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アルカナの行方  作者: ほされた葡萄
第1章 十七歳の誕生日 
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04 独房脱出大作戦、失敗

 独房脱出大作戦決行。

 結果。



 私は何故かイスに座っていた。



 話は遡る。



 なんとか目の前の「団長」を倒して外に逃げるんだ! と意気込み重い剣を振りかぶったまではよかったのだが、筋肉が脂肪に変わりつつあった二の腕には大変な負担だったらしく攻撃は竹刀を振る時より二倍は遅かった。



 そしてかくゆう「団長」はその一撃をあっさり弾き返した。



 しかもすごい勢いで。

 ボールをバッドで打つ野球選手の如く。

 そして私の握っていた剣は打たれたボールのように手から離れ頭のすれすれを通り過ぎて、石製の硬いはずの壁にどすっ! と突き刺さった。



 この瞬間に私は再び硬直。



 そして後々追い付いてきた例の失礼な金髪頭と何かを話した団長と碧眼さんの二人組はそのまま脱力する私を引き連れ、やけに広い部屋に行き適当なイスに座らせる。



そして冒頭に戻るというわけだ。





「名前は」

「……」

「どうしてここにいた?」


 その言葉に首をもたげ辺りを見回すと、ここが最初「団長」に投げ飛ばされた場所だとわかった。絨毯ちょっと厚いし、机も綺麗だしいかにもお偉いさんの部屋だ。


「どうしてって……」


 無言を決め込んでいた私だがその言葉にようやく反応できた。しかし口から零れる言葉は脱力しきって弱々しい。


「そんなこと知るわけないじゃないですか。あなた達こそどちら様ですか? もうお腹空いたし、眠いし。誘拐したって無駄ですよ。ウチには身代金なんて払えません、誘拐するならもっと大きい家の子でお願いします」


 その言葉に団長は眉を寄せるばかり。隣に立っている碧眼さんも困ったように腕を組む。


「だいたい人に名前を聞くときは自分から名乗るものでしょう? 私が何やったかはよくわからないですけど……」


 盛大に溜息を吐いた私に、碧眼さんが初めて口を開いた。


「それは失礼したね。僕はディア。ディア・ファイアライエス・コーラル」


 なんというか、日本語は見事に流暢なんだけれど外見通り外国人だったらしい。名前を聞いても「ディア」と「ファイアー」しかわからない。

 碧眼さんことディアは甘々ボイスだった。団長の低くて威圧感のある声音とは正反対で、リラックスできる。

 ディア(敬称をつけるのも面倒くさい)が名乗ったので団長も名乗らないわけにはいかないらしい。


「エルガー」


 聞こえるか聞こえないかぐらいの小ささでそう呟いた。


「……七瀬ハルです。十七歳」


 せっかくディアも全部言ってくれたんだから、名前くらい全部言えばいいのに。ほとんど覚えてないけど。


「じゃあ、まずは状況整理しようか」


 なんとかディアが円滑に話しを進めてくれそうだ。団長、ではなくエルガーは警戒を解かず私に視線を向けてくるが。


「君はこの部屋に侵入、エルガーに気絶させられて独房送り。そこから逃走の後確保されたと……それであってる?」

「あの、悪いんですけど侵入なんてしてません。気付いたらここにいただけです」

「気付いたら?」


 二人は同時に反応した。ディアはきょとんとしているが、エルガーはますます眉根のしわを濃くしている。ひょっとしたら一生外れないんじゃないのかな、あのしわ。


「ってことは、ここに来る前は別の場所にいたの?」

「学校が終わって家に帰る道を歩いてたら目の前が真っ暗になって……あれってなんだったんだろう、立ちくらみ? そしたら前から光が近づいてきて、気付いたらここに」


 そういえば、ここがどこなのかまだ説明も受けていない。学校帰りだったはずなのに知らぬ間にこんなところにいたわけで、それって結構焦らなきゃいけない事態の気がする。私って案外冷静気質かもしれない。


「家はどこにある?」

「波野の片桐ですけど。三丁目のマンションわかります? あそこの四階」


 当然のように答えた私に二人は目配せしあった。なんですかそのリアクション。私、どこか変ですか?


「ナミノ……それは国名か?」


 深刻そうなエルガー、ディアも複雑そうな表情だ。


「はい? 何言ってるんですか、市ですよ市」

「シ?」

「あ、外人さんにはわかりにくいか。なんていうか……町みたいな感じ?」

「カタギリは?」

「町を細かくした時のそれぞれの愛称っていうか……住所の一部?」

「サンチョーメとマンション」

「三丁目も住所の一部でマンションは建物……マンションくらいなら外人でも知ってるんじゃないの? カタカナだし」


 どうして外人に日本の住所の詳細を教えているんだろう。今もっともすべきことは家に帰ることなのに。


「すまないがお前の言っていることが一切わからん」


 その声に私は顔を上げた。重苦しい沈黙が部屋を満たしている。


「……は?」

「脈略を得ない話だ。お前の口から出る単語全部聞いたことの無い地名ばかりで、嘘を言っているようにしか聞こえない」

「なんで!?」

「うーん確かに、僕にも変な話だとしか思えないな」


 ディアにも言われてしまった。

 そこで私はまさか、と口元を引きつらせる。


「あの……ここってどこですか?」

「どこって、トゥールーズのシュヴァイツ城だけど?」

「しゅばいつ、城……?」


 ゴーン


 遠くで鐘の鳴る音がした。




           ―――――――――――――――――――




 ああ愛しの故郷日本。

 私は今熱いお茶が飲みたいです。



 つまり私は日本語を喋る外国人の住みかにテレポーテーションしたらしい。

 その住みかの名前をシュヴァイツ城。

 城とは言っても勿論日本の姫路城とか江戸城とかそういう和風な感じじゃない。どちらかというと中世ヨーロッパ風の煌びやかな城。



 その一角の部屋。



「嫌あぁぁぁぁ――――っ!」



 私は一人絶叫した。

 その光景をエルガーとディアは茫然と見ている。



「私を日本に帰してくださいっ!」

「は? ニホンってなんのことだ?」

「私の故郷の国名です! 世界地図ありません? テレポーテーションだかなんだか知らないけど今すぐ私を帰して下さい! お金はできる限り払うよう努力しますから! 円でもドルでも!」


 最初から変だなとは思ってた。

 いきなり投げられた挙句独房に放り込まれるわ、剣振り回されるわ、日本にしてはおかしすぎたんだ。

 そう思うと急に恐ろしくなった。

 ここは日本じゃない。安全な場所じゃない。

 下手をしたらあっさり殺されちゃうかもしれないんだ。



 私の要求にしかめっ面を浮かべたエルガーに代わってディアがくるくる巻かれた紙を部屋の机の上に広げる。イスに座っていた私も立ち上がってそれを見た。

 大きな大陸が数えて四つ。その周りに小さい島がちらほら。

 その他は全部海だった。


「……あの、これ明らかに世界地図じゃないんですけど……」

「お前何を言ってるんだ」


 耐えきれなくなったようにエルガーが口を開いた。


「それはれっきとしたウォーターフォードの地図だ」

「ウォーターフォード?」

「この世界の名前だろう?」


 はて。

 私のいた世界に名前なんてあっただろうか。



 幼馴染のヨーコの言葉がよみがえる。

『異世界トリップって憧れるよね』と、乙女ちっくな彼女はよく呟いていた。

 異世界トリップとは人間が一度は憧れる『突然異世界に召喚される』こと。たいてい異世界にはかっこいい王子様か騎士様がいて、トリップした先で恋に落ちる。お城では毎日侍女たちに囲まれてドレスを着たり舞踏会に出たり。



 きっと。きっとっていうか多分。多分っていうより絶対。

 ここはヨーコの言っていた「異世界」だ。

 突然のテレポート。日本語を喋る異色な目の人々。城。国。



「その前に、まさか武器なんて隠してないだろうな」


 頭が混乱してもはや唖然としている私にエルガーが視線を向けてきた。セーラー服のどこに武器を隠せっていうんだ。


「とりあえずそのおかしなドレスを脱げ。女装趣味か?」

「え、ちょっと脱げってそんな」

「確かに男がドレスっていうのは変だね。はい、身体検査はいりまーす」


 有無を言わさず背後にいたディアが、私の腕の付け根をがっちり抑えつける。ちょっとマイペース、といより強引すぎないか!


「ちょ、ちょ、ちょっと!」


 さっきから私が男だってことで話が進んでるみたいなんですけど! エルガーがセーラー服を見て首を傾げた。

 そしてこちらに向かって手を伸ばす。


「ぎゃっ! やだ、触らないでください!」


 目に付く赤いリボンにエルガーの指が触れた瞬間、私の怒りは爆発した。


「触らないでって……言ってんでしょうが!」


 腕を捻ってディアの顔面に拳を叩きこんだ一瞬だけ拘束が緩んだ。同時に渾身の力を込め左足をエルガーにむかって振り上げる。しかしその一撃は向き合っていた彼の右手にあっさり受け止められた。


「暴れるなって――」

「どりゃああっ!」


 甘いな! 女の必殺技といえば、やっぱり平手でしょ!

 一 撃 必 殺 ・ 平 手 打 ち !

 そんな大層なものでもないが、私の一撃は見事エルガーの頬にクリーンヒットした。

 バチンッ! という凄まじい音とともに。


「……なにを」

「私は女です!」


 その言葉に叩かれたエルガーも殴られたディアも明らかに「え?」という顔をする。そして二人して私の顔をまじまじと見るなり


「冗談?」


 と呟いた。

 確かに私は男顔ですけれども! そんなことはわかっているけれども!

 あまりに失礼すぎやしないか!


「じょ、冗談なわけないでしょ! 身長だって普通よりちょっと高いだけじゃん! 見てわかってよ!」


 そう言うとディアは「確かに女の子っぽいところはあるかもね」と賛同してくれた。もう一人はいかにも胡散臭いと言わんばかりの表情。さっきからこの人協調性ない。


「とにかく私は武器なんて持ってません、っていうかむしろ――」


 武器向けられたほうじゃないですか、と言いかけたその時。

 目の前が真っ暗になる。



 ―――まさか、またトリップとかそういう洒落じゃないよね!?



 足元がぐらつき、地面が歪んだ錯覚に陥る。

 もしかしたら戻れるのかな?


 そう思った脳みそを、最後に誰かの声が揺さぶった。





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