母の喪失4
和之が奥さんと上手くいってないことは、何となく分かっていた。私に会う回数が、月一から週二になっているから、そのストレスの度合いがどれ位なのか想像できる。
私は敢えて何も聞かない。奥さんと上手く行ってる余裕から、私と遊んでいるという和之の虚勢を、保ってやりたい。和之は決して、若い女に執着してのめり込んでる訳じゃない。あくまでも遊びなんだ。
だけど、たまには意地悪な事の一つも、言いたくなる。
「聡と、チューした」
「はぁ?何で?どうして?」
「――何となく」
私は素っ気なく答えて、彼に背中を向ける。それは「ワンピースを下ろして」と言う合図なのに、和之の手は首筋辺りで迷っている。
「それって、俺に嫉妬させよう作戦?」
「違うよ。単なる、事後報告」
くるりと振り返ると、和之の挑発的な瞳とぶつかる。互いの瞳の奥を探って、勝敗を見極める。彼の切れ長の鋭い瞳の中に、少し、ほんの少しの弱さを発見する。私に惚れた、弱み。
「俺の、負け」
いつになく弱気の和之は、あの愚鈍な奥さんに神経をやられている。
「繭美ちゃんは、俺の奥さんみたいになっちゃ駄目だよ」
「どう言う意味?」
ワンピースはいつの間にか、足元に柔らかく落ちている。
「男に左右される人生じゃ駄目だ。自分自身の幸せを、ちゃんと見つけなきゃ」
私の幸せを全く考えてない和之から、そんな綺麗事を聞くなんて。私は笑い出しそうになりながら、
「私はママみたいにはならない」と、断言する。
母みたいに…、母みたいに……。考えながら、聡の唇の感触を思い出していた。でも直ぐに、和之のそれで掻き消されていく。
あの日、聡とキスを交わした後、私達はその行為に適当な理由をつけず、簡単な挨拶を交わして別れた。何故だろう……。聡には、嫌悪感と、怒りと、憎しみと、それと以外の感情が芽生えていた。好意?いや、好意と言える程の暖かみのある感情じゃない。じゃあ何? 混乱した頭で考えても、答えはでない。
そしてまた、恐る恐るあの日記を開いてしまう。本当は、もうこの先を読みたくなかった。けれど、答えは、ここにしかないような気がした。