表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母の恋人  作者: jinxx.
12/34

母の狂気

「――繭美ちゃん、いる?」


祖母の声と、遠慮がちなノックの音。


「はい?」


私の声は、思った以上に尖っている。開けられたドアの隙間から、祖母の萎びた笑顔が覗く。


「何?」

「最近、繭美ちゃんが塞ぎ込んでいるから……。大学で、何かあったのかと思って」


祖母らしい発想だと思った。子供の人生には、家と学校の二つしかないと思っている。


「――別に。何もないよ」

「ねぇ繭美ちゃん。近所の人がね、繭美ちゃんが男の人の車に乗るのを見たって言ってたんだけど。ボーイフレンドなのかしら?」

「友達」

「お友達だったら、ここに呼んでいいのよ。お祖母ちゃんは、賑やかなのが好きだから」

「分かった。誘ってみる」


祖母はにっこりと満足そうに微笑むと、部屋を出て行きそうになったが、


「あら?」と、立ち止まった。

「綺麗な手帳ね。貴女のママにプレゼントしたのに似てるわ」


そしてお約束のように、「あの子が生きていたら」と目頭を押さえ足早に去って行く。

 祖母の背中が急に小さく見えて、私を切なくさせた。でも、私は憐れな祖母に優しく接する、ほんの少しの思いやりさえ持ち合わせてない。最悪、最悪、最悪、最悪な気分だ。




◆十二月二十五日◆

 


 クリスマスなのに、繭美は不機嫌な顔をして部屋に閉じ籠もっている。


「彼氏のシュウ君と出掛けないの?」と聞くと、それには答えず、不味そうにケーキを頬張っていた。


「美味しくないの?」

「――普通」


ぶっきらぼうに答えると、紅茶のカップを掴み部屋へ上がって行く。繭美が小さい頃

から大好きだったケーキ屋さんに、わざわざ注文したと言うのに……。

 時計を見ると、十時近かった。夫は勿論帰って来ない。もう、どうだっていい。


 今日、聡の居場所を突き止めた。例の汚い女、佐々木カズミのアパート。カズミと聡は小学校からの付き合いで、彼女も今は美大生。調べは付いていた。今夜はカズミと仲良くケーキを食べてるんだろう。悔しい。苦しい。悔しい。苦しい――。


「繭美、ママちょっと出掛けて来るから……」


部屋のドア越しに声を掛けても、何の返答もない。私は一人だ。これで 私を唯一認めてくれた聡に拒否されたら、もう、消えて無くなるしかない。


 カズミのアパートは、聡が最初に住んでいた所と同じように、古く汚く貧乏臭い匂いがした。

 聡のジープを確認して、表札に「佐々木」と「溝呂木」と並ぶ名前を見た時、頭の中が怒りでパンパンに膨れあがった気がした。

 その激情のまま、木製のドアを力任せに叩き続ける。慌てて開けられたドアから覗いた聡の顔は、驚きよりも恐怖に引きつっていた。その顔を見たら、私の怒りは一気に萎えた。


「ゆ、祐子さん?」


聡の怯えた顔の背後から、気の強そうなカズミの瞳がこっちを見ている。


「オバさん、何を狂ってんのさ。醜いよ」


その瞳は、そう語っている。


「祐子さん!もう終わりにして下さい。お願いします!」


悲鳴に近いその声が、萎んだ怒りに火をつける。私から欲しい物を全て奪ったら、「終わりにして下さい」だと? 冗談じゃない!


「貴方が終わりとか、終わらないとか、決められる立場にいると思う?思い上がるのもいい加減にしなさいよ!」


一歩前に踏み出すと、聡が泣きそうな顔を背けた。そんな顔しないで!けれど、この怒りを、燃えたぎる怒りを吐き出すまで、私はこの口を閉じることができない。


「貴方は野良犬。餌が欲しくて中年の女にホイホイ付いて来て、簡単に腰を振って……。野良犬が、でかい口を叩くんじゃないよ!貴方なんか、私のお金がなければ、ただの貧乏フリーターじゃない!」


呆気に取られて佇む聡を突き飛ばして、私は車に飛び乗った。許せない!許せない!許せない!どいつもこいつも、殺してやる!




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ