07 騎士団団員
日本にいるお父さん、お母さん、ヨーコ、お元気ですか。
私は元気にやっております。
牢屋に入れられたりして一時はどうなることかと思いましたが、無事です。
そしてなんと。
私は本日付で、騎士団の団員になりました。
久しぶりにお風呂に入れた私は騎士団の制服に身を包んでエルガーの部屋にいた。制服とは言ってもワイシャツに、黒いズボンとブーツ。胸元には赤いリボンが結ばれていて、左の二の腕のあたりには赤い十字架が刺繍されている。結構おしゃれな感じだ。
ちなみにセーラー服はメイドさんたちによって持ち去られた。洗濯場に運ばれるらしい。
そして私の目の前には久々のご飯。
丁度正午を過ぎたあたりの時間帯、机の上に置かれるそれらは涎が出そうになるほど美味しそう。
ずっと食べようと思っていた、女の子たちから貰ったお菓子だった。
「そんな茶色のもの食べて大丈夫なの……?」
「ディア、これはおやつみたいなもので、すごく甘くて美味しいものなんですよ?」
たくさんある中から一つを取り包装紙を剥がす。中身はブラウニーで、口に入れるとほろ苦いチョコレートの味が広がった。メッセージカードには「ハル、これからもよろしく!」って絵文字付きで書いてある。
なんだか懐かしい、昨日までは日本にいたのに。
「確かに甘い匂いだね」
「ディアも食べます?」
また一つ包みを取り出して剥く。ノーマルマフィンで、一日たってもなお弾力を失っていないそれを私は真ん中で二つに割った。
「どうぞ」
そう言って差し出したマフィンをディアは取らなかった。
代わりに何故か私の手首を取る。
「その堅苦しい敬語、やめていいよ」
やけに冷えた声音に、私は首を傾げつつ
「そう? ディアがそう言うならやめるよ。それに私、敬語ってあんまり得意じゃないから」
答えると、ディアの頬がふっと緩んだ。私もどこか安堵する。
それよりこの手は何だろう?
そう思っているとディアはそのまま私の手からマフィンを頬張った。
うわ、色男。女子の手からお菓子を食べる男がいるか! 王子だよ! この人こそ天然タラシ系の王子様!
「うん、美味しい」
「そ、それはよかった。私の優しい友人達に感謝してね! あの子たちが丹精込めて作ったんだから!」
焦りつつ私も残りマフィンを口に放り込み、味わいながらエルガーの方を見る。
ちなみにエルガーはなんだか難しそうな書類に目を通していた。お菓子には目もくれず作業に没頭している。
「ディア、エルガーって『団長』なんでしょ? 一体何の?」
尋ねるとディアは当然のようにあっさり答えた。
「騎士団団長だよ」
「へえ、騎士団……って、ええ!?」
その答えに思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
騎士団団長というのはつまり上司に値するんだろう。そんな相手に私はなんてことを……頬をぶった昨日が悔やまれる。
「そういえば、昨日『黒い瞳の人間なんていない』って言ってたけどさ……どうしてそんなことがわかるの?」
話を変えてディアを見ると、彼は蒼い目を瞬かせて「ああ」と思い出したように言った。
「古くからの文献でねそういうふうに記したものがあったんだよ。昔は黒い目の人もいたんですよって、そう書いてあったんだ」
「でも、今はいないの?」
「この世界からは消えてしまったとも書いてあるからね」
「ふーん」
歴史とか昔の人が残したものとかをちゃんと大事に扱っている場所なんだ。そう思うと、急に安心した。
落ちた場所がここで案外よかったのかも。
「そこの二人」
考え事をしている最中のいきなりのエルガーの声に私はびくっと肩を跳ね上がらせた。
「もうそろそろ訓練が始まるぞ。食うならさっさと食え」
書類見ててもこっちの話しは聞いてたんだ。
私はまたお菓子を頬張った。
――――――――――――――――――――
「今日から騎士団第一隊に配属された七瀬ハルです、よろしくお願いします!」
場所はシュヴァイツ城中庭。
芝生が生え太陽の光が差し込む暖かいその場所で、いつも訓練を行っているらしい。
私の言葉に目の前にいた何十人もの若者達が盛大な拍手と歓声を送ってくれた。みんな年上ばっかり、しかも筋肉ムキムキの人が多い。女の子! 華奢でかわいい女の子いませんか!
「女子団員だ。くれぐれも扱いには注意しろ」
隣に立っていたエルガーがそう言うと団員達は一瞬で静かになった。どうやらこの人の恐さってみんなに染みわたっているらしい。まあ初対面の人間を投げ飛ばすくらいだから、恐れられて当然っちゃあ当然だろう。
「訓練を始める。全員配置につけ」
訓練って一体どんなことするんだろう。
そう思っているうちにポンと木刀みたいな棒を手渡された。だけど木刀より全然重い。これって女子には無理がないか?
そう思って周囲を見渡すと、女の子は一人も見当たらなかった。
「エルガー、まさかとは思うけど私って……」
「騎士団の初女騎士だ。よかったな」
よくねー!
心の中で絶叫を上げる。女の子いないじゃん! こんな中で一人寂しく木刀を振れって言うのかこの鬼畜団長!
その思いが届いてしまったのかエルガーは渋々口を開く。
「国王が女の団員の導入を考えていてな。しかしこんな野蛮な職種をわざわざ選ぶ女もいないからこの件は持て余していた―――お前が来る前まで」
「なるほど、そこにたまたま現れたのが私だったと……」
「そういうわけだ」
来た場所は良かったけど来たタイミングがいけなかったのか。
団員達が整列するのに合わせて私も適当な隙間に滑り込む。すると周りのお兄さんやらおじさんやらがまじまじとこちらを見てきた。
「目が黒いぞ、なんでだ?」
「こりゃあまた今回も二枚目が入ってきたな」
「女とは思えねえ……」
うわ失礼!
「こらこら、女の子に向かってそういうことは言っちゃ駄目だよ」
その団員達をやんわりと注意したのがディアだった。さっきから王子オーラ全開ですねこの人。
そのうち素振りが始まった。隣には終始ディアが立っていてずっとニコニコしている。この人何者なんだろう。平団員じゃないのかな。
剣道をやっていたおかげか素振りはなんとかクリア。木刀もそれほど重いわけじゃないし、なんといってもこの制服が案外動きやすいのが好都合だった。誰が作ってるんだろう、これ。
「なかなかいい素振りだね」
「あ、ありがとう」
ディアに言われ、思わず笑みが零れる。
まさか剣道がこんなところで役に立つなんて。
その次は打ちあい。剣同士で打ち合う練習のことだ。これなら幾らかやったことがある。
久々の練習だったけど相手はディアですごくやりやすかった。なんだかんだ言ってやっぱり剣の扱いが上手だ。
そして最後は試合。
のはずが。
「え、私出ちゃダメなの!?」
なんと出場停止。
「女の子のハルが出ちゃうと、色々問題があるからね……」
「なんで? 私だって試合したいよ……」
「そもそも剣術の練習に出るのだっておかしいんだ。これくらい我慢しろ」
「うー……」
悩ましげに声を絞り出した私。
そして俯いているうちにポンとアイデアが浮かんだ。
「じゃあエルガー、今日の試合で私が三人抜きしたらこれから毎日加わらせて!」
「馬鹿か」
一蹴された。
どうやら私は普通のか弱い女の子だと思われているらしい。
ところがどっこい。長年近所で恐れられてきた剣術道場の一人娘とは私のことよ!
試合はどうやら志願制。
何試合か見送るうちにすごく筋肉質な男性が出てきた。なんだか相手に誰も出たがらないんですが……気持ちはわからなくもない。
「誰もいないのか」
そのエルガーの言葉に私は木刀を持って立ち上がった。
「私が行く!」
「ハル、駄目だよ。君は女の子なんだから」
「女の子でもタダの女の子じゃないってば! 大丈夫大丈夫! 私も騎士団団員なんでしょ? だったら女子だからって甘やかしちゃダメだよ」
ディアは必死で止めようとしてくるが私だって試合に出たい。ここで一度蹴りを着けておけばそれなりに団員の一員だと認めてもらえるはずだ。団長のエルガーは何も言ってこないし問題ナイ!
「私がお相手します!」
私が出た瞬間、周囲からどよめきが上がった。
ふっふっふ、何年『王子』をやってきたと思ってるんだ! 大男の一人や二人、恐ろしい父に比べればなんてことないわ!
「お願いします!」
大柄な男を前に木刀を構える。なんだか熊っぽいな、この人。縦幅も横幅も明らかに浮き立って大きい。本来結構な大きさであるはずの木刀も小さく見えてしまうくらいだ。
試合とは言っても正式なものではなく、どちらかと言えばチャンバラみたいなもので他の団員が囲んで見ている中で戦う。なんとなく緊張するが、こんなの地区大会とかの審査員に見られるより百倍はましだ。私は芝生を踏み勢いよく前に飛び出した。
鈍い音がして木刀がぶつかり合う。やっぱり体格が違うし鍔迫り合いは無理だ。そう判断した私は身を引きながら相手の手首に木刀を叩きつけた。「小手っ!」と思わず声が出る。
防具もつけていない腕には効いたのか、一瞬木刀を持つ手が緩んだ。その隙に剣先を絡めて相手の正面ががら空きになった時に上段に構える。
「面っ!」
そして木刀を振り下ろした。
何人かが息を呑む音が聞こえた。
けれど私だって防具もない顔面に木刀を叩きこむつもりはない。
勿論途中で止めた。ちょっと勢いをつけすぎたせいでギリギリ頭の十センチ上くらいではあるけれど。
―――これで私だっていっちょまえの団員だって認めてもらえるはずだ!
思わず満面の笑みでエルガーとディアを振り返った私の目に映ったのは、妙に焦った様子の二人。
「ハル、後ろっ!」
え、後ろ?
相手の方を振り返ると同時、腕に硬いものがぶつかった。
「いっ……!」
まさか!
木刀を寸止めされた男は全然諦めなど感じていなかった。私の腕を打ったのは彼の木刀で、私の木刀は手から離れて地面に転がる。
どうして、試合はもう終わったはずじゃ―――
「やめっ!」
エルガーの鋭い声が響き、男の動きが止まる。
ディアが小走りでこちらに近づいて来たかと思うと私の手を取って責めるような瞳でこちらを見た。
「ハル、どうして最後に攻撃をやめたんだ」
「え、だって……」
あのまま振り下ろそうものならあの人は怪我をする。
剣道ではそこまでしない。
「エルガーが止めなかったら、君が怪我をするところだったんだよ」
その言葉に、私の目の前は真っ暗になった。
ここでは、こんな試合の一つでも誰も相手に容赦はしないんだ。
自分が怪我をしたくなかったら相手を叩きのめすしかないんだ。
ここは平和でいい場所だけど。
とても恐ろしい場所でもあるんだ。
そう思うと、背筋に寒気が走った。
やっと更新できた……!