05 そして夜は更け、
シュヴァイツ城騎士団長執務室。
「どうやら軽い貧血のようですね」
恰幅のいい医師がずり落ちた片眼鏡をかけ直しながら言う。彼の前にはソファがあり顔色の悪い少年――否、少女が眠っている。
ハル、とそう名乗った少女は突然この執務室に現れ彼女を『暗殺者』と勘違いしたエルガーによって気絶させられ牢屋送りになった。本人自身がきっとこの状況についてこれなかったのだろう。混乱しきった『様子』で喋るうちにぶっ倒れた。
ちなみにこの時本人はまたトリップをするものだと思い込んでいたが、実際には目まぐるしく変化する現実に目を回していただけだったのである。
医師が部屋から去り、残されたエルガーとディアは神妙な面持ちで少女を見下ろした。
「ディア、どう思う?」
「どうって……少なくとも暗殺者には見えないよね」
ハルは登場の仕方、口調、表情のどれを取っても暗殺者には見えなかった。実際に武器の類も持っていないようで暗殺者にしては不格好。服装もむしろどこかの民族衣装のような服だ。
「天井にも穴は空いてないし、鍵をこじ開けた跡もない。つまりこっそり忍び入った可能性は低い。しかもちょっと……」
言いかけたディアの言葉に、「ぐう」とハルの腹の音が重なった。
「……ちょっとっていうか、かなりお間抜けだし」
暗殺者にしては不自然すぎる。
それがこの少女に対する見解だった。
しかし油断させて寝首をかこうというのが魂胆かもしれない。エルガーはイスに腰掛け溜息を吐いた。
「厄介な案件がまた一つ増えた……」
「大変だね、騎士団長殿は」
笑いながら言うディアを暗い目で睨みつけたエルガー―――『シュヴァイツ城専属騎士団団長』である彼はゆっくり瞳を閉じる。
「……とにかく、この娘が一体何者なのか、どこから来たのかがわかるまでは安心はできないな」
時刻は0時に近く、窓の奥に潜む闇は色濃い。
「もし、ハルが暗殺者じゃないってわかったらだけどさ。誘ってみたら?」
「何に」
ディアは得意げな笑みを見せると小さく呟いた。
「あの件」
「……」
「エルガーだってわかってるんだろ? 彼女、剣を構えた時にはそれなりの構えだった。背筋も伸びてたし、足取りだってまあまあ。女にしては上出来だったはずだよね。どこで習ったかわからないけどさ。しかも僕らを殴ったし、結構いい筋してるんじゃない?」
「……」
「聞いてる?」
無言のまま微動だにしないエルガーの顔をディアが覗き込む。しかし彼は目を細めて少女の視線をやっていた。
「どちらにしろ調べなければどうしようもない」
「うわ、警戒心強っ」
ゴーン、と鐘が鳴る。
蝋燭の火がわずかに揺れた。