取られている振りをして、私の目を見ようとしなかった。誤魔化そうとしている。直感で、そう感じた。


「繭美ちゃんは、知らなくても良いことよ」

「私が知らなくても良い事?知るべきかどうかは、私自身が決めるよ!」


その剣幕に、祖母は一瞬たじろいだ。そして、私の追求を逃れることは難しいと悟ったのだろう、別の作戦へ打って出た。


「私はあの子の母親なの。あの子を悪く言いたくないのよ。勘弁して。死んでからまで、あの子を辱めたくないの」

「――悪く言いたくない?」

「繭美ちゃん、許して」


祖母の萎びた頬に、涙が伝う。私の足下に跪いて、許してやってと繰り返す。


「でも……」


言いかけて、祖母の泣き顔に挫けてしまった。私の心が、今までない位に激しく乱れている。


「分かった。お祖母ちゃんもういいよ」


祖母は私を抱きしめて「ごめんね」と、泣きながら言い続けた。何が「ごめんね」なんだろうか?私は訳も分からず、そんな祖母の背中をさすり続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ